白光に包まれた大通り。
焦げた木の匂いが漂い。
鐘の音が頭の中で反響する。
シャルロットは杖を握りながら、眉間に力を籠めてその男を睨んでいた。
『
司教が持つ魔術礼装と自称していたがしかし、礼装とはまるでかけ離れている。術式の緻密さが異常だ。
目で見て取れる文様、魔法陣、呪文が服に映し出され、それらは光りながら回転していた。それでいて、回転しているものを見ているだけでも美しさに見惚れたが、その直後、背筋に冷たいものが走るほどの恐怖が襲った。
本来礼装は、魔術の補助を行うための器具に過ぎない筈なのに、『聖装』は何か違った。
単純な魔術効率の為の礼装なら、あそこまで緻密かつ優美な術式はいらない。あの術式は、大魔術を軽々と使おうとしているように見えた。
……想定できない何かが、あの『聖装』に備わっている可能性が高い。
「……とんでもないのを披露してくれるのね」
「あら弱気ですね。『無名の魔女』相手ですから、用心は怠りません。それとも、もしあなたが自ら『魔女との関係』を教えてくれれば、何かしらこちらが譲歩して差し上げても構いませんが」
その提案にシャルロットは黙した。
「分かっていますよ。あなたは【魔女ではないのに黒魔術が使える】お方だ。それは紛れもなく、魔女と何らかの関係があるに違いない。さて、あなたは魔女の何なんでしょう?」
「お前ら聖都が、どうして魔女のことを知りたがっているか分からないわ。でも、お話に付き合う気なんて毛頭ないのよ」
「……そんな、興ざめですねぇ。『魔女』とは魔術の『頂点』です。聖都ラディクラムは魔術の研究をしている。いわば研究者なんです。そんな我々が、どうして魔術の頂点である『魔女』と会えるかもしれない千載一遇のチャンスを、逃さなきゃいけないのでしょうか」
「……口うるさいわね」
「私お喋りですから。さてどうします。――このまま戦って負けるか、それとも謝って退くか」
「…………」
(私と魔女の関係を追求してきた。
実際この男は私を簡単にねじ伏せられる力を持っている。でもだからといって、私はカルを見捨てるようなことはしたくない。
魔力は多少ある。
こっちは何の傷も負っていない。
必要なのは情報と、……時間だ。
こんな会話をしている間にもカルは暴走していて、戦いの背後で建物が崩れ去っているのが見える。時間はない。猶予はない。短期決戦が叶わないのなら、どうにかしてこの場所からカルを助け出し逃げる方法を考えるべきだ。
――魔女について教えると言い、猶予を貰うとか? その次に何とかあの男の身動きを封じ、チビで逃げよう。チビは近くで飛んでいる感覚がある。
でも不確定要素がある。チビの状態が分からないことと、男の身動きを封じることが出来るのかという一抹の不安だ)。
「さあ、ご決断を」
「…………」
(でも今できる事と言えばそれしかない。私はやるしかないのだ。やり遂げるしか、ないのだ)。
「分かったわ、魔女について教え――」
「――っ?」
刹那、浮いた男に黒いものがうねり、ばちんと強打音が鳴った瞬間、見切れた黒い物体が消えた。
「……ぇ?」
あの男の鬱陶しい高説はもう聞こえなくなっていた。あまりの出来事に理解が追いつかず、無意識に真横を向くと、そこには崩れる瓦礫があった。
一瞬の出来事すぎた。でも確かに、
そしてシャルロットの瞳には映る。
――異様な形状の『触手』が、ねじれるように地面を這い上がり不気味にそびえ立つ光景があった。『触手』は、赫かった。だから恐らく、
「……カル?」
核心もないのにふと呟く。
何度見ても、その『触手』の質感はあの赫病の色と同じだった。それ、その触手は地面から生えていたが――アーチに支えられていた大きな『塊』の下から、伸びている物だった。
「……」
シャルロットは大きな塊をみつめる。カルの赫病が今の攻撃をハーブクレイアに向け当てた。たまたまかもしれないが、その触手は確かにハーブクレイアを攻撃したのだ。でも――もしたまたまではなかったら? カルに意識があり、怒りを必死に抑えながら、加勢してくれたのなら。
無意識のうちに、カルの意識がどこかでシャルロットを守ろうとしているのかもしれない……。その希望的観測が、シャルロットの胸を打った。
だがシャルロットはこうも感じていた。
【この光景にならないように時間をかけた。この有様にならないように気を遣った。でも結果、それは無意味に終わった】
――カルとのこの旅は本当に無意味だったのか?
「…………」
カルは赫病と向き合い着実に成長していた。日々自分の精神を整え、安定させてきた。侵食値を自由自在に操れる程度には……。
シャルロットは迷って俯いてから、もう一度その塊をみる。
もしカルに意識があるのなら、この状況を打破できるのかもしれない。
恐らくカルの暴走はあの司教のせいで引き起こされたに違いない。意識を揺さぶり、不安を煽り、きっと深く絶望させた。
シャルロットはその場で何があったのか分からない。
もしかしたらジェパードら騎士が立ち塞がったのかもしれないし、カルも戦ったのかもしれない。結果的に暴走してしまったが、それでも、私達の旅は、――この魔術の旅は、そんなものではなかったはずだ。
なら……と、自身の両手を見た。
そしてシャルロットの心情は、決まる。
「……信じる」
呟いた瞬間、彼女の瞳には揺るぎない光が宿った。
「――!」
そうして、走り出す。
地面を蹴り、空気を呑むような延焼をする『異様な炎』を掻き分け、シャルロットはあの大きな塊に向かって駆けだした。足場が不安定だった。温度が高かった。服が燃え上がるような熱がしきりに全身を覆うが、それでも立ち止まらなかった。
本当にカルに意識があるのなら、カルに、もし、まだ生きたいという願いがあるのなら……。
迷いがまだあった。カルはもしかしたら、生きたいと思っていなかったのかもしれないと。シャルロットも所詮他人である。確かに彼女はカルを助け、旅をしていた。シャルロットは、カルをいつも心配し、大切に思っていた。その想いが、どの程度カルに伝わっていたのか分からない。シャルロットはどこまで行っても、他人だから――。
でも、迷いがあっても、一つだけ確かな確定事項が、彼女の迷いをすぐに吹き飛ばした。
「違う! カルは生きたいんだ。カルはずっと暗闇にいた、一人孤独に怒り続けて、平和の為に犠牲になっていた。でも、カルはそんな犠牲を望んでいない! 生きたいから! ――生きたいからあの時、私の前に現れたんだァ!」
カルは生きようとしていた。
カルは何度も絶望に打ちひしがれながらも、静かに外の景色を眺め、未来への希望を探していた。
本を読んで世界を知ろうとした。
外へ出て人と話したがっていた。
景色を見に行こうとした。
美味しい食べ物を食べに行った。
そして一度だけ、ほんの一度だけ、シャルロットに零した言葉があった。