「物語消去、完了っと」
現実世界へ戻り、田村は緊張感のない声で「あー、腹減った。肉食いてぇ、肉。人の金で」と、にたりと笑う。
隣にいた千葉は呆れてため息をついた。
「自分の金で食べに行け」
「何だよ、つれねぇなぁ。土屋さん、一緒に焼き肉行きませんか?」
先に歩き出した土屋へ言うが、彼女は振り向くことなく返した。
「それより報告が先でしょ」
と、髪を結んでいたヘアゴムを外してポニーテールに結び直す。あまったゴムは左手首につけた。
「あー、面倒くせぇ」
言いながら田村が歩き出し、千葉も隣へ並ぶ。
幕引き人は終幕管理局という組織に属しており、末端の現場担当だった。組織が用意した舞台に入り込み、呼び集めた登場人物たちを抹消し、物語をなかったことにする仕事だ。
土屋は田村たちよりも現場での経験が長く、三人の中ではリーダーを務めていた。幼く見せていたのは演技だ。
千葉が少し疲れたように言う。
「今回は予定していたよりも時間がかかったからな。課長もやきもきしていたかもしれない」
「そうかぁ? 時間かかったのは、中心にいたのが現実主義者っていう、面倒くせぇ設定だったせいだろ。そのせいで最初は、これは夢だ夢だってうるさかったしよ。むしろ、よく全員片付けられたと思うぜ」
「わたしが頑張ったおかげでしょ。田村はただ、いたぶって遊んでただけじゃない」
土屋の口出しに田村は「別にそういうつもりじゃねぇし」と、口をとがらせる。
すると千葉も言った。
「楓は部屋にいてばかりだったからな。もう少し上手くやってくれ」
「お前まで言うのかよ。っつーか、何で土屋さんがお前に片想いしてる設定にしたんだ?」
不満そうにたずねる田村へ千葉は返す。
「彼らの推理を混乱させるためだろう。それとも何か? 僕とお前が恋人同士の方がよかったか?」
「んなわけねぇだろ」
田村が不機嫌に鼻を鳴らし、千葉はくすりと小さく笑う。
「おしゃべりはそこまでにして。課長がお待ちかねよ」
と、土屋が扉の前で足を止めた。
彼女の後ろに二人で並び立ち、田村は口を閉じて真面目な顔を作った。
物語が消えたことを報告し、アカシックレコードにアクセスして、物語が完全に消えたことを確かめれば、ようやく仕事は終了となる。
土屋が扉の横にあるセンサーに手をかざした。
「失礼します」
と、声をかけてから開いた扉の中へ進む。
田村と千葉も後に続き、中で仕事をしていた初老の男が視線を向けた。
土屋はデスクの前に立ち止まって、まっすぐに上司を見つめる。
「幕引き人六組C班、ただいま戻りました」
上司はにこりと笑って彼らを労った。
「お疲れさま。一日ほど、長引いたようだね」
耳に心地のいいバリトンだ。
背筋をピンと伸ばして、土屋ははきはきと報告をする。
「はい。ですが、登場人物はすべて消去できました。物語ももう消えているかと思います」
「分かった。すぐに確かめるから、少し待っていてくれ」
と、手元のパソコンを操作し始める。
室内にしばしの沈黙が訪れる。田村は黙っているのが辛かったが、じっと耐えて口を閉じている。
やがて上司が目を丸くした。
「ああ、確かに目標は消えているが……この作者、もうこの物語に名前をつけたらしい」
土屋たちが呆気にとられる中、上司は苦笑を向けて言った。
「『終幕のクローズドサークル』だそうだ。私たちすらも、物語の住人にしてしまったようだね」
土屋は引きつった笑みを浮かべた。
人間の想像力にはほとんど限界がないと言っていいが、ごく
終幕管理局としては物語に入り込むことが仕事とも言えるため、物語にされたところでまったく支障はない。しかし、土屋にはどうしても気がかりなことがあった。
「ちなみに聞きますが、わたしの婚活はうまく行きそうですか?」
苦い顔でたずねた彼女へ、上司は困ったように微笑んだ。
「さあ、どうだろうねぇ。この作者はボーイズラブが好きだからな、もしかすると千葉くんの方が先に」
「ちょっと待ってください! 人のプライバシーを勝手に明かさないでください!」
慌てて飛び出した千葉を見て上司はけらけらと笑った。
「今さら隠すものでもないだろう? 田村くんも、いい加減素直になることだね」
にこりと上司に微笑みかけられて、田村は複雑な気持ちになった。上手い言葉が思いつかず、ただ無愛想に「はい」とだけ返事をした。(終)