まるで意味が分からない。物語って何だ? 僕が登場人物?
田村くんは柄の先に乗せていた顎を離して、こちらへ数歩近づいた。片手で鎌を引きずったせいで、床にいびつな跡がつく。
「お前は作られた存在なんだよ。お前の生きてきた人生はすべてニセモノ。本当の現実の世界にいる人間に作られたものであって、名前も見た目も何もかも、作者が想像した産物にすぎねぇんだよ」
「作者……」
違う。僕の人生は僕のものだ。作者なんていない。いるはずがない。
「そうそう、お前は現実主義者っていう設定だったな。だから面倒くせぇんだ。しかも作者はお前を中心として、次々に物語を作っていった」
違う。違う違う違う。
「前島や篠山が言ってただろ? お前とどこかで会ったことがあるって。あれな、つまりは物語がそれだけあるってことなんだ。前島の出てくる物語、篠山の出てくる物語っていう具合にな」
僕は頭を抱えてうずくまる。もう彼の話は聞きたくなかった。だって僕が、僕のこれまでがすべて作られたものだったなんて。
「今回、お前が主な語り手である『羽山茶葉店』からはお前と羽山を、その作中にあるパラレルワールドから篠山兄妹を、前島が主人公の『俺らは夜更け』からは前島を、そして『カフェ飯大好き真咲ちゃん』からは西尾と斎田を呼び集めた」
知らない、そんなもの知らない。
「『羽山茶葉店』の中にいるお前が、前島や篠山を知らないのは当然なんだ。作中に登場してはいるけど、お前と接触した記憶はすべて、作者によってパラレルワールドだと明言されちまってるからな。
一方、西尾と斎田は作中で正史とされる時間軸に登場する。だからお前も知ってた。さあ、これで説明がついただろ?」
知らない知らない知らない。僕は必死に首を振って抵抗する。
しかし、田村くんはかまうことなく、冷淡な声で話を続けた。
「それにしても、お前の作者はセンスがねぇよなぁ。もっとおもしろそうなタイトルつければいいのに、どの作品にもまるで興味がわかねぇ。
きっとこの物語にも、くだらねぇタイトルをつけやがるんだろうなぁ。もっとも、ネタバレは避けないといけないっていう意識だけはあるみてぇだし、誰もオレたちのことには気づかないだろう」
ふいに僕ははっとして、グリフォンの羽根を胸に抱く。そうだ、願いを……えっと、何を願えばいいんだっけ? 田村くんの口を封じてください? 違う、そんな願いじゃダメだ。
「そうそう、肝心の説明を忘れてたな。オレたちは『
物語……?
「オレらが大学生っていうのは嘘だ。お前と会ったことがあるのも嘘。今回、土屋さんと航太はゲームの進行状況に合わせて動いてたけど、あれはお前たちを確実に追い詰めるためだ。つまり『犯人』はずっとオレだったってわけ」
くすりと田村くんが笑う。
「せっかくだから解決編もやろうか? お前らの推理だけど、だいたい当たってたぜ。違うのは、この世界がオレらにとって都合よくできてるってことだ。
密室なんてのはなぁ、鍵をどうこうせずとも中に入れんだよ。お前も見ただろ? 瞬間的にオレがここに現れるのを」
密室トリックなんてなかった? そんな、非現実的な……。
「そうさ、ここはそもそも非現実的なんだよ。デスゲームにしたのだって、非現実的な舞台として分かりやすいからだ。自分はもしかしたら虚構であって、作られたものかもしれない。そう気づかせるために、わざわざ用意したんだ」
確かにそのとおりだ。この世界は何なんだろうって、ずっと不思議に思っていた。夢だと思ったけれど夢ではなくて、でも、現実でもない。ここはただの、非現実的な舞台なんだ……。
ふと視線を上げると、田村くんは妙にギラギラした目で口角を上げていた。
「お前、アカシックレコードって知ってるか? あれな、実は容量が決まってんだ。人間の想像したものすらも記録しちまうせいで、もう限界越えそうなんだよ。そうなったら完全に人間の進歩は止まる。それを阻止するために、お前みたいな残しておく価値のない物語を消して回ってるんだ」
自然と涙があふれて頬を伝った。
価値がないなんて言わないでほしい。僕は僕なりに頑張ってきたんだ。夢を叶えるために頑張ってきたんだ。それなのに、それなのにまさか……。
「もっと辛いこと言ってやろうか? お前が結婚した彼女も、作者がそうしたいから結婚させただけなんだぜ。お前が信じてるのはすべて作り物。言葉を変えれば錯覚だ。お前のいた世界からして作り物なんだから、あそこにあったものはすべて錯覚であって、何一つ存在しねぇんだ」
「違う……僕は、作り物なんかじゃない」
「まだそんなこと言うのか? いい加減に受け入れて消えてくれよ」
田村くんがゆっくりと鎌の柄を両手に握る。
「ちなみに厨房にあった食器だけどな、あれはヘレンドだぜ。レヘンドじゃない、センスのない作者がもじっただけだ。現実はリチャードジノリでマイセンだし、ロイヤルコペンハーゲンだ。まったく作者のセンスには呆れちまうよな」
「そ、それなら、本は……」
「そうさ。あそこにあるのは全部、現実の作品だ。物語の世界にいるお前には分かるはずのないものだ」
「そんな……」
混乱する一方で、うっすらと記憶が思い出されてくる。
そうだ、僕は元いた世界でパラレルワールドを経験した。その時に前島さんや篠山くんに会い、そしてグリフォンの羽根を使った。グリフォンの羽根はあの一連の物語の中で、僕に与えられた魔法のアイテムだったんだ。
「さて、そろそろいいか? お前、自分が虚構だってこと、理解できたか? できたよな?」
まるで脅しのようにたずねる彼へ、僕は何も返さない。ただ、胸に抱いたグリフォンの羽根に願う。
「僕を元の世界に返してください」
しかし羽根は光らなかった。何故か、僕の願いは聞き入れてもらえなかった。
するとすかさず田村くんが言う。
「悪いな。そいつ、もう使えないようにしてあるんだ」
「え……?」
一瞬にして絶望が僕の全身を包んだ。
「使えたとしても、世界をまたぐことはできないけどな。どんな願いでもっていうのは、結局のところ嘘なのさ」
田村くんが嘲るようにくすりと笑い、言った。
「さて、いい加減に終わらせねぇとな。お前はもう消える運命なんだ。大人しくしてな」
目の前で大きな鎌が振り上げられて、僕は――……。