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2 アリバイと目撃証言

 廊下では千葉くんが篠山くんと話をしていた。そばにはもちろん凛月ちゃんもいて、二人の様子をじっと見守っている。

「あ、野々村さん。これから他の人たちに、アリバイを聞いて回ろうと思ってたところです」

 と、千葉くんが言う。

「それはありがたいね。僕も一緒させてくれる?」

「ええ、もちろんです」

 新たな相棒を得て、僕は千葉くんの隣へ並ぶ。

「それで篠山くんは?」

「夜中に一度起きましたよ。っつか、凛月がトイレに行きたいけど一人じゃ怖いって言うから、仕方なくついていったんです」

「ああ、そうなんだ。前島さんの部屋の方で何かなかった?」

「さあ」

 篠山くんが首をかしげ、凛月ちゃんも言う。

「ボクも何も気づきませんでした。でも、その……ちょっと時間がかかっちゃったんです。だけど、お兄ちゃんはちゃんと外で待っててくれました」

「そっか。ありがとう、二人とも」

 僕はすぐに千葉くんを見上げた。

「千葉くんはどう?」

「僕は一度も部屋を出ていません」

「そっか、僕もずっと部屋にいたよ」

 アリバイがないことになるわけだが、こんなところでお互いを疑ってもどうしようもない。僕はすぐに気持ちを切り替えて言う。

「それじゃあ、他の人の話を聞きに行こう」

 と、僕が廊下へ目を向けると、千葉くんは冷静に教えてくれた。

「田村は部屋に戻りました。西尾さんと土屋はまだ下にいるはずです」

「じゃあ、まずは下からにしようか」

 僕は内心で少しの焦りを覚えつつ、階段を下り始めた。


 前島さんが殺害されたことを話すと、真咲ちゃんと土屋さんは驚き、顔をわずかに青白くさせた。

「とうとう二人目が……」

「分かってはいましたけど、怖いですね」

 皿洗いの手を止めて、真咲ちゃんが僕らへ体を向ける。

「それで、もしかしてアリバイを聞きに?」

「うん、そうなんだ。昨日の夜か朝早く、部屋を出なかったかい? もしくは何か怪しい物音を聞いたりとか」

 真咲ちゃんはしばらく考え込んでから首を左右へ振った。

「いえ、何もないです。自分は部屋に戻ってから、朝になるまで外に出ませんでした。怪しい物音も聞いてません」

 僕は土屋さんへ視線を移した。

「土屋さんはどう?」

「えっと……昨日はなかなか寝付けなくて。水でも飲んだら眠れるかなって思ったので、一人で怖かったけど厨房に行きました。それで戻る時、二階に誰かいたような気がします」

 はっとして千葉くんがたずねる。

「誰だか分かるか?」

「うーん、暗くてあんまり分からなかったですけど……あ、そうそう。右側の廊下へ向かっていくところでした。はっきりとは見てませんけど、もしかしたら、凛月ちゃんのお兄さんだったかも」

「まさか」

 びっくりして声を上げてしまった。篠山くんが前島さんを?

 千葉くんは神妙な顔をしてたずねる。

「本当か?」

「いや、はっきりとは言えないの。でも、背格好が楓に似てたから……」

 田村くんと篠山くんは確かに背丈が近い。どちらも痩せ型で背格好が似ているのは確かだ。

「分かった。教えてくれてありがとう」

 僕はもやもやしつつ、千葉くんへ「次、行こう」と、声をかけた。


 階段を上がって田村くんの部屋まで行った。千葉くんが扉をノックすると、すぐに田村くんが顔を出した。

「犯人、分かったか?」

「分かるわけないだろう。お前の夜の行動を聞きに来たんだ」

 田村くんは視線を少し外しながら答える。

「昨日は部屋から一歩も出てないな」

「怪しい物音を聞いたりもしてないか?」

「ないない。っつーか、あっち側で何かあっても、こっちにまで聞こえてこないだろ」

 と、田村くんが鼻で笑う。千葉くんは「そうだったな」と、少し反省したような表情だ。

「分かった。ありがとう、田村くん」

 僕はすぐにそう返して話を切り上げた。有力な情報は土屋さんの証言だけだった。


 廊下を渡って反対側へ行く。羽山さんの様子を見るためだ。

「羽山さん、入ってもいいですか?」

 ノックの後で声をかけると、元気のない返事がした。

「ああ、どうぞ」

 静かに扉を開けて中へ入る。僕の方を――というより、僕の後ろについてきた人を見て、羽山さんはわずかに目を丸くした。

「千葉くんと一緒だったんだね」

 先ほどまで横になっていたのだろう、彼はベッドの上に座っていた。

「はい。聞き込みを手伝ってもらいました」

 と、僕が返すと羽山さんは言う。

「ありがとう、千葉くん。申し訳ないんだけど、下に行って何か飲み物をもらってきてくれるかい? 水でも牛乳でもいい、冷たい物が飲みたいんだ」

 賢い千葉くんのことだから体よく追い払われたことに気づいたはずだが、彼は特に気にしない様子で応じた。

「分かりました。行ってきます」

「うん、頼んだよ」

 千葉くんが扉の向こうへ消えたのを確認してから、羽山さんは少し声を落として僕にたずねた。

「それで、どうだった?」

 僕はベッドの端に腰を下ろした。

「土屋さんが篠山くんらしき姿を見ていました。篠山くんは夜中、凛月ちゃんのトイレについて行ったそうで、時間がかかったけどちゃんと外で待っていてくれたと言います」

「土屋さんの証言というのが気にかかるけど、篠山くんが犯人である可能性が高まったわけか」

 凛月ちゃんがトイレをすませるまでにどれくらい時間がかかったかは聞いていないが、その間に篠山くんが前島さんを殺害した可能性がないとは言いきれない。

「昨日の未遂事件と合わせて考えると、やはり彼なのかもしれません」

 僕は自然とうつむき加減になったが、羽山さんが言う。

「でも、土屋さんが嘘を言っているのかもしれない。篠山くんを犯人だと思わせようとしているのかも」

 そうした意図があったとすれば、やはり彼女を疑うしかなくなる。しかし、考えるべきことはもう一つある。

「密室の件がまだあります。犯人はどうやって扉に鍵をかけたのか、考えないと」

「そうだったね」

 羽山さんが息をつき、僕の隣へと座り直す。

「部屋の鍵は小箱の隣に置いてあったね」

「ええ、僕も見ました」

「ということは、外から鍵を使われたわけじゃない。他の方法で鍵をかけたというわけだ」

「そうなりますね。有名な密室トリックはいくつか思い浮かびますが、どれが使われたのかは検証してみないと分かりません」

 いよいよ僕のミステリー知識が発揮される場面が来たらしい。嬉しいような、悲しいような、何だかとても複雑な気分である。

「検証か。じゃあ、後でやってみよう。何か道具は必要かい?」

 と、羽山さんが僕を見る。

「えーと、そうですね。糸とテープ、針金も一応あるといいです」

「じゃあ、まずはそれらを準備しよう」

「はい」

 扉が軽くノックされて千葉くんが戻ってきた。

「水を持ってきました」

 と、手にしたグラスを羽山さんへ差し出す。

「ありがとう」

 羽山さんが受け取ると千葉くんは言った。

「それと申し訳ないんですが、土屋に呼ばれたので行ってきます。お話はまた後で」

「うん、分かった」

「失礼します」

 と、足早に千葉くんが出て行く。

 羽山さんは立ち上がると、口をつけることなくグラスをテーブルへ置いた。

「飲まないんですか?」

 不思議に思って僕がたずねると彼は苦笑する。

「毒が入っていたら嫌だからね」

 羽山さんにとっては千葉くんも容疑者の一人なのだ。それなら仕方ないかと思い、僕も立ち上がった。

「それじゃあ、まずは道具探しですね」

「うん。厨房にいろいろあったはずだから、まずはそこを探してみよう」

「そうですね。糸くらいは見つけられそうです」

 料理では糸を使うこともある。そうした用途のために置いてあるかもしれなかった。

「テープはどこにあるだろう?」

「探すとしたら図書室ですかね。奥の方にいくつか机が置いてあったの、覚えてますか? あの近くに棚があったので、もしかすると文房具がしまわれているかもしれません」

「なるほど、それはあり得るね」

「針金は見つかるかどうか、ちょっと難しいところですけど、なければ他の何かで代用しましょう」

「分かった。それじゃあ、行こうか」

「はい」

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