「ちなみに、西尾さんはどこにいたんだい?」
と、羽山さんは他の人のアリバイを聞き始めた。
「自分は厨房です。昼食と夕食の献立を一人で考えていました」
「じゃあ、千葉くんは?」
「僕は自分の部屋にいました」
それぞれアリバイが成立しない。しかし、真咲ちゃんが厨房にいたのは確かだろう。彼女は一階の廊下からやって来た。
上から来たのは田村くん、土屋さん、千葉くんであり、僕と羽山さんである。
篠山くんが本当に下にいたかどうか、疑うことはできるが、妹の遺体を前に感情をあらわにしている姿は、僕には演技だと思えなかった。
羽山さんもどうしたらいいか分からないようで、次の行動へ移れずにいる。すると、凛月ちゃんの遺体が消え始めた。ダイオウグソクムシのぐぅちゃんも消えて、跡形もなくなる。
篠山くんは呆然とし、先ほどまでの荒々しさとは裏腹に、黙って涙をこぼし始めた。目の前から消えるという実質的な喪失に、言葉が出ないほどのショックを受けたのだろう。
羽山さんは篠山くんの肩へ手を置き、優しく声をかけた。
「立てるかい? 今はとにかく気持ちを落ち着かせよう」
「……」
篠山くんは
「西尾さん、何か温かいものを頼めるかい?」
「分かりました」
すぐに真咲ちゃんが厨房へ駆けていき、羽山さんは篠山くんを連れて歩き出す。
その後を僕は黙ってついていく。ふと振り返ると、残った三人が何やら話をしているのが見えた。
彼らもまた、この状況をどう受け止めるべきか、混乱しているのだろうか? いいや。なんとなく、そうではないような気がした。
食堂で白湯を飲むと、篠山くんは少し落ち着いたようだ。
「すみません、さっきは……」
「かまわないで。目の前で身内が亡くなって、取り乱さない人はいないよ」
優しい声で羽山さんが言い、篠山くんは小さくうなずく。
僕と真咲ちゃんは向かいの椅子に座り、黙って様子を見ていた。
「一つだけ確かめたいことがあるんだけど、いいかな?」
「はい」
「君は犯人の姿を見てないんだね?」
篠山くんはぎゅっと唇を引き結んでから答えた。
「凛月が落ちてくるの見て、パニックになっちゃって……上に人がいたかどうか、確かめる余裕はなかったです」
「そうか。じゃあ、あの三人のうちの誰かだね」
真咲ちゃんが少々怪訝そうに口を開く。
「そこまで分かってるんですか?」
「ああ、最初から俺は土屋さんが怪しいと思っていたんだけど、今回のことでますます疑いを深めたよ」
つい数十分前までとまるで違うことを言う彼へ、僕は言わずにいられなかった。
「でも、前島さんを殺したのは別の人だって言ってたじゃないですか」
「うーん、それはそうなんだけどね」
と、羽山さんは苦笑する。
「でも、篠山くんが凛月ちゃんを殺すとは思えないでしょう?」
篠山くんがおもむろに顔を上げ、目つきを鋭くさせた。
「俺のこと、疑ってたんですか?」
羽山さんは素直に「少し前まではね」と、答えてから続ける。
「実は土屋さんが夜中に、篠山くんらしき姿を目撃したらしいんだ。凛月ちゃんがトイレから出てくるのを待つ間に、という可能性を俺たちは考えていた。
そして今回の件だけど、西尾さんは厨房にいたと言ったね。来た方向からしても事実だと考えられる。俺と野々ちゃんは一緒にいたから、あの三人をのぞいたら、あとは篠山くんだけになる」
「……そうですか、すみません」
再び篠山くんはうつむき、白湯を一口飲む。
束の間の沈黙を挟んで羽山さんは言った。
「だから、やっぱり彼らのうちの誰かだと思うんだ」
結局はそういうことだ。僕はあらためて思考を働かせてから気がついた。
「そういえば、姿を変えられるアイテムがありませんでしたっけ? 確か、持っていたのは田村くんだったような」
「それだ!」
と、羽山さんが大きな声を出し、二人へ説明をする。
「土屋さんが見たという篠山くんらしき姿、あれがもし魔法アイテムで姿を変えた田村くんだとしたら?」
篠山くんと真咲ちゃんが目を見開く。
「前島さんを殺したのは彼で、凛月ちゃんを殺したのも彼。斎田さんを殺したの証拠はありませんけど、だいたい
と、僕が結論を口に出せば、二人は納得してくれた。
「そうだ、きっとそうだ。あとはあいつが全部やったって証拠さえあれば」
篠山くんの顔に生気が戻る。妹の敵を討てるかもしれないと、希望を得たようだ。
「どうやって追い詰めますか? 自分の魔法アイテム、使ってもいいですよ」
と、真咲ちゃんも協力的な態度を見せるが、羽山さんは首を振った。
「ありがとう。でも今回は、俺の魔法アイテムを使おうと思う」
話し合いを終えて廊下へ出ると、千葉くんとばったり遭遇した。
「篠山さんはもう落ち着きましたか?」
「うん。今は西尾さんと話してるよ。彼女、凛月ちゃんと気が合っていたみたいだから」
僕の返答を聞いて、千葉くんはほっとしたように頬をゆるめた。
「それならよかった。これからのことなんですけど」
羽山さんは横目に僕を見てから言った。
「すまないんだけど、少し休ませてほしいんだ。残っているのは自分を含めて七人だけど、野々ちゃんと俺は犯人じゃない。となると、残るは五分の一でしょう?」
どこか悲しい顔をする羽山さんから視線をそらし、千葉くんは「そうですよね」と伏し目がちになる。
少しの間を置いてから、千葉くんはため息をついた。
「分かりました。でも、もしもまだ、何か力になれることがあれば、呼んでください。僕は自分の部屋にいます」
そして軽く頭を下げると、彼は僕らに背中を向けて去っていった。
「……好意を無下にしちゃったみたいで、少し胸が痛みます」
僕が小さくつぶやくと、羽山さんは苦笑した。
「優しすぎるよ、野々ちゃん。そんなこと、気にしなくていいのに」
分かってはいても、やっぱり罪悪感を覚えてしまう。それが僕という人間だった。