夕食後、羽山さんは紅茶を淹れた。茶葉は甘い香りのするアッサムで、希望者にはミルクを入れられるように牛乳パックも用意した。
トレイに人数分のティーカップとティーポットを乗せて、僕は慎重に階段を上がっていく。以前、羽山さんのお店にいた時にも、階段を上がって紅茶を運ぶことがあったが、多くても三人分だった。今回は五人分の紅茶が入ったティーポットに五つのティーカップ、そして牛乳パックだ。はっきり言って重い。
しかしそんな弱音は吐けないため、僕は全神経を使って階段を上り切る。羽山さんはさっさと上がって待っていた。
僕は彼を軽くにらみつけるが、羽山さんはおかまいなしだ。すぐに目的の部屋へまっすぐに向かっていってしまう。
彼の後を慎重についていき、僕は打ち合わせのとおり、隣に並んだ。
扉の前に立った羽山さんがノックをして、穏やかに声をかけた。
「田村くん、いるかい? 食後の紅茶を淹れたんだけど」
少ししてから扉が開き、田村くんが怪訝そうな顔を出す。
「急にどうしたんだよ?」
「いや、初日の夜にお茶会をしたでしょう? あれからずいぶん状況が変わってしまったけれど、だからこそ紅茶を飲むことで、少しでも気分を落ち着けてもらえたらいいなと思って」
羽山さんがにこやかに言い、田村くんは「ふぅん?」と、やはり訝しげだ。
「まあ、君には必要ないかもしれないけれど……他の人たちはみんな、恐怖や不安で気持ちが張り詰めてるはずだからさ。もちろん、俺や野々ちゃんもね」
田村くんは納得したのかうなずいた。
「分かった。一応もらってやるよ」
「よかった。じゃあ、ちょっと待ってね」
羽山さんが僕の手にしたトレイからポットを取り上げ、エメラルドグリーンのティーカップに注ぎ入れる。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
と、田村くんが室内へ引っこもうとして羽山さんが慌てて言う。
「アッサムにしたんだけど、ミルクティーにして飲むのがおすすめなんだ。ちょっと一口飲んでみて、判断してくれないかい?」
田村くんはじっと僕らを見てから、仕方がないといった顔でティーカップへ口をつけた。一口すすって飲み込んだ瞬間、彼の動きが停止する。
彼の目の前に手をかざして何の反応もないことを確かめ、羽山さんは「よし」と、小さくもらす。
そして田村くんの手からそっとティーカップを取り上げて、僕の持っていたトレイへそっと置いた。
「入るよ」
「はい」
僕はすぐにトレイを廊下の端へ置き、羽山さんと一緒に室内へ入った。
田村くんの魔法アイテムは、五分間だけ姿を変えることのできるバンダナだ。実物を見たことはないけれど、部屋の中にそれが見つからなければ使われたことになる。もしあれば、僕らの推理が間違っていたことになる。
ドキドキと緊張に胸を高鳴らせながら、僕は室内の捜索を開始した。
まずはテーブルの上だが、小箱と鍵が置かれているばかりだ。他に何もないことを確認してから、腰をかがめて椅子の上や下にも目を向ける。うん、何もない。
羽山さんはベッドの方を見ていた。静かに枕を持ち上げ、毛布をめくり、シーツにも手を這わせてバンダナを探す。
ふと腰を上げた僕は、気づいてしまった。
「あの、羽山さん」
「何? 見つかった?」
「いえ、そうではなくて。アイテムの有無を確かめるのもいいですけど、カードを見てしまう方が早くないですか?」
僕が指さしていたのは小箱だ。きっと中にはカードが入っている。
振り返った羽山さんが何とも言えない顔をし、息をつく。
「そっか。その手があったね」
言いながら羽山さんはこちらへ歩み寄ってきて、僕はそっと小箱のふたを開けた。
思ったとおり、中にはカードが入っていた。僕は緊張に手を震わせながら慎重にカードを手に取り、裏返した――。
田村くんの部屋を出るなり、僕と羽山さんは肩を落として廊下を歩いていた。
「彼じゃなかったんですね」
「どうやらそうらしいね。何だか急に頭が痛くなってきたよ」
と、羽山さんはため息をつく。
僕は少し心配になって彼を見上げた。
「大丈夫ですか?」
「いい加減に疲れが出てきたのかもしれないな。今日は早めに寝るよ」
「それがいいですね。僕も紅茶を片付けたらすぐに戻るんで、羽山さんは先に部屋へ戻って休んでください」
「分かった。すまないね、野々ちゃん」
部屋へ向かっていく羽山さんを少しだけ見送り、僕は階段を下り始めた。
ああ、がっかりだ。田村くんの部屋にはバンダナがまだあった。クローゼットにしまわれていたのだ。つまり、彼は犯人ではなかった。
そう、カードの裏も真っ白だった。にわかには信じがたいが、確かにそう記憶している。
となると、篠山くんが犯人である可能性が再浮上してくるわけだけれど……そんなに彼は冷酷な人だったのだろうか。妹の凛月ちゃんを殺害して、あれほどの涙を見せたのはすべて演技だったのか?
考えれば考えるほど辛い気持ちになって、僕は足早に厨房を目指した。