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2 真実の声と世界のルール

 廊下に出ると、反対側に篠山くんの姿が見えた。土屋さんの部屋をうかがっているのだろうか、扉へ耳を寄せるようにして、すぐ横にへばりついている。

 僕と羽山さんは顔を見合わせてから、そっと近づいていった。

 気づいた篠山くんが、慌てた顔で立てた人差し指を口へ当ててみせる。よく見ると彼の耳にはワイヤレスイヤホンが装着されていた。

 すぐに僕はひらめいて、小声で羽山さんへ教えた。

「魔法アイテムです。たぶん三人があの部屋にいて、篠山くんは真実の声を聞こうとしているんですよ」

 腑に落ちた羽山さんがうなずき、僕らは邪魔にならないよう、廊下の角まで下がる。

 篠山くんが再び扉の方へ顔を向けて、聴覚に集中する。いったいどんな会話がされているのか、僕らの方まで聞こえてくることはない。

 一分ほど経った頃だろうか、ふいに篠山くんがこちらへ向けて駆けてきた。

「逃げろ!」

 はっとした時には篠山くんが目の前を通り過ぎており、慌てて僕らも階段を駆け下りた。視界の端で、土屋さんの部屋から三人の出てくるのが見えた。

 羽山さんが前を走る彼へ問う。

「篠山くん、いったい何が聞こえたの?」

「説明してる暇はない! とにかくあいつらやべぇんだ!」

 やばいって何が?

 僕の頭にはいくつもの疑問符が浮かぶが、篠山くんはエントランスホールを抜けて食堂へと向かう。

「やっぱり彼らが犯人なのかい!?」

「犯人どころじゃない!」

「え?」

 ますます意味が分からない。しかし、真実の声を聞いた篠山くんの言葉に、きっと嘘はない。

「あいつら、俺らの知ってる世界の人間じゃねぇんです!」

 叫びながら篠山くんが食堂へ飛び込むと、厨房へ続く扉の前に千葉くんが立っていた。急ブレーキをかけた篠山くんの背中に、危うくぶつかるところだった。

 冷たい目をして千葉くんは言う。

「先に篠山さんを始末するべきでしたね」

 篠山くんが来た道を戻ろうとするが、今度は土屋さんに邪魔された。

「聞こえる真実の声がどれだけのものか、事前に教えてもらってなかったもんね。後で主任に文句言わなきゃ」

 何を言っているんだ? 彼らは何を話している?

 僕らは戸惑うばかりでろくに身動きもとれず、いつの間にか背中合わせになっていた。まるで袋のネズミだ。

 土屋さんの後ろから田村くんがのんびりと現れて、にかっと笑う。

「篠山、お前けっこうおもしろい動きするじゃん? 意外だったよ、ガチで」

 高く掲げた右手の先に大きな鎌が出現する。って、魔法じゃないか!? 田村くんは魔法を使えたのか!?

 内心で叫んだはずなのに、田村くんは僕の心を読んだように言う。

「違う違う。ただ取り出しただけだ。もっとも、この世界はオレたちの側に都合よくできてるからなぁ。理解できないのはしょうがねぇんだ」

 笑いながら言ったかと思うと、田村くんは鎌を両手にかまえて駆け出した。

 とっさに避けた僕の頬に冷たい物が当たる。思わず振り返ってしまうと、篠山くんの頭が床へ落ちるのが見えた。

「あ……あぁ……っ」

 腰が抜けそうになり、近くのテーブルに手をついてこらえる。脚はガクガクと震えて、心臓は早鐘を打っている。

「逃げろ、野々ちゃん!」

 羽山さんの声が聞こえて僕は再び駆け出した。どこへ行けばいいか分からない。でも、ここにいたらダメだ!

「羽山さん、いいこと教えてやるよ。オレたちにはルールがあんの」

「何の話だい?」

「世界のルールだよ」

 僕は千葉くんへ向かって駆けていた。彼との体格差は大きい。小柄な僕なら隙間を抜けられるはずだ。

「何っ」

 小回りを効かせて千葉くんをかわし、体当たりするようにして扉を開ける。勢いよく廊下に飛び出した僕は全力で図書室の方へと駆けた。

 世界のルールって何だ? どうして田村くんたちは僕らを殺すんだ? 最初に聞かされたルールは何だったんだ? ただのデスゲームではなかったのか?

 考えたいことはたくさんある。でも、今はとにかく走るだけ。

 図書室の前を通り過ぎて再びエントランスホールへ出る。そのまま洗面所へ向かい、外廊下に駆け込んだ。

 今日も空はよく晴れている。ガラス越しに差してくる陽光はどこか能天気で、まるで今しがたの惨劇が嘘みたいだ。

 ふと足を止めて振り返るが、田村くんたちの姿はない。追ってこないのか?

 しかし油断は禁物だ。とりあえず隠れる場所を見つけようと考えて、僕は肩で息をしながら、妖精のいる塔へと足を向けた。


 中はあいかわらず薄暗い。上を見てみるが妖精はいなかった。

 扉を閉めるとすっかり静かになって、逆に不気味だ。

 壁伝いに奥へと進み、僕は暗い気持ちになる。

 これからどうなってしまうのだろう。僕は殺されてしまうのだろうか。羽山さんは……たぶんもう、殺されている。

 悲しくなってその場にうずくまり、ふと思い出した。パーカーのポケットに手を入れて、グリフォンの羽根を取り出す。

「どんな願いでも、叶えられる……」

 小さな窓から差し込む光を反射して、茶色い羽根が一瞬輝いて見えた気がした。

 この羽根にいったい何を願おうか。そうだ、このデスゲームをなかったことにしてもらおうか?

 いや、それよりも元の世界へ戻してもらえるように願うべきか。大好きな妻がいて、カフェオーナーとして毎日忙しくしていたあの日々へ。

 羽根を握った手に、ぎゅっと力をこめた時だった。

「やっぱり最大の敵はお前なんだよなぁ」

 田村くんの声がして、びくっと顔を上げた。刃を下にして大きな鎌の柄の先端に顎を乗せながら、田村くんがこちらを見下ろしていた。距離は二メートルもない。

「……」

 言葉を失う僕を見下ろして、田村くんは呆れたように鼻で笑う。

「お前、まだ気づかない?」

「な、何に……?」

「この世界、お前のいた世界とは違うだろ?」

 僕は小さくうなずいた。

「図書室にあったのはお前の知らない本ばかり。でも、厨房にはお前の知ってる食器が並んでる。妙だと思わないか?」

 言われて初めて違和感を覚えた。そうだ、本は知らないのに食器ブランドは知っている。つまりどういうことだ?

「羽山さんは薄々気づいてたみたいだぜ。虚構だってことにな」

 虚構?

 呆然とする僕へ田村くんはため息をついた。

「だから、お前を中心とした虚構フィクションなんだよ。本当は自分で気づいてもらわないといけねぇんだけど、お前、頭回ってなさそうだから、オレが言ってやるよ」

 馬鹿にするような口調で、そして目の前の青年は告げた。

「お前は物語の中の登場人物なんだ」

「は……?」

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