西のカシーアは主に『作物』や『木工工芸品』が特産である。
その白く縮れた花房が複雑かつ綺麗に、まるで『聖都』の魔術式のように詰まっている緑の葉っぱの作物を手に取ってみると、ぎっしりとした重みがあった。
(……食べ方は茹でたり・煮たり・切ったりと多種多様。この西のカシーアで食べるこの作物の料理は、絶品だと聞くわ。それに、この作物で作る事ができるおつまみが、どうやらお酒によく合うと聞く。いつか機会があったら、食べてみたいものだねえ~)。
シャルロットはそう考えながら、スキップで畑のあぜ道を進んでいた。
彼女がどうして上機嫌なのか、それは端的に言うと『仕事の予感』という奴である。
彼女、『お使い屋』は基本的に掲示板に自身の『連絡先』を色紙として残している。文面はこうだ。
【探し物や喧嘩等、この『お使い屋シャルロット』にお任せよ】。
酷く簡潔だがその分、長々しいどっかの騎士団よりかは分かりやすくていいとシャルロットは自画自賛している。……それはそれとして、その文面で大部分の人間は『胡散臭い』と感じる事をシャルロットは思いもしていない。
こういうところから、舞い込む依頼の数が少ない訳が知れるだろう。
「ふふん」
この世にある魔術はそれなりに便利である。
その胡散臭い文面が書かれた色紙にはとある魔術式が組み込まれていて、『色紙に触れ用件を口で詠唱』すれば、なんと術式に口に出した言葉が色紙に記録され、オレンジの印が付く。依頼人は依頼したいという意思を表面的に残すことが出来るのだ。シャルロットの毎日の日課はそれの確認である。
因みにこの色紙はシャルロットの専売特許の代物ではなく、西の方では一般的でギルドでも使われている公用魔術だ。
それで、彼女の仕事の予感というのは、何もただの勘ではない。それなりに彼女の勘は、
「ほい」
当たる。
「やっぱり印が付いているわね。どれどれ~、今日はどなたがお困りかな」
言いながら掲示板の用紙に手をかざすと、術式がありありと脳内に映像として流れた。
魔術はイメージの世界である。魔力を言葉や線という式に従い変形、変換、そして変異させる。それが魔術の基礎だ。つまり魔術というものは、『直接触れれば』中身を覗くことができるということ。
術式を構成するのは『図形』や『言葉』というとおり、覗いて一か所一か所をよく注視すれば解読自体難しくない。魔術は魔力さえ持っていれば、誰でも使えるくらいの代物なのだから。
「えぇと何なに、数日前に無くしてしまった大事な物を探しています。一度お話がしたいのでお会いできませんか? 出来れば『内密』に……」
人通りが激しい道の途中、役所の前に置かれていた掲示板には、依頼が一つ……。
*
「ものさがしぃ……?」
宿に戻り、依頼の全容を話しながら買ってきた作物を包丁で切り分けていた。
その後ろから机で読書をしていたカルが依頼内容を聞いて疑問符を打つ。「それって」と言いながら、ガクンと勢いよく椅子から降りて、両手を大袈裟に開くと、
「何も具体的な事を書いていないじゃないか⁉」
そう真っ青な顔で声高らかにカルは批判した。
実際、依頼と評されて語られた話が依頼として受け取るに不十分すぎる内容であり、極めつけは報酬が『木工工芸品』である。そう、お金ですらないのだ。むろん論外である。
「これを依頼と言っていいのかが分からない……」やれやれと片手で顔を覆いながらカルは漏らす。
「そうねえ、でも依頼だしやるよ」
シャルロットは意外にも平然としながら、依頼の受注意思を述べた。
その反応にカルは息を落とす。
「というか、どうして直接会う必要があるんだ? 依頼内容に書き込めばいいのに。もし『聖都』の奴らの罠だったらどうするの?」
「その場合は逃げればいいだけでしょ?」
「……」
カルの真剣な言葉に、シャルロットは能天気な返答で返した。
その様子のシャルロットに、曖昧ながら違和感を覚える。カルは訝しんだ表情を作り、彼女が料理している背中を見つめ、
「……ちょっと、お気楽なんじゃないのシャルロット、あの『無名の魔女』の名が泣くね」
「知らない通り名なんて勝手に泣かせておけばいいのよ」
そう平然と答え、切り分けた食材をフライパンに落とし鼻歌をうたいながら具材を混ぜる。その反応でカルは察した。
――『無名の魔女』という名前を『勝手につけられた通り名』と吐き捨てるが、その実わりにその通り名を彼女は気に入っている。それは彼女と一緒に過ごしてきたカルだからこそ分かるシャルロットの残念な一面であるのだが、彼女は自分が『異名』の付くくらいに有名人であることについて、めちゃくちゃ自信を持っている。……はずなのだ。
「ねえ、なんかいいことあったでしょ?」
そういうと、彼女は言葉こそ発さなかったが肩がビクッと揺れた。
「なんのことかしら」
因みに、……因む必要性がないくらいに周知な事かも知れないが、彼女は隠し事が大の苦手である。
「ふ~ん?」
「アハ、アハハ」
シャルロットは白々しい笑い方をしてフライパンを棒でかき混ぜた。その様子を見ていたカルは「もう」と不満を馳せる。
ともかくカルはシャルロットが口を割らないような姿勢ならば、あとはもう推理するしかなかった。カルはひとりでに右手を組んで、顎に指を添えた。
(今までの経験からまずは『大金が舞い込む仕事が来た時』だと思う。でもならどうしてわざわざ隠す必要があるんだろう。二つ目は『サーカス劇団が来た時』だったかな、あ、そういえば……)
シャルロットが隣の子供よりもはしゃいでいたのを思い出して、同伴していたカルは途端に抗えぬ羞恥心に襲われ、握りこぶしを震わせた。
(……気を取り直して。三つ目は『新しい服を買った時』。一応それなりにお金の貯蓄はあるけど、無駄使いは僕が許していないから流石にそんな事はしないはず。していたら叱る)
ふむ、とカルは顔を傾げる。
(じゃあ、どうしてシャルロットはあんなにも浮かれているんだろう? 少なくとも当の本人は隠したがっているし、……後ろめたい事ってこと?)
といったところでカルは一つの可能性に気が付き、はっとした。
「ちなみに依頼の話し合いはどこでするの?」
「ギクッ」
聞いてみると、何故かシャルロットは肩から出していた擬音を口で漏らす。
「……外れにある工場」
唐突にしおらしくなって、カルは「なるほどな」と小声で呟く。
「確か依頼主の名前はあったんだよね?」
「……ナタ・カリベルト」
「カリベルトさんっていえば?」
その名前が出て来た時点でチェックメイトである。
どうしてこんなことをひた隠しにしようとしたのか皆目見当つかないが、シャルロットにも自らの悪癖を白日のもとへ晒されると、多少の恥じらいを覚えているみたいだった。
そうしてここまで言い寄られて、ついにシャルロットは振り返った。
カルが彼女の顔をみると、観念したような細目でダレている。
「『ワイン製造の一家』のカリベルトさんだよ!」
ついさっきまで切り分けていた作物の余りがわざとらしくキッチンに残っているのを見て、カルはまた呆れて頭を横に振った。
シャルロットは大の酒好きだが、同時にお酒に弱いのだ。
*
猫好きなのに猫アレルギーという事があるとおり、お酒が好きなのにお酒を飲むと大変な事になってしまう場合がある。彼女、シャルロットがまさにそれである。彼女はお酒が大好物でありながら、酔うととても面倒くさい。
西のカシーアから数十分。舗装された道を歩くとそこには大きな工場であった。その外でシャルロットは待ち、手持ちの懐中時計で時間をちらちら確認していると、工場の中から一人の男の子と大人の男性が出てきた。
大人の男性はシャルロットの方をちらりと見たが、焦っているのか、はたまた興味がないのかあっさり無視し、そのまま隣の工房の奥へと進んでしまう。
その様子を見ていた男の子は、見て取れる浮かない顔を浮かべて振り返る。
そして男の子とシャルロットは目が合った。子供はもじもじとして視線を逸らすものの、どうやらその男の子には対話の意思があるようなので、シャルロットは笑みを作って、
「あなたがナタさん?」
訊くと男の子は両手をぐっと握りしめた。髪の毛を逆立たせ、顔を赤く火照らせる。そんな状態でも男の子は勇気を出すように顔を強張らせて、
「……はい!」
その一連の出来事を、離れた場所にある民家の屋上から適当に買った望遠鏡で覗き見ていたカルは、相手が子供であることで一つの不安が杞憂と化し、胸を撫でおろす。
「なるほどね。子供だったから、依頼文が変だったのか」
(最初こそ『聖都』の罠だとか杞憂してしまったが、どうやらそうでもなかったみたいだな)
何故カルがここにいるかは、単に心配だからシャルロットの様子を見に来た。というだけではなく、一日一度ある外出の時間と依頼の時間が重なってしまったためこうしてシャルロットについてきている。こういうことはたまにある。
カルは
今はシャルロットがいつでも飛んでこられる距離にいるので、このくらいなら離れていても問題はない。
「おぉ、お茶とか出しますけど、どうされます?」
「うーん、ならワ……」
ワインと言いかけたシャルロットだったが、背後から感じる視線に身震いした。
「……お茶を頂くわ」
「分かりました」
そう言って二人は工場へ入る。
部屋に入るとそこは照明がついていない散らかった場所だった。
「散らかっていてすいません。踏まないようにお願いします」
「ほいほい」
シャルロットはナタの言葉を聞きながら、下に散乱しているものを避けていく。
――するとふと、外の光が差し込んでいる窓の前に置かれた写真に目がいった。そこには、ナタらしい子供と優しそうな女性が笑顔でポーズをとっていた。
*
遠くから二人の動向を眺めていたカルは、ほっとした顔で横を向くと。
「うわっ!」
「……チゥ?」
そこにはシャルロットの使い魔、チビが愛くるしく座っていた。
「なんだチビか。今日の僕のお守りは君なんだね」
「チゥ!」
チビは小さな鱗をカルに撫でられ嬉しそうに尻尾を振った。
――使い魔チビとシャルロットは『心で繋がっている』ため、よくシャルロットは僕にチビを置いていく。
『心が繋がっている』がどういうことかと言うと、チビに異変があればリアルタイムでシャルロットに伝わり、逆にシャルロットに異変があればリアルタイムでチビに伝わるということだ。
使い魔とは同じ魔力を共有しているシステム上、そういったことが可能なのである。
だから大体シャルロットはチビを自分と離し、守りたいものや見張らせたい場所に配置させたりする。いつもカルが家で読書をしているとき、チビは決まって宿の上空にいる。
「はぁあ。チビはどうしてあんな人と契約しちゃったんだ、こんなに可愛いのにさ」
「チゥ?」
そう呟いてカルは思いっ切りチビを抱きしめると、チビも落ち着いた様子で両目を閉じた。とても愛くるしい。
「あ、久しぶりにおやつ食べる? 僕も訓練したいし」
「チゥ!」
そう提案すると、チビはとても嬉しそうに羽をぱたぱたさせ肯定の意を伝わせる。カルはチビを膝から下ろして腕を捲った。
――右腕の服に隠れていた場所に赤黒いアザがあった。そしてカルは左手で、首にかけている丸い時計を掴んでメーターを眺める。数値は『十七』をさしていた。
「少し離れていて」
そう呟くと、チビは大人しく言う事をきいて後ずさりした。それを見届けたカルは呼吸を整え、右手に力を入れる。
「くっ」
――赤黒いアザが途端に光り、その場に淡い魔力が漂い始め、空気が乾いていった。カルはメーターを眺めながらふーふーと息を整えていると、いきなりアザから『四角形の赤黒い物体』が溢れるように生えてくる。針が行き過ぎないように、力加減を、調整しながら……。
「……出来た」
メーターの値は十八をさした。
カルはメーターから手を放し、アザから溢れ出た四角い物体を手で千切った。このとき痛みは特にない。それをチビにほいと差し出すと、羽をぱたぱたさせてそれを齧った。チビは美味しそうにモグモグとほっぺを動かし「チィゥ!」と羽を広げた。
よかった、とカルは想いつつメーターをみて感慨にふける。
「……はは、随分この力も落ち着いたなぁ」
呟きながら、カルはふと過去の事を思い出した。そしてチビがおやつを食べているのを眺めて、ちょっとだけ微笑む。それは、自身の忌み嫌うこの体質で喜ばれたという、過去の自分では思いつかなかったであろう光景が眼前に広がっていたからだ。
静かに目を閉じる。すると、――瞼の裏に、あの暗闇がまだこびりついていた。
「なに私がいないところで、チビとイチャイチャしてるのよ」
「えっ」
突如聞こえて来た声にカルは肩を揺らして大ロいた。
見上げると、シャルロットがローブを靡かせながら屋根の先端に立っていて、
「ふん!」
何かちょっとだけムッとしていた。