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15「毅然としているな、魔女」

 ジェパードは言われた通り、しっかりとカルがいる宿の周りを警戒していた。


 宿は大通りに接した場所にあるので人通りが多いせいで、気を許す事はできない。騎士の中で余裕がある数人のみで、この宿の見張りを行っていた。

 加えてジェパードには、チビが上空から見張っていることが伝えられていた。

 ジェパードは曇り空を見上げると、寒さある風が頬を触りながら、上空を滑空している黒点を視認する。

 もし彼女に何かあった場合は、チビが彼に知らせてくれるという手筈である。

 もちろん逆もしかりだ。

 街はいつも通りの活気があった。宿の前は中央通りで右往左往と人の頭が移動し、端にある売店には人が列を作る。いつもいない筈の騎士の常駐で不満げな視線で睨まれることが多々ありつつも、彼らはこれが街の存亡、ひいては目の前を行き来する全ての人間の為になると信じるしかなかった。

 心を整え警戒を緩めず。その場にいる全ての騎士たちがはっきりと意識を固めている。

 その時、ジェパードは、彼女を見つけた。


「……ん?」


 宿の入口の反対側で立ち尽くしていたジェパードはその時、宿と隣の建物の日陰から、何やら見覚えのある人物を見た。彼女はこちらを見つけると、その細い腕を振って合図している。

 その日陰に居たのは、黒髪ボブカットに真紅の瞳をした女性だったからだ。

 ジェパードは混乱しながらも彼女の方へ歩いて行った。

 チビは変わらず、上空を飛んでいた。


 *


 シャルロットが建物に入ると、人気がない玄関ロビーには閑散とした静寂が漂っていた。水滴が落ちる音が印象的に響き、変に重い空間を進む。ロビーは広い。数十歩先には二階への階段があり、豪邸だったのだろうと思わせられる。

 情報によると、この建物の――地下が目的の場所だった。


「…………」


 だがその時、シャルロットは微かな異変を察知した。

 地下にいく道を探そうと、三歩進んだ時だ。


 (……隠れ家にしては人気がなさすぎる。あくまで地下が本命だとしても、私の襲撃は察知されていないはずでは? いや、ちょっと不安なだけだな。まだ勘繰るような段階じゃない。感情で目の前が見えなくなることは避けなきゃ)。


 些細なことに違和感を覚えてしまう。それくらいシャルロットは怖がっていた。それは敵の未知数な部分に対してでもあるし、何より、嫌な想像が的中しそうな予感がするからである。

 それでいてこの嫌な予感は、よく当たる方の所感だった。

 軋む地面を歩く。まだ部屋には水滴の音が鳴っていて、そしてその水滴は、途端にシャルロットの頭上に落下した。


「ひっ」


 思わず驚いて声を漏らす。ただの水滴に声を漏らしてしまい、多少の恥ずかしさを抱きながら、シャルロットはため息をついてまた歩みを進め――。

 光る、足元。


「――ッ⁉」


 瞬時に魔力が線を描き、円形の魔法陣が浮かび上がった――次の瞬間、爆発が起こった。

 シャルロットは発動直前に察知し、すぐさま身を引いていたので直撃は免れた。だが、その爆破が、開戦の吉報として息を潜めていた人間に伝わり、次の瞬間にはシャルロットの周囲を見知らぬ人間が囲んでいた。


「……へえ」


 目を細め観察すると、どうやら奴らは情報にある『ウバの牙』そのものであると察した。


「……毅然としているな、魔女」


 低く重い声が室内に響く。眼前の階段から悠々と足音を鳴らして下ってくる男が、発した言葉だった。シャルロットはその人物を見て、また理解が走った。


「なるほど。あなたが『ウバの牙』のリーダーね」

「ほお、騎士連中はもうそんなことまで知っていたのか。あっぱれだねえ、勤勉だねえ」


 男は薄い青髪に鋭い目を覗かせ、ねっとりとした口調で言葉を発する。彼の身なり、薄い青髪、そしてその喋り方の癖。それをシャルロットはジェパードから見せてもらった情報と合致させた。


「あなたがシリウスね」


 そう名指しすると、男は不気味に笑った。


「如何にも。俺がシリウスだぁ」


 両手を広げ右手の短剣をへらへらと降る男――シリウス。ウバの牙のメンバーにして裏社会の人間である。


「どうして私が来ることに気が付いたのかしら?」


 シャルロットは疑問を口にしながら周囲を見回す。見るにたまたま全員が集まっている中に飛び込んできたという訳ではなさそうで、つまり考えられるのは、最初から『罠』だったことだ。


「なんのこともないさ。こっちも依頼でね。これ以上の事は言えないなぁ」

「依頼?」


 シリウスは意味深な言葉を吐き捨てたが、シャルロットの返しには答えなかった。現場は張り詰める。どうやら対話の余地はないようだった。それを気取ったシャルロットは、息を整えて、また周りを見回しながら。


「めんどくさいから、まとめてかかって来なさい」


 そう自信満々に告げると。階段から全貌を見ていたシリウスはゆっくりと口を開いた。


「かかれ」

「――――!」


 号令。共に駆け出す男達。シャルロット目掛け棍棒やナイフを取り出し、一気に距離を詰めた。肝心のシャルロットはその中心で瞳を閉じ、落ち着いたまま囁いた。


「結界魔術、四層」


 魔力が全身を伝い、術式に流れ込んだ魔力は形を変え、透明な淡い光を放つ板を四方に展開させた。

 強い打撃音が一度響くと、いち早く来ていた男が結界に阻まれ、次々に男たちは結界に攻撃する。どうやら無策の攻撃のようだ。そのときシャルロットは、自分が一番警戒するべきことを見極めるために、わざと結界を頭上にだけ展開していなかった。

 ――案の定、隠れていた『魔術師』はその隙を見逃さなかった。


「雷の号令、稲光の刹那、どこしれぬ不届きものに、天なるイカズチを落とせ。――魔術、雷光!」


 迸る電撃。空間を裂き閃光が疾走。結界の隙間を狙い、シャルロットの頭上目掛け――轟音が走る。眩い光と建物の揺れが伴い、結界に阻まれていた男たちは、その煙で咳をした。

 煙の中心で、直前に展開した結界により雷が命中しなかったシャルロットが右手を上げる。こうして厄介だと感じていた魔術師の位置が把握できた。あと気にするべきは黒機だけ。


「黒魔術、蒼穹の道しるべ――!」


そう結論付けて、シャルロットは冷酷な笑みを浮かべ、右手を振り下ろした。


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