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1 密室と一時交代

 僕の願いが通じたのか、悲鳴で飛び起きることはなかった。自然と目を覚まして、しばらく静寂を感じる。

 誰も殺されていなかったようだ。よかった。

 安堵して起き上がり、ゆっくりとベッドを出る。羽山さんはもう起きているだろうか。隣に行って扉をたたいてみようか。

 そんなことを考えながら入口へ向かい、かけていた鍵を解除した。そっと扉を開けて廊下をのぞく。誰もいない。

 やけに静かだなと思いながら扉を大きく開けて廊下へ出た。

 羽山さんの部屋へ向かおうとして、階下に凛月ちゃんの姿を見つけた。彼女の方も気づいて声をかけてくる。

「あっ! 朝ご飯、もうすぐできますよー!」

 彼女の後から篠山くんもやってきて、僕はひとまず食堂へ向かうことにした。

「すぐに行きます!」

 もしかすると羽山さんはもう起きているのかもしれない。だから僕を呼びに来たのかも。

 階段を下りて僕は二人へたずねてみた。

「他の人は?」

「もう何人か下りてきてます」

 と、篠山くんが穏やかな口調で教えてくれた。

「まだ来てないのは前島さんと田村だけなんで、野々村さんは食堂に行っててください」

「分かった」

 やっぱり羽山さんはもう起きていた。僕はほっとして、少し足早に食堂へ向かった。


 今朝の朝食はトーストだった。目玉焼きに粉チーズのかかったサラダ、デザートにヨーグルトまで用意されており、僕は羽山さんの隣に座ってありがたく食事を始める。

「いただきます」

 僕はすぐにトーストへマヨネーズを塗り付け、目玉焼きを乗せた。かじりつくとサクッとした食感が心地よく、目玉焼きも温かくて美味しい。

「野々ちゃんの紅茶はウバにしておいたよ」

 と、羽山さんが言い、僕は慌てて返す。

「あっ、ありがとうございます。そんなに気を遣ってもらわなくてもいいのに」

「いやいや、気にしないで。早く目を覚ましちゃったから、時間があまってね」

 と、羽山さんが笑う。

「君たちはまだ眠ってるようだったし、紅茶を淹れるくらいしかやることがなかったんだ」

「そうですか」

 ありがたく僕はティーカップに口をつける。ほどよいメントール感が眠気を吹き飛ばしてくれた。

「ところで、前島さん遅いですね」

 ふと思ったことを言った時、篠山くんたちが戻ってきた。後ろにいるのは田村くんだけだ。

「前島くんは?」

 と、羽山さんが凛月ちゃんへたずねると彼女は言う。

「まだ起きてないみたいです。声をかけても返事がなくて」

「そっか。ありがとう、凛月ちゃん」

「いえ」

 空いた席に凛月ちゃんたちが腰を下ろし、僕は羽山さんと顔を見合わせる。

「あの、僕、ちょっと嫌な予感がするんですけど」

「言いたいことは分かるよ。でも、もう少し待ってみよう」

「はい、分かりました」

 僕は彼の言葉に従い、黙って食事を進めることにした。

 嫌な想像は後にしておこう。きっとそのうち、前島さんがひょっこり姿を見せてくれるはずだ。


 しかし、朝食を終える頃になっても彼は現れなかった。真咲ちゃんたちもさすがに訝しく思い始めており、食堂内の空気はにわかにざわついた。

「見てこよう、野々ちゃん」

「はい」

 羽山さんと一緒に席を立ち、急いで前島さんの部屋へ向かう。

「前島くん、いるかい?」

 と、羽山さんが扉の取っ手に手をかけたが、鍵がかかっていて開かない。

「前島くん?」

 呼びかけながら扉を何度もノックする。しかし反応はなく、気配らしきものも感じられなかった。

「前島くん! いるなら返事して!」

 羽山さんが焦り始めた時、千葉くんと田村くんがやってきた。後ろには篠山くんと凛月ちゃんもいる。

「出てこないんですか?」

「うん、鍵がかかってて、声をかけても返事がなくて」

 千葉くんが神妙な顔で田村くんと顔を見合わせる。田村くんはあまり危機感を持っていないのか、怪訝と言うより不機嫌そうな表情に見える。

 すると篠山くんが前へ出てきて言った。

「壊しましょう、ドア」

「えっ」

「俺がやるんで、離れててください」

 慌てて僕はフェンスのところまで後ずさる。羽山さんも同じように離れ、篠山くんは勢いよく扉を蹴った。

 ものすごい音がしたが、扉は少しへこんだだけだ。

 再び篠山くんが扉を蹴ると手応えのある音がした。扉の一部が破れて穴が空いたのだ。

 そこへもう一度蹴りを入れ、穴を大きくしてから篠山くんが手を突っ込んだ。手探りで鍵を解除し、扉を開ける。

 羽山さんが「前島くん!」と、室内へ飛び込んでいった。

 後から僕らも中へ入ったが、羽山さんはベッドの前で呆然と立ち尽くしていた。

「前島くんが殺された」

 ベッドの上で血まみれになった前島さんが倒れていた。斎田さんの時と違うのは、胸を刺されていたということだ。心臓のある辺りから血があふれたのが見て分かり、ベッドまでもを赤く染めていた。

「どうして……」

 何のひねりもないつまらない台詞が、僕の口からこぼれる。

 一方で千葉くんは冷静に言った。

「密室殺人ですね」

 そうだ、これは密室殺人だ。扉には鍵がかかっていた。犯人はどのようにしてここを密室にしたのだろうか?

「胸を一突きされてる。おそらく眠っている間に刺されたんだ」

 羽山さんがいつもより低い声で言い、僕はそっと隣へ並んだ。盗み見るようにして彼を見れば、悲しみをこらえているのが分かった。

「羽山さん……」

 僕が小さな声で名前を呼ぶと、彼ははっとしてこちらに視線を向ける。

「ごめん、野々ちゃん」

「いえ、やっぱりショックですよね。無理はしないでください」

「……うん」

 きっと悲しみや無力感に苛まれているのだろう、短い返事だった。

 他にかけられる言葉がないものかと考えていると、前島さんの姿が消え始めた。テーブルの上の小箱と鍵もだ。

「また消えた」

 遺体は発見されると消える。それがこのゲームのルールらしい。

 羽山さんはあきらめたように息をつき、言った。

「一度部屋に戻ろう」

 彼が背中を向けて歩き出し、僕は心配になりながら後を追った。


 羽山さんの部屋で二人きりになる。

「はあ、まさか前島くんがやられるとはね……」

 ため息とともに彼が吐き出し、僕はただ暗い表情を返す。

 視線を感じて羽山さんが沈んだ声のまま言う。

「分かってるよ、野々ちゃん。密室の謎を解いて、誰が犯人か考えないといけない」

「……はい」

 僕はうなずき、おずおずと今後の行動について伝える。

「そのためにも、まずは昨夜のアリバイをみんなに聞くべきです」

「うん、分かってる。分かってるけど……」

 昨日まで前島さんは一緒にいた。僕らのそばにいて、あれこれ考えて犯人を推理していた。羽山さんとは先輩後輩の関係だった。少なからず共有した思い出があったはずだ。

 それほど近くにいた人の死に、羽山さんはすっかりメンタルをやられてしまった様子だ。

 僕も少なからずショックだったが、前島さんとはここへ来てから知り合ったも同然だ。羽山さんにくらべれば全然軽い方だった。

 覚悟を決めて僕は言う。

「僕一人で聞き込みをしてきます。羽山さんは部屋で休んでいてください」

「え?」

「大丈夫です。すぐに戻りますから」

 そう言い置いてから席を立ち、なけなしの勇気を振り絞って部屋を出る。

 探偵役は一時交代だ。羽山さんには今しばらく休んでいてもらおう。

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