昼食の後で羽山さんの部屋に集まった。他の人が入ってこられないよう、扉に鍵をかけてから話し合う。
「まずはそれぞれ、誰が怪しいと思っているか聞かせてくれるかい?」
ベッドに腰かけた羽山さんが言い、椅子に座った前島さんが返す。
「俺は田村が怪しいと思っています。いつも土屋さんのそばにいるし、共犯である可能性が高いと考えます」
「ということは、土屋さんもまた犯人だと?」
「はい。やはり妖精の話もありますし、彼女が斎田さんを部屋から連れ出して、どこかにひそんでいた田村がやったのではないかと思うんです」
羽山さんは腕を組んで僕へ視線をやる。
「野々ちゃんは?」
「えっと、僕は……篠山くんが怪しい気がしてます。斎田さんの件は分かりませんが、千葉くんの件に関して言うと、凶器の花瓶は彼の部屋のすぐ近くにありました。
千葉くんが部屋の前を通るのを、扉越しに確かめてから花瓶を手にし、タイミングを図って落とすことは可能だったと思うんです」
「そうか。俺は土屋さんが怪しいと思うんだよね。前島くんと同じで、田村くんが共犯の可能性もあると思ってる」
「それなら、田村に使いますか?」
前島さんがポケットから指輪を取り出して、静かにテーブルへ置いた。
しかし、羽山さんはうなずく前に僕らを交互に見た。
「でも、一つ気になることがある。彼らはミス研だって言ってたよね? 怪しまれるような行動をわざわざとるかな?」
「怪しまれるような行動って、部屋にいたという話ですか?」
僕が聞き返すと羽山さんは首を縦に振った。
「うん。共犯だとするなら一緒にいるのは不利だ。口裏を合わせたと思われることくらい、想定できるはず。ということは、もっとアリバイがあるように見せかけるものじゃないかな?」
言われてみればそうだ。今の感じだと、いかにも自分たちが犯人ですよと言っているようなものである。
「つまり、怪しすぎるんですね」
「そう。部屋にいたということは、犯人ではないからこその行動だったのかもしれない」
一度疑うとすべてが怪しく思えてくる。いちいち裏の裏まで考えていたら、頭がこんがらがってくるだけだ。でも、今は考え続けるしかない。
「難しいですね」
と、前島さんがため息をつき、僕はうつむいていた顔を上げる。
「あの、話をややこしくしてしまうのを承知で、言わせてください」
「何だい?」
「千葉くんが犯人である可能性、つまり自作自演もしくは田村くんか土屋さんに頼んで花瓶を落とさせた、ということはないでしょうか?」
羽山さんが僕の意図を理解して言い換える。
「ああ、犯人ではないように思わせるため、わざと殺人未遂の被害者になったわけか」
「あり得ますね。そうして印象操作をしておく方がいいに決まってるし、ミス研の仲間なんだから多少の協力くらいするはず」
羽山さんは「分かった。田村くんに探りを入れよう」と、結論した。
「聞き出したい情報はいろいろあるけど、千葉くんとのことをたずねるのがいいかもしれない」
「どれだけ仲がいいか、付き合いはどれくらいか……お互いにどう思ってるかなど、できるだけ事実に即した情報だといいかもです」
知るべきは田村くんに関する情報だ。人柄、性格、過去。そこから真相を紐解けるかもしれない。
しかし前島さんは言う。
「いえ、それよりも土屋さんとのことを聞きたいです」
「え?」
驚く僕へ彼は真剣な顔を向ける。
「彼らがもしも恋人同士なら、深いつながりがあると分かる。それに千葉も彼女にそうした想いを抱いていたとすれば、あの殺害未遂がわざとではなかった可能性が出てきます」
「なるほど、それもありかもね」
と、うなずく羽山さん。
「そうした話をする中で、嘘か本当かを見抜く質問をしたいと思います。彼女が犯人だったらどうするか、というものです」
魔法アイテムで犯人を知ることは出来ない。だからこそ、遠回しだが核心に近い情報を得ようと言うのだ。
「分かった。でも、どうやって彼に近づく?」
「そうですね……できれば、二人きりになれるとやりやすいんですが」
と、前島さんは難しい顔をした。
はたして田村くんと二人きりになるチャンスがあるだろうか。
「いきなり誘うと怪しいですもんね。さりげなく二人になる方法はないでしょうか?」
言いながら僕も頭を働かせる。怪しまれて警戒されたら、せっかくの魔法アイテムが無駄に終わってしまうかもしれない。
「チャンスがあるとしたら、彼が土屋さんと離れている時だよね。彼女が夕食の準備で厨房にいる間を狙うのはどうだろう? 今日も手伝ってくれるかは分からないから、西尾さんに協力してもらってさ」
「ああ、いいですね」
と、前島さんがうなずき、僕もひらめいた。
「そういえば、下に図書室があるんですよ。田村くんと千葉くんはミス研だし、僕も本が好きです。そうした話の流れで、二人を図書室に連れて行くのはどうですか?」
「さりげなく俺と野々ちゃんで、千葉くんを田村くんから遠ざけるんだね?」
「はい。それで二人きりになったところで、前島さんには魔法アイテムを使ってもらうんです」
「なるほど、それがいい。そうしよう」
前島さんが何度も首を振ってうなずき、指輪を右の薬指へはめた。真剣な眼差しで指輪を見つめ、覚悟を決めるように息をつく。
「いい情報を引き出せるよう、頑張ります」
エントランスホールの花瓶はそのままだった。未遂に終わったからなのか、斎田さんの時と違って消えずに残っていた。
千葉くんは田村くんと食堂で雑談をしており、土屋さんが真咲ちゃんに呼ばれて厨房へ行くのを確かめてから声をかけた。
「あの、ちょっと聞きたいことがあるんですが」
僕は二人のそばまで行って、少し緊張しながらたずねる。
「千葉くんたちはミス研なんですよね。それってミステリー研究部?」
「ええ、そうです」
すっかり落ち着きを取り戻した千葉くんが肯定し、僕はほっとして微笑みかけた。
「実は僕もミステリー、好きなんです。もしかしたら話が合うかもってずっと気になってて」
すると田村くんが困ったように言う。
「ミス研って言っても大した活動はしてないぜ?」
「もちろんミステリーが好きな人ばかりですが、みんながみんな小説を読んでるわけじゃないんです。最近はマーダーミステリーなんかも人気ですし」
千葉くんの説明に僕は少し肩をすくめた。
「ああ、そうなんだ。マーダーミステリーは僕もやってみたいって思ってるけど、なかなか時間がなくてね」
「簡単なやつなら数時間で出来ますよ」
「そうなの? でも、よく考えたら、今置かれている状況がマーダーミステリーかも……」
と、僕は苦笑いをする。
千葉くんは田村くんと軽く目を合わせてから言った。
「確かにそうですね。しかも魔法が使えるという特殊設定付きです」
「ファンタジーだよなぁ」
「本当、不思議ですよね。そういえば、三人は同学年なの?」
「いえ、土屋だけ一つ下です」
「あ、そうなんだ。言われてみれば、ちょっと彼女だけ幼いかも」
千葉くんと田村くんは大学三年生くらいだろうか。とすると、土屋さんは大学二年か。うん、何だかしっくり来た。
「幼いと言えば、野々村さんも童顔ですよね? おいくつですか?」
「僕は一応、二十五歳だよ」
二人が驚いたような、納得したような、微妙な反応を返す。僕は苦笑しながら言った。
「お店を持ってると言っても、まだオープンして三ヶ月も経ってないんだ」
「そうでしたか」
どこか気の毒そうに千葉くんが相槌を打つ。
僕は彼らの警戒心が少しずつ解けているのを、会話のトーンや空気感から感じ取った。このタイミングなら、次の提案も自然に受け入れてもらえるかもしれないと思い、話を切り出すことにした。
「ところで、図書室があるの知ってる?」
「ええ、まだ中には入ってませんが」
と、千葉くんが少し不思議そうに僕を見る。かまわずに僕は続けた。
「それじゃあ、一緒に見にいかない? 何か知らない本ばっかり並んでるんだよね」
「いいですよ。どうせ夕食ができるまで暇ですし」
千葉くんが吐息まじりに言いながら腰を上げた。
「そうだな、暇つぶしに行ってみるか」
田村くんも立ち上がり、僕はにこりと笑みを返す。
「ありがとう、二人とも」
そして少し離れたところで見ていた羽山さんたちも引き連れて、僕は図書室へ向かった。