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4 パニックと罪悪感

「ちなみに、西尾さんはどこにいたんだい?」

 と、羽山さんは他の人のアリバイを聞き始めた。

「自分は厨房です。昼食と夕食の献立を一人で考えていました」

「じゃあ、千葉くんは?」

「僕は自分の部屋にいました」

 それぞれアリバイが成立しない。しかし、真咲ちゃんが厨房にいたのは確かだろう。彼女は一階の廊下からやって来た。

 上から来たのは田村くん、土屋さん、千葉くんであり、僕と羽山さんである。

 篠山くんが本当に下にいたかどうか、疑うことはできるが、妹の遺体を前に感情をあらわにしている姿は、僕には演技だと思えなかった。

 羽山さんもどうしたらいいか分からないようで、次の行動へ移れずにいる。すると、凛月ちゃんの遺体が消え始めた。ダイオウグソクムシのぐぅちゃんも消えて、跡形もなくなる。

 篠山くんは呆然とし、先ほどまでの荒々しさとは裏腹に、黙って涙をこぼし始めた。目の前から消えるという実質的な喪失に、言葉が出ないほどのショックを受けたのだろう。

 羽山さんは篠山くんの肩へ手を置き、優しく声をかけた。

「立てるかい? 今はとにかく気持ちを落ち着かせよう」

「……」

 篠山くんは悄然しょうぜんとしてしまい、立ち上がる気力もない様子だ。羽山さんが腕を肩へ回して、ゆっくりと彼を支えながら立ち上がらせた。

「西尾さん、何か温かいものを頼めるかい?」

「分かりました」

 すぐに真咲ちゃんが厨房へ駆けていき、羽山さんは篠山くんを連れて歩き出す。

 その後を僕は黙ってついていく。ふと振り返ると、残った三人が何やら話をしているのが見えた。

 彼らもまた、この状況をどう受け止めるべきか、混乱しているのだろうか? いいや。なんとなく、そうではないような気がした。


 食堂で白湯を飲むと、篠山くんは少し落ち着いたようだ。

「すみません、さっきは……」

「かまわないで。目の前で身内が亡くなって、取り乱さない人はいないよ」

 優しい声で羽山さんが言い、篠山くんは小さくうなずく。

 僕と真咲ちゃんは向かいの椅子に座り、黙って様子を見ていた。

「一つだけ確かめたいことがあるんだけど、いいかな?」

「はい」

「君は犯人の姿を見てないんだね?」

 篠山くんはぎゅっと唇を引き結んでから答えた。

「凛月が落ちてくるの見て、パニックになっちゃって……上に人がいたかどうか、確かめる余裕はなかったです」

「そうか。じゃあ、あの三人のうちの誰かだね」

 真咲ちゃんが少々怪訝そうに口を開く。

「そこまで分かってるんですか?」

「ああ、最初から俺は土屋さんが怪しいと思っていたんだけど、今回のことでますます疑いを深めたよ」

 つい数十分前までとまるで違うことを言う彼へ、僕は言わずにいられなかった。

「でも、前島さんを殺したのは別の人だって言ってたじゃないですか」

「うーん、それはそうなんだけどね」

 と、羽山さんは苦笑する。

「でも、篠山くんが凛月ちゃんを殺すとは思えないでしょう?」

 篠山くんがおもむろに顔を上げ、目つきを鋭くさせた。

「俺のこと、疑ってたんですか?」

 羽山さんは素直に「少し前まではね」と、答えてから続ける。

「実は土屋さんが夜中に、篠山くんらしき姿を目撃したらしいんだ。凛月ちゃんがトイレから出てくるのを待つ間に、という可能性を俺たちは考えていた。

 そして今回の件だけど、西尾さんは厨房にいたと言ったね。来た方向からしても事実だと考えられる。俺と野々ちゃんは一緒にいたから、あの三人をのぞいたら、あとは篠山くんだけになる」

「……そうですか、すみません」

 再び篠山くんはうつむき、白湯を一口飲む。

 束の間の沈黙を挟んで羽山さんは言った。

「だから、やっぱり彼らのうちの誰かだと思うんだ」

 結局はそういうことだ。僕はあらためて思考を働かせてから気がついた。

「そういえば、姿を変えられるアイテムがありませんでしたっけ? 確か、持っていたのは田村くんだったような」

「それだ!」

 と、羽山さんが大きな声を出し、二人へ説明をする。

「土屋さんが見たという篠山くんらしき姿、あれがもし魔法アイテムで姿を変えた田村くんだとしたら?」

 篠山くんと真咲ちゃんが目を見開く。

「前島さんを殺したのは彼で、凛月ちゃんを殺したのも彼。斎田さんを殺したの証拠はありませんけど、だいたい辻褄つじつまが合います」

 と、僕が結論を口に出せば、二人は納得してくれた。

「そうだ、きっとそうだ。あとはあいつが全部やったって証拠さえあれば」

 篠山くんの顔に生気が戻る。妹の敵を討てるかもしれないと、希望を得たようだ。

「どうやって追い詰めますか? 自分の魔法アイテム、使ってもいいですよ」

 と、真咲ちゃんも協力的な態度を見せるが、羽山さんは首を振った。

「ありがとう。でも今回は、俺の魔法アイテムを使おうと思う」


 話し合いを終えて廊下へ出ると、千葉くんとばったり遭遇した。

「篠山さんはもう落ち着きましたか?」

「うん。今は西尾さんと話してるよ。彼女、凛月ちゃんと気が合っていたみたいだから」

 僕の返答を聞いて、千葉くんはほっとしたように頬をゆるめた。

「それならよかった。これからのことなんですけど」

 羽山さんは横目に僕を見てから言った。

「すまないんだけど、少し休ませてほしいんだ。残っているのは自分を含めて七人だけど、野々ちゃんと俺は犯人じゃない。となると、残るは五分の一でしょう?」

 どこか悲しい顔をする羽山さんから視線をそらし、千葉くんは「そうですよね」と伏し目がちになる。

 少しの間を置いてから、千葉くんはため息をついた。

「分かりました。でも、もしもまだ、何か力になれることがあれば、呼んでください。僕は自分の部屋にいます」

 そして軽く頭を下げると、彼は僕らに背中を向けて去っていった。

「……好意を無下にしちゃったみたいで、少し胸が痛みます」

 僕が小さくつぶやくと、羽山さんは苦笑した。

「優しすぎるよ、野々ちゃん。そんなこと、気にしなくていいのに」

 分かってはいても、やっぱり罪悪感を覚えてしまう。それが僕という人間だった。

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