周辺に目を配りながら羽山さんはたずねる。
「君は一人でいたのかい?」
「はい。ずっと部屋にいたんですが、何か飲みたいと思って下りてきたんです」
「上にいるのは、田村くんと土屋さんだね?」
察しのいい千葉くんがわずかに目つきを鋭くさせ、嫌悪を含んだ声で返した。
「あの二人のどちらかがやったと言いたいんですか?」
今のは羽山さんの聞き方が悪かった。すぐに顔をゆがめて羽山さんは謝る。
「ごめん、そういうつもりじゃないんだ。ただ、二人が上にいるかどうかを確かめたかっただけで」
すると上から声がした。
「何かあったのか?」
田村くんと土屋さんが二階からこちらを見下ろしていた。
「ああ、千葉くんが狙われたんだ。未遂に終わったけれどね」
そう返してから羽山さんは前島さんへ指示を出した。
「前島くん、厨房にいる三人を呼んできてくれるかい? 今何が起きたのか、共有しておきたいんだ」
「分かりました」
そして前島さんが廊下を駆けていくと、田村くんと土屋さんが階段を下りてきた――のだが。
「あれ?」
二人の後ろから篠山くんまで下りてきた。
羽山さんも目を丸くして彼へ声をかける。
「篠山くんも二階にいたのかい?」
「ええ、そうです。自分の魔法アイテム、部屋に置いてたんで取りに行ってたんですけど……」
彼の手には昨日見せてもらった白いケースが握られていた。
僕は羽山さんと顔を見合わせた。千葉くん殺害未遂の容疑者が三人になってしまった。
前島さんが二人を連れて戻ってきた。
「連れてきました」
「ありがとう」
羽山さんは少し考えてから口を開いた。
「ついさっき、千葉くんが狙われた。二階から花瓶を落とされたんだ。直撃していれば亡くなっていただろう」
土屋さんが怖気づいたように肩を震わせる。真咲ちゃんや凛月ちゃんもびっくりした顔だ。
「そこで二階にいた三人に聞きたいんだけど、今までどこで何をしていたか教えてくれるかい?」
羽山さんが真剣な目をして三人を見る。先に返答したのは田村くんだった。
「オレは美織の部屋にいた。何もやることがなくて退屈だから、せめて話でもして時間を潰そうと思って。な、美織」
「ええ、そうです。わたしたち、一緒にいました」
「そうか。篠山くんは?」
機嫌を損ねたようにむすっとしつつ、篠山くんは答えた。
「さっきも言いましたけど、部屋にいました。自分のアイテムを部屋に置いてきたのを思い出して、取りに行ってたんです」
「分かった。ありがとう」
アリバイがないのは篠山くんだけだ。実際に彼が魔法アイテムを部屋に置き忘れていたかどうかも分からない。
「篠山、一つだけ聞かせてくれるか?」
前島さんが彼の方へ一歩、進み出る。
「昨日は持ち歩いていたのに、今日は部屋に置いてきたんだな。どうしてだ?」
「そう言われても、忘れたもんは忘れたんです。朝だって、悲鳴で起こされたくらいだし、そこまで頭が回らなかったんですよ」
確かにそうかもしれない。僕はポケットに入れたまま眠ってしまったが、取り出してテーブルの上に置いていたとすれば、そのままにしていた可能性は十分にあるだろう。
「分かった」
前島さんが下がり、僕は羽山さんを見上げる。
「それで、どうするんですか?」
顎に手をやりながら彼は返した。
「二階に行ってみよう。他のみんなは戻っていいけど、現場はこのままで。触ったりいじったりしないように。それと西尾さん、千葉くんに何か飲み物を出してあげて。まだショックが残ってるだろうから」
「分かりました。千葉くん、行きましょう」
真咲ちゃんがすぐに千葉くんの腕を取って優しく誘導すると、千葉くんは「はい」と小さく返事をしながら、どこかおぼつかない足取りで歩き始めた。その後を凛月ちゃんが追いかけ、三人は厨房の方へと姿を消す。
遅れて篠山くんもそちらへ足を向けたが、彼の横顔は今にも舌打ちをしそうな苛立ったものだった。
田村くんと土屋さんも彼らが去るのを見ていたが、軽く顔を見合わせると無言のまま階段を上り始めた。
「それじゃあ、行こうか」
と、羽山さんが階段へ足を向ける。
僕らも二階へ上がり、左側の廊下へ向かった。花瓶が落とされたと思しき位置へ立ち、羽山さんがまず確かな事実を口にする。
「凶器は廊下に飾ってあった花瓶だね」
「階段を上がって左側、角に置かれていたものですね」
と、僕は空になった棚へ目を向けた。すぐ近くにある扉は篠山くんの部屋だ。
「花瓶を持ってきて、下を歩いていた千葉くんを狙って落とした。花瓶の
重さはどれくらいだろう?」
「けっこう大きいですよね。水も中に入ってましたし、数キロはあったかもしれません」
「数キロか。ここから下までは何メートル?」
前島さんがフェンスから首を出し、下をのぞきながら答える。
「一階の天井は低く見積もっても三メートル、フェンスの高さは百二十か三十ほどでしょうから、合わせて四メートルは確実ですね」
「千葉くんの身長は百八十センチの俺より高い。たぶん百八十六か七か……頭までの距離は二メートルと少しか」
「高く持ち上げて勢いよくたたきつけるように落とせば、殺害できるでしょうね」
と、僕は千葉くんがさっきまで立っていた場所を見る。
「田村くんと篠山くんの身長は近かったね。二人とも百七十センチはあるはずだから、高く持ち上げたら二メートルは越えられる」
「となると、おおよそで三メートルといったところですか」
前島さんが結論を出し、羽山さんはうなずく。
「土屋さんだったとしても、やっぱり三メートル近くあったと見るべきだね。そうなると田村くん、土屋さん、篠山くん。いずれの三人にも犯行は可能だったと言っていい」
僕はふと、フェンスに何か残っていないかと思って、まじまじと観察した。傷や汚れがあればいいのだが、生憎と何も見つからない。それなら床だと思ってしゃがみこんだ時、前島さんが羽山さんへ声をかけた。
「あの、先輩。三人のうち誰かが嘘をついているのなら、俺の魔法アイテムを使って探りを入れるのはどうですか?」
羽山さんは目を丸くして前島さんを振り返った。
「そう言っても、使えるのは一度だけでしょう? 三人のうち誰かに絞らないといけないじゃないか」
「それはそうですけど、三分の一です。やってみる価値はあると思います」
真摯な目をする前島さんに、羽山さんは少々たじろいだ様子だ。
「でも……いや、分かった。やってみよう。ただし、誰にどう質問をするか、しっかり話し合ってからだよ」
「はい」
前島さんはほっとしたように返事をした。
残念ながら、床にも犯人を示すようなものは見つからず、僕はゆっくりと立ち上がった。