「……ぅう」
朝陽が上り、小鳥の囀りが耳に優しく触れる室内で、カルは目を覚ました。
暖かい布団から目を擦りながら降りると、室温が肌寒くて仕方がなかった。なので適当な上着を着てから歩き出す。一先ず部屋の中に日光を入れるために窓を開けようとリビングへ出ると、そこには既に嵐のような寝ぐせのシャルロットが寝巻のまま、玄関で立っていた。
「……今日は、早いね?」
目を擦りながら言うと、シャルロットはカルの存在に気が付いた。
「おはよカル」
「うん、おはよう」
シャルロットはなぜか手元を凝視しながら、考え事をしているような素っ気ない声で返事をした。
「手紙?」
朧気ながら覗き込むと、シャルロットはその手に封筒を握っているようだった。訊くとシャルロットはいきなり手紙を隠して、
「んー? そうそう」
歯切れの悪い返事をしてから、シャルロットは歩き出す。
机を挟んで奥側を歩いて、彼女はキッチンへ向かいながら、ぽつりと「この街にいる私の知り合いから、返信の手紙が来てた」と小声で教えてくれた。
「え、いつの話?」
覚えが全くないのでそうやって問うと、シャルロットはキッチンで水を出しコップで一杯飲んでから、
「この街に来る前にちょろっと言ったけど、カルは忘れてるかもね」
「……そうなんだ。どんな人なの?」
「昔馴染の知り合いでさ、悪い人じゃない。ただちょっとだけ変なところがある人」
「へー、それでなんて?」
「会いたいってさ」
カルは聞きながら部屋の中を移動し、玄関に詰まれている薪を数個抱えた。それを暖炉にくべ、マッチで火を灯す。そろそろ時期で言うと冬が近い。季節の変わり目は、体調を崩しやすいカルにとって、苦手なものだった。
「カル」
そんな時、手紙を持ったシャルロットが近づいて来た。
「……どうしたの?」
首を傾げて言うと、眼前の嵐のようなねぐせのシャルロットは真剣な顔をしていた。
「私、今日は別の依頼があるから、これ代わりに行ってきてほしいんだ」
「え?」
と右手で摘まんで、手紙をペラペラと見せつけてくる。
カルは驚いた。
今まで赫病のこともあり、常にシャルロット同伴で外出をしてきた。それにカルを狙っている『聖都』の事もあったから、用心のためにもシャルロットがいつも隣にいた。というのに、
「どういうこと?」
シャルロットが、カルに一人で出かけろというのは初めての事だった。カルがそうやって訊くと、シャルロットは椅子に座り、机に手紙とコップを置いて足を組む。
「もう赫病も安定しているし、一人で大丈夫でしょ? それにこの人、カルに会いたがっているみたいだし」
「シャルロットが行きなよ。昔の知り合いなんでしょ?」
カルはそう言いながら、シャルロットと反対側の椅子に座って手紙に手を伸ばすが、――シャルロットは手紙を自分の方へ手繰り寄せ、反対の手で水を飲み息をつく。
「私は別の依頼があるの」
繰り返すように言って、シャルロットはあくびをした。
「大丈夫だよ。この人もいざとなれば戦えるはず。おじいちゃんだけど強いよ。それとも、もしかして一人で行くのが怖いのかな~?」
「違うよ。ていうか、いつも僕のことを過保護にして、僕がしなくてもいいっていうのについてくるのはシャルロットの方だよね? 僕は一度も、外出の時ついてきてほしいってお願いした事はないよ」
「けえ~、可愛くないなあ」
シャルロットの冗談にジト目を作って素っ気なく応える。「せっかくの可愛い顔が台無しだ~」なんてめんどくさい不貞腐れ方をして来たが、カルは全力無視をする。
(……まあ、そんな事は置いておいて)とカルは気持ちを変え、少し考えてみた。
「――――」
(シャルロットが今日、依頼で出かけるのは元々知っていたことだ。
だから、別に彼女の知り合いが僕に会いたがっているなら、それでいいだろう。
……でも、どうしてか僕なのかが分からないな。その人と、どこかで面識があったとか? 少なくともシャルロットが信頼しているなら大丈夫だろうけど。
……ってなると、別に僕が渋る必要はないか。報酬を受け取れば、次の街に行く準備ができるし)。
ふうとカルも息をついて、シャルロットが水を注いだコップを机に置いた。それをカルはぱっと奪う。シャルロットは「あー」声を漏らして不貞腐れるも、カルは右手で水を口に流しながら、左手をぶらぶらと振って水分をとると、
「分かったよ。行けばいいでしょ行けば」あくまで平然そうに、一口水を飲んで言った。
「また可愛くない言い方しよって、これだから思春期は」
「叩くよ?」
ということで、その日。
カルとシャルロットは別行動となった。
*
まだ多少残っている夏風の香りに乗せ、花香がふんわりと肌を触る。少年はその中心で立ち止まり、思いっきり空気を吸うと爽快な気分になり、自然と口角があがる。
花畑がある南の草原に、一つだけ建っている幻想的な小屋があった。石の基礎に木の柱、苔生い茂る赤色のレンガの屋根に一本伸びた煙突があり、そこからは灰色の煙が天に向かって伸びている。ふと視線を逸らすと風に揺られ、一面の花畑が一斉に踊ったり、その光景がまるで少年の訪問を歓迎しているような風に見えた。
(この場所は落ち着くなあ)
小屋の入口まで進むと、すぐ中から人の気配がした。一瞬だけ身構えてしまうがすぐに力を抜き、「大丈夫」と心の中で詠唱してから玄関を叩いた。
ややあって声が聞こえた。
「……時間通りだね」
「へッ! っこ、こコこ、こんにち……は」
まるで人形のようなたどたどしさで反応してしまい、ひとりでに赤面する。心の中で練習していたのに、何故か思うように口が動かなかった。強がっていたが、カルは全く対人慣れをしていないのである。
「――カルくんだろう? 入りなさい。ドアは開けておいた」
「え、あ、はい!」
しわがれた声の男性は、そう優しく言い聞かせてくれる。それに慌てていたカルは食い気味呟いて、ドアを開けた。
ドアを開くと、すぐその人を見つけることができた。なんせ小屋である。たったのワンルームに、全ての生活圏が備わっている。その人はカルから見て反対の壁に設置されていた、大きな布団に包まっていた。
「あ、あなたが?」
そういうと、布団の中から起き上がった大柄の男性が、白い髭を揺らした。今にも死んでしまいそうな顔色と、細々とした腕を布団から出した。
「ああ、如何にも儂が、ガーデルだ」