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1 疲弊と記憶

 この部屋で目を覚ますことに慣れてきた。もちろん自分の家が恋しくもあるけれど、さすがに四日目ともなると環境に順応するらしい。

 あくびをしてから体を起こし、ゆっくりとベッドから出る。

 今朝も静かではあるが、また誰かが犠牲になっているかもしれない。ほぼ無意識にそう考えて、とっさに自己嫌悪へ陥る。まったく困ったことに、殺人が日常になりかけていた。

 軽く伸びをして深呼吸をし、気持ちを切り替えた。それから廊下へ出てみると、にわかに騒がしかった。

 見れば、土屋さんが真咲ちゃんの部屋の前にいる。気づいた彼女がこちらを見た。

「あ、野々村さん」

「おはようございます。どうかしたんですか?」

 と、僕は嫌な予感を覚えつつ歩み寄る。

「それが、西尾さんがなかなか起きてこなくて。どうしたんだろうと思って来たところなんです」

 土屋さんの表情は不安そうにゆがんでいた。

「ということは、真咲ちゃんは部屋に?」

「ええ、いると思うんですけど」

 扉の取っ手に手をかけると、鍵はかかっていなかった。不用心だなと内心で思いつつ、扉を開けて声をかける。

「真咲ちゃん、入るよ」

 室内へ足を踏み入れようとして、床に彼女が倒れているのが見えた。斎川さんの時と同様に、首を一直線に切られていた。

 込み上げてくる吐き気を抑え、僕は冷静に言う。

「土屋さん、みんなを呼んできて」

「はいっ」

 状況を察した彼女が駆け出し、僕はすぐに羽山さんの部屋へ向かう。

「羽山さん! 真咲ちゃんが殺されました!」

 すぐに扉が開いて彼が現れる。まだ疲れがとれていないのだろう、彼の表情にいつもの笑みはない。

「今度は彼女か」

「はい。首を切られています」

 二人で真咲ちゃんの部屋へ戻り、室内に入って遺体を観察する。

 羽山さんは片膝をつきながら彼女の手首に触れた。

「冷たくなってる。どうやら斎田さんの時と同じみたいだね」

「ええ、僕もそう思います。真咲ちゃんの魔法アイテムが、すぐ近くに落ちているところまで一緒です」

 違うのは場所だけだった。斎川さんはエントランスホールだったが、真咲ちゃんは自室だ。

 羽山さんが考え込んでいる間、廊下に他の人たちが集まってきた。

 篠山くんは顔面蒼白になって室内を見つめており、田村くんたちは遠巻きに様子を見ているばかりだ。

 羽山さんは腰を上げながら、うんざりしたように言った。

「アリバイをたずねたところで、どうせみんな部屋にいたって言うでしょう? 今回も目撃者はなし、証拠はもうじき消える。ほら」

 直後、真咲ちゃんの体が消え始めた。使われなかった魔法アイテムも消失し、小箱や鍵もなくなる。

「どうするんですか、羽山さん」

 と、僕が羽山さんを見上げると、彼は頭に手をやって首を振った。

「もうお手上げだ。犯人は君たち四人の中にいるわけだけど、何かもう俺は疲れた」

「そんな、羽山さん」

 気持ちは分からないでもないが、それでは自分たちが殺されるのを待つというのか? 僕は絶対に嫌だ!

 しかし、羽山さんはすっかり疲弊してしまっている様子だ。ここは僕がしっかりするしかない。

 僕は冷静さを失わないように意識し、羽山さんを気遣うように言った。

「分かりました。とりあえず紅茶を飲みましょう」


 真咲ちゃんの焼いたパンがまだ少し残っていたため、朝食はそれで済ませた。冷めていて少し固くなっているような気がしたのは、彼女を失ったせいで気持ちが沈んでいるからだろう。

 紅茶は僕が淹れて、羽山さんには濃いめのアッサムを出してやった。抽出時間は三分が基本だが、あえて倍にすることで渋みを加えてやったのだ。

 羽山さんは一口飲んですぐに気づいた。

「野々ちゃん……俺、渋いの苦手なんだけど」

「知ってます。でも効くでしょう?」

 と、僕は横目に彼を見る。

「うーん」

 嫌そうな顔をしながら、羽山さんはミルクを足して渋みをごまかそうと試みている。

 紅茶をストレートで飲む方が好きな僕からしたら、ミルクを入れるのは邪道だ。せっかくの紅茶の風味が台無しになってしまう。

 そんな文句は内心だけに留めて、僕は黙々と食事に集中した。


 後片付けは土屋さんがやってくれるということでお言葉に甘えさせてもらい、僕らは羽山さんの部屋で向かい合った。

「どうしちゃったんですか、羽山さん」

 少しの心配を込めてたずねると、羽山さんはため息をつく。

「頭が痛いんだ。何だか、昨日のこともはっきりしなくてね」

「そんなに頭痛がひどいんですか?」

「うん……田村くんの部屋に入ったのは覚えてるんだけど」

 と、困ったように眉尻を下げて力なく笑う。

 僕は呆れて言い返した。

「肝心なところがぼけちゃってるじゃないですか。田村くんの部屋には魔法アイテムがまだあったんですよ」

「そうだっけ?」

「そうです。だから田村くんはまだアイテムを使ってません。つまり、篠山くんの犯行である可能性が……」

 何か妙な感じがして、僕はふと首をかしげる。

「羽山さん、記憶がないって言いました?」

 頭が痛むのか、羽山さんは片手をこめかみ辺りに当てながら言う。

「はっきり言えばそうなるけど」

 頭で言語化するまでもなく確信した。焦って結論を急ごうとする気持ちを抑え、僕は少々声をひそめて言う。

「あの、千葉くんと土屋さんの魔法アイテム、どちらも記憶に関するものじゃなかったですか?」

 羽山さんがはっと息を呑んだ。

「もしかして、記憶を消去された……?」

「僕は記憶を改竄されたかもしれません」

 いや、きっとそうだ。そうに決まっている。

「そうか、だから記憶がないんだ。つい昨日のことなのに、どうもおかしいと思ったんだ」

「ということは、田村くんの魔法アイテムはもう使われていて、なくなっているはずです」

 羽山さんは声を低くして言った。

「つまり、彼こそが真犯人なんだね」

「ええ、そういうことです。そして千葉くんと土屋さんは彼に協力している。もしかすると、三人ともが犯人という可能性もあります」

 自分で言っておきながら背筋がぞくっとした。

 田村くんと土屋さんは怪しかったからいいとして、千葉くんは好意的に接してくれて僕らに協力してくれた。しかし、すべて僕らの動きを知るための行動だったとしたら……ああ、嫌だ。

「どちらにしても、ここまで来れば指摘はできる。すぐに行って、こんなゲームはさっさと終わらせよう」

 と、羽山さんが立ち上がり、僕も腰を上げた。不安と興奮ではやる気持ちを抑えて部屋を後にする。

 とうとうこの時が来た。ミステリー小説の探偵たちもきっと、真相を話す前はこんな気持ちだったのだろう。

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