厨房でたこ糸を、図書室でセロハンテープとクリップを見つけた。伸ばせば針金の代用になる。
まずは前島さんの部屋へ入り、扉の鍵を観察した。
「特に変わったところはないね」
「ええ、僕の部屋にあるのと同じですね。つまみを回して鍵をかけるタイプで、サムターンと呼ばれるものです」
「詳しいね、野々ちゃん」
「密室トリックにおいて、鍵の種類は重要ですから」
平然と言い返して僕はたこ糸とセロハンテープを手にする。
「サムターンと言えば有名なのが、こちらのトリックです。見ていてください」
糸の先にテープを貼り付け、それをサムターンのつまみの上端にくっつける。次に糸を下の隙間に通し、外に出る。勢いよく糸を引っ張れば……。
「はい、できました」
がちゃりとつまみが回って鍵がかかる。しかし、扉の向こうから苦笑いの声がした。
「テープがつまみにくっついたままだよ、野々ちゃん」
はっとして糸の先を見れば、確かにテープがない。部屋の中に証拠を残してしまった。
思わず慌てそうになった僕だったが、ふと扉に目を向けると穴が空いていた。篠山くんが蹴破った穴だ。そこへ片手を差し入れて、テープを回収してからつまみを回す。
中から見ていた羽山さんが「あっ」と声を上げた。
それから僕が扉を開けて室内へ戻れば、羽山さんが言う。
「今の動き、篠山くんだよね。そうしてテープを回収したのかもしれない」
「ええ、僕もそう思いました」
真っ先に扉を蹴破ると言い出したのも彼だ。これは怪しい。
「でも、前島くんの遺体に抵抗したような後はなかった。たぶん眠っている時に殺されたはずだ」
羽山さんの言葉を受けて、僕はすぐに伸ばしたクリップを手にした。
「これを使ってピッキングできないでしょうか? もし可能だとしたら、犯人はピッキングで扉を開けて中へ侵入し、殺害後は先ほどのトリックで鍵をかけたと考えられます」
「針金でピッキングか。どうも古い感じだけど」
「そもそもここ、古城ですからね。時代的なものを考えるとサムターンがあることからしてちぐはぐですが、ともかく試してみましょう」
僕は再び外へ出た。羽山さんが内側から鍵をかけ、僕は針金を鍵穴に突っ込んでかちゃかちゃと動かす。ピッキングの経験などなかったが、なんとなく続けているうちに手応えがあった。鍵が開いたようだ。
「うわあ、すごい。野々ちゃんにそんな特技があったとは」
と、向こうから声がする。
僕も自分でやっておきながら驚いたが、平静を装って中へ入る。
「別に特技でも何でもないですよ。いずれにしても、これで密室トリックは解けましたね」
「うん。ピッキングで鍵を開けて侵入し、出る時には糸とテープでつまみを回したんだ。その時にテープが残っていたとするなら、回収できたのは篠山くんだけ」
いよいよ犯人が分かってきた。しかし、推理はまだ完璧ではない。
「前島さんの件はこれでいいですが、斎田さんの件はまだ篠山くんの犯行だと断定できませんよ。千葉くんの殺害未遂もです」
羽山さんは額に手をやった。
「そうだった、その二件については証拠がない。でも、篠山くんの行動を漏らさず聞き出せれば、証拠になる情報が出てくるかもしれないよ」
「ということは、次は篠山くんを直接問いただしますか?」
「うーん、それよりは妹の凛月ちゃんにたずねるのがいいかな。篠山くんにはちょっと離れてもらってさ」
「なるほど。それならまた協力者が欲しいですね」
「うん、今度はどうしようか」
篠山くんと凛月ちゃんは常に近い距離にいる。兄として妹のそばにいて見守っているわけだが、どうすれば引き離せるだろうか?
「真咲ちゃんに凛月ちゃんを呼び出してもらって、その間に篠山くんをどっちかが引き止めるとか?」
「怪しまれずにそれができるかな? いかにも分断してるって感じがしないかい?」
そう言われると確かに不自然である。もっとさりげなく二人を離せる方法は……?
二人して立ったまま考え込む。なかなかいいアイデアは浮かばず、時間ばかりが過ぎていく。
これでは何も進まない。胸の中でじわりと焦りが芽を出した頃、外から妙な物音が聞こえた。何かが落ちたような、鈍い音だ。そして叫び声。
はっとして羽山さんが駆け出す。僕も慌てて追いかけた。
「凛月! おい、凛月!!」
階段の下で篠山くんが床に膝をついていた。そのそばにあるのは、まるで人形のような凛月ちゃんの遺体。
「くそ……っ」
いつも穏やかな羽山さんがらしくもない言葉を漏らし、階段を駆け下りていく。
僕は脚が震えて立ちすくみそうになったが、かろうじてフェンスをつたって下へ行く。
「どうして、いったい誰が凛月を!?」
篠山くんの目には涙があふれ、充血した目で集まった人々をにらむ。彼の叫びは痛々しく、胸が締めつけられる思いだった。
羽山さんは息を整えながら、できる限り冷静に問いかけた。
「何があったのか、教えてくれるかい?」
「突き落とされたんだよ! 凛月が上で話してて……っ」
はっとして篠山くんは土屋さんへ顔を向けた。
「お前だな!? お前が凛月を突き落としたんだろう!?」
「そんな……わたしじゃ……」
おずおずと返す彼女へ篠山くんはなおも責める。
「凛月を呼び出したのはお前じゃねぇか! 二人で話したいからって、俺を下で待たせやがって! お前しかいないんだよ、白状しろ!!」
凛月ちゃんは頭部から出血しており、落ちた時にはもう死んでいたものと思われた。目はうつろに開かれたままで、そばには彼女が可愛がっていたダイオウグソクムシのぬいぐるみが転がっている。
「落ち着いて、篠山くん。君は土屋さんに、下で待っているように言われたんだね?」
と、羽山さんが確かめる。
「そうだよ。何の話がしたかったのか知らねぇけど、いつまで経っても凛月が戻ってこねぇから、おかしいと思ってたんだ。そうしたら、凛月の声がして……っ」
ぐすっと篠山くんは鼻をすすった。気づけば妹が階段から落ちていたのだろう。
「土屋さん、凛月ちゃんと何を話していたのか教えてくれる?」
と、羽山さんが彼女へ顔を向けると、土屋さんは小さな声で答えた。
「あの、その……凛月ちゃんのペンダントが、いつの間にかなくなってるのに今朝、気づいて。それで、魔法アイテムを使ったなら、妖精と何を話したのか聞きたくて」
「凛月ちゃんと話していた時間は?」
「そんなに長くはなかったです。階段を上がったところで話してただけだし、たぶん五分くらいです」
「その後、君は?」
「自分の部屋に戻りました」
「それを証明する人は?」
土屋さんが怯えたような表情になり、田村くんが口を開く。
「部屋の前を誰かが通る足音は聞いたぜ」
それだけでは証拠にならない。
羽山さんは「ありがとう」と返しつつも、困惑の色を隠せないでいた。