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19「魔術礼装、部分適応」

 二組織のリーダーの登場は、シャルロットに確かな衝撃をもたらしていた。

 そしてその二組織からすれば、目の前の女があの紛争を終わらせた原因。

 つまり因縁がある。


「……驚いたわ。あなた達が組むなんて」


 シャルロットがそう言うと、眼前の男はほくそ笑んだ。


「勘違い。してほしくないねぇ。組んだと思われても仕方ないけど、これは一時的なものだよ。この土地を奪うのは俺らだ。一ミリも、その女に明け渡すつもりはない」

「あたしもおんなじさ? ただ今回は、共通の敵ができちまったからさ。協力するってのも、乙なものじゃない?」


 あくまでお互いに街の地下資源を譲る気はない。だが自分が奪う時に邪魔になるシャルロットを敵視しているという共通点が、彼らの共謀を誘った。いいや、共謀というより、彼らは利用されているのだ。


「……なるほどね。あなた達は街がどうなってもいいの?」


 シャルロットは問いた。良心はないのかと暗に訊いてもいた。シャルロットは人の善性を信じている節があるからこその、問いだろう。だがそんな問いを投げかけられて、彼らの主張が変わるほど、人間単純ではなかった。


「利益の前に人道は要らねぇ」

「人の不幸は蜜の味、ですもの」

「…………」


 酷いものだった。彼ら彼女に全く善性はなかった。どこまで行っても自己中心的であり、他人を貶めても何とも思わない。根っからの悪人。それが二人だった。それもそうだ。良心があるなら人を傷つけないし、争いを求めない。

 シャルロットは、その答えをした二人を軽蔑した。そして同時に、同情した。


「……他人を害することでしか心を満たせない。哀れね」

「あ?」

「哀れだと言ったのよ。人として生きたいのなら、どうして奪うだけの選択を取るの。人ならそれ以外の選択肢もあるはず。なのにあなた達は、その選択を頑なに選ばない。その理由に正当性はない」

「あらまさか、説教でもしてくださるの? こりゃ酔狂な人ね。妬ましい。勝手に同情して勝手に想像して憐れむのは、――傲慢よ」


 最後の単語のみ低音で吐き捨てたカローラは、シャルロットを見ながら剣を抜いた。

 その剣は普通の造形をしていなかった。


「この剣が気になるかしら。これは『血吸いの剣』よ。借りものだけど、使わせてもらうわ」


 『血吸いの剣』ということはつまり、――あれは黒機こっきだ。

 カローラは不敵な笑みを浮かべながら眼前で剣を横に構え、次の瞬間、左手で剣の刃を掴んだ。――手のひらを切断して流れた赤い血を刀身に爛れさせると、刀身に赤い血管が浮かび上がり、ドクンっと波打った。

 『血吸いの剣』は血を取り込ませることで剣を強化することができる黒機だ。


「俺のも見てくれよ、これ、レアもんなんだぜぇ」


 そう呟いたシリウスに、シャルロットは視線を向ける。するとシリウスは右手の中に『黒い球体』を握っていた。


「刀になれ」


 唱えると、黒い球体は瞬時に輝いた。そしてうねり、造形を変え、最終的にそれは本当に『黒い刀』と変貌した。


「……万能武器」


 そうシャルロットは呟くと、シリウスはそれを目線で肯定した。

 どうやら戦いは避けられないようだ。と心の中で不満を覚えたが。シャルロットは一刻も早くカルの元へ行かなければならない。ならやる事は、最初と変わらない。


「正面突破でいくわよ」


 呟き、蒼穹の破片スカイシェードを構える。リーダー二人は以前余裕な態度を維持しながら、刹那――。


「やれ、ライラ」

「――っ?」

「はい!」


 シリウスの命令に一瞬気を取られた。だがその命令に声を張って返事をした男が瓦礫の中にいた。そしてシャルロットは見た。


「……なにをしてるの?」


 返事をした男が、何かを両手に包みながら地面に押し付ける様子を。

 押し付けた途端、地面はせり上がった。何か触手のようなものが地面を走り、その男から魔力を根こそぎ奪ってからその物体はまた地上へ這い上がった。


「まさかっ、『悪魔の根』⁉」


 黒機、『悪魔の根』。全身の魔力ほとんど使用し、自由自在に木の根を操る事ができる。


「はっ――」


 瓦礫の中から巨大な木の幹が勢いよく生え、瓦礫で見通しが良かった戦場に遮蔽が生まれる。その生成中にシリウスは地面を強く蹴り上げ、シャルロット向かい空中で刀を大きく振りかぶった。


「っ。紫の剣」


 それを冷静に見切ったシャルロットは短縮詠唱をすませ、シリウスとシャルロットの間に魔法陣が浮かび上がる。あくまで刀を持っている腕を傷つけるよう角度を意識し、シャルロットは剣を射出しようとしたが、――何かに阻まれた。


「な、」

「あたしの事を忘れてもらっちゃ困るわ、魔女さアん!」


 シャルロットの視界外から、真っ赤な斬撃が禍々しい音を出しながら飛来し、せっかく呼び出した魔法陣が斬撃に破壊された。

 それにより行く手を阻むものがなくなったシリウスは一直線にシャルロットへ飛び移る。ついにシャルロットは蒼穹の破片スカイシェードを用い、

 ガキン。と鳴る。咄嗟にシリウスの刀を蒼穹の破片スカイシェードで防いだ。だがこれは相手の思うつぼだ。攻撃をしっかりと受けたとき、間違いなく隙が生まれる。それを分かっていたから、距離を詰められる前に攻撃を当てたかった。のに。

 ――それを上手にカローラの斬撃で防がれた……!

 その一連の出来事と同時進行で地形がどんどん変わり、遮蔽でどこに人がいるか分からなくなっていく。

 完全に、相手のペースに呑まれていた。


「結界魔術、層!」


 とにかく背後だけでも守れるように結界の壁を作る。だが、シリウスはその判断を見て。


「いま、背後からの攻撃を予測したな?」

「っ⁉」


 その台詞とともに、視覚の右端から真っ赤な光が見え、咄嗟に一歩雑に後退りするが。

 ――禍々しい音と紅い斬撃が右から左へ通り過ぎ、シャルロットは尻餅をついた。カローラによる攻撃は、シャルロットがどこを警戒するかを予測したようだ。


「槍になれ」

「――⁉」


 斬撃で地面が抉れ埃が舞う中、そんな命令がシャルロットの鼓膜を揺らした。即座にシャルロットは身の危険を感じ足で跳ね上がると、にわかに地面へ銀色の刃物が激突する。

 目を見張ると、シリウスの万能武器の姿が槍へ変化し、シャルロットを突こうとしていた。


「ッ……!」

「避けたか。運のいい女だ」


 そう捨てるように台詞を吐いたシリウスは、途端に生えた木の幹によって姿を消した。


「息つく間もないわね」


 シャルロットは呟きながら立ち上がり、そして考える。

 『悪魔の根』による舞台形成、『血吸いの剣』による遠距離支援、そして『万能武器』による近距離攻撃。ちょっと出来すぎじゃない……? 誰の告げ口か分からないけど、どうせ黒機を渡した奴が相性をいい物を揃えたに違いない。

 とにかく現状、私は三つの黒機を対処しなければならない。


「――――」


 『悪魔の根』は時間を稼げれば対策はできる。問題は『血吸いの剣』と『万能武器』だ。

 『血吸いの剣』の弱点は知っている。それは【使い続ければ続けるほど、『血吸いの剣』が要求する血液量が多くなる】ことだ。

 つまり、長時間の使用はできない。だが相手がとったこの作戦は、時間を稼がせない、いわば短期決戦に持っていくためのもの。『血吸いの剣』の弱点は利用できない。とすると私が突ける黒機の弱点は、目の前の『万能武器』しかない。

 だけど私は『万能武器』の弱点を知らない。だから――見極める。

 とにかくまずは、『悪魔の根』の対処からだ。


「――――」


 相手は私の動きを読もうとする。実際さっき、結界魔術の位置を読まれ斬撃を叩きこまれた。なら、読み切れない魔術を使えば或いは。

 だから今から、『魔術礼装』を装着する必要がある。そのための時間を稼がなきゃいけない。『悪魔の根』さえどける事が出来れば、『血吸いの剣』を直接叩くことができるだろう。とにかく時間を稼ぐ。それも反撃がないようなタイミングを選ばなければならない。『魔術礼装』は詠唱を短縮できない。現状考えられる有効なタイミングは――。


「ばあ!」


 有効なタイミングは、全ての攻撃を捌ききったときだけ!

 背後から声を出しながら現れたシリウスは、槍を素早くこちらに向けて突いてくる。槍との近距離戦闘は防ぎにくい。だから。


 蒼穹の破片スカイシェード


「おっと」


 槍を阻むかのように、空気の壁が形成された。蒼穹の破片スカイシェードの防御は絶対というのは説明したと思うが、その防御には弱点があった。

 蒼穹の破片スカイシェードの弱点、それは『下準備をしなければ一度に一個の破片しか作れない』ことだ。

 下準備といういのは簡単に言うと魔法陣だ。もともとシャルロットは魔法陣を脳内で想起し、手元だけで術式を行使していた。それは魔術全般で可能なテクニックである。

 だが蒼穹の破片スカイシェードは『蒼穹の道しるべ』応用黒魔術である。黒魔術であるというだけで術式が複雑なのに、その応用となると更に術式はきめ細かくなる。

 だから、蒼穹の破片スカイシェードを武器として使っている今、森で魔物を相手した時みたいに躊躇いなく『蒼穹の道しるべ』で空の破片を複数生成する、みたいな芸当はできないのだ。

 そんなデメリットを差し置いても、蒼穹の破片スカイシェードが使えるという利点はあった。だが、今回だけはその弱点が裏目に出そうだ。

 ――シャルロットは一時的に武器を失った。


「…………」

「ふうん」


 武器の消失を見たシリウスは背筋が凍るような微笑みを見せた。そしてシリウスは次の瞬間、


「ライラアア!」


 大声でそう叫ぶと共に、――シャルロットの地面から巨大な木の幹が勢いよく生えてきて、シャルロットは体を巻き取られ木の成長と共に上昇する。身動きが取れなくなったシャルロットは木の幹の上昇が収まるまで待つしかない。しかしその瞬間を、カローラが見逃すはずなかった。


「――血の斬ッ撃っ!」

「――ッ⁉」


 真っ赤な斬撃が地面から放たれ、シャルロットを捕えている木の幹へ猛進した。

 斬撃は空気に揺られながらも勢いを殺すことなく、シャルロットが閉じ込められた箇所に激しく命中。

 ……爆発。そして衝撃で折れた木が、豪快に落下を始める。その中で一緒に堕ちているシャルロット。どうやらギリギリのところで結界魔術、層を使用し斬撃から生き延びたようだ。

 だが上空へ打ち上げられた事実は、更なる不幸を誘発した。


「剣になれ」

「はァ⁉」


 シリウスの声がして空中で目を見開くと、真下から何本か木の幹が同じ高さまで上がってきて、その中の二番目に延びてきた木にシリウスが掴まってきた。


「空中戦と行こうぜぇ!」

「もうしつこい!」


 言いながら手を突き出し『紫の剣』を三本シリウスに飛ばすが、剣に容易に弾かれる。落下しながらだと打ち出す系の魔術の速度が落ちるようだ。なら。


蒼穹の破片スカイシェード!」


 空の破片を右手で掴み、向かってきたシリウスの一撃をガードした。

 二人で落下しながら、空中で剣と破片の攻防戦を繰り返す。シリウスの軽快な身のこなしから繰り出される攻撃で、何度か危ない場面があったが。それでもシャルロットは何とか凌いだ。


「――血の斬撃」

「んもう!」


 真っ赤な斬撃がまた飛んできたが、次は多少の余裕があったので、シャルロットは両手をかざし、


「黒魔術、乱花!」


 ――展開した魔法陣から伸びた数多の蔓。この黒魔術は黒機『悪魔の根』の元々の魔術である。蔓を増やし、そして紅い斬撃に向かって蔓の束を発射した。斬撃に焼かれ、蔓の束は燃焼し落下した。


「おらよッ!」

「くぅ――」


 次から次へと、シリウスの攻撃、それを防御する。その繰り返し。だがそろそろ急展開を迎える。

 地面が近づいてきた。

 シリウスはニッと凶悪な笑みを浮かべた。


「くそ長い槍になれ」

「え⁉ ちょ」


 瞬間、シャルロットの眼前に長い棒が突き刺さった。


「聞いてないって!」

「言ってねえからなあ!」

「おわあっぁ!」


 地面ギリギリになって、とんでもなく長い槍を万能武器で再現したシリウスは、シャルロットのすれすれの場所でその槍を振り回した。シャルロットは慌てふためきながら落下しつつ避け続けた。避けられてはいるものの、シャルロットからしたら中々の恐怖であった。

 そしてやってくる、地面着地――。


「魔術、空砲!」


 ぼわっと放たれた空気の圧で、着地の衝撃を何とか和らげたシャルロット。すぐに上空を見上げるが、既にシリウスの姿はなかった。だとしても、いくらあのシリウスでも落下からすぐ次の行動へ移せるわけがない。だからシャルロットが警戒するべきは――。


「背後からの、斬撃だァ! ――結界魔術、層!」


 禍々しい音を引き連れ木を破壊しながら真紅の斬撃が届いた。しかし今度こそ、シャルロットは結界魔術でその斬撃を防ぐことに成功した。

 猛攻が終わった。――やっとタイミングが来た!

 シャルロットは魔力を集め、両手を前に突き出し、そしてその詠唱を始めた。


「――――蛮地解放せし我が身、世は渦中連戦、破滅の音。救うは我が身と仲間の命、戦うは我が敵仲間の敵。解放せよ! そうして我怒り狂いし人間なり!」


 唱え終ると、魔法陣がシャルロットの両手を呑み込みながら出現し、魔法陣は両腕全体を通過した。するとシャルロットの両手は途端に肥大化し、巨大な爪が生え、激しい黒いオーラを纏いながら、


「魔術礼装、部分適応っ!」


 シャルロットは魔術礼装を装着した。


「ねじり出せ、黒爪エトワールジュメル……こっからが本番よ」


 そして響く、終幕の鐘の音。


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