凛月ちゃんがはっとして上を見る。
「勝手に入ってきちゃってごめんなさい。でも、一つだけ聞きたいことがあるんです」
どうやら彼女には妖精の声が聞こえるらしい。
「ええ、そうです。はい……そうなんです。だから聞かせてください。怪しい人を見ていませんか?」
妖精は何と答えたのだろうか。凛月ちゃんの横顔が少しだけゆがんだ。
「それ、本当ですか?」
信じがたい情報でも聞かされたか。
「ええ……はい……ああ、そうなんですね。二つ結びの? そうですか」
土屋さんか?
「そっか、そこまでは見てないんですね。はい、分かりました。ありがとうございました」
ペンダントの光が徐々に弱くなっていく。時間が迫っているようだ。
「そうだ、もう一つだけ聞かせてください。この世界って、いったい何なんですか?」
凛月ちゃんの問いかけに僕らも驚いた。それを妖精にたずねるとは予想していなかった。
しかし凛月ちゃんは再び浮かない顔をした。
「そうですか……妖精さんはあくまでも、舞台装置に過ぎないんですね」
舞台装置?
「いえ、ありがとうございました」
とうとうペンダントの光が消えた。直後にペンダントそのものも消失し、凛月ちゃんはこちらへ顔を向けた。
「妖精さんが言うには、昨日の夜遅くに美織ちゃんを見たそうです。たぶん、斎田さんのお部屋に行くところです」
羽山さんの推理が当たっていたということか。
「でも、斎田さんと一緒にいるところまでは見てないそうです。なので、あくまでも美織ちゃんが一人で歩いていたというだけです」
「そうか。ありがとう、凛月ちゃん」
羽山さんがにこりと笑みを返すと、凛月ちゃんは続けた。
「それと、妖精さんはこのゲームのために生み出された存在で、舞台装置の一つでしかないそうです。なので、この世界がどういうものなのか、くわしいことは知らないそうです」
僕は謎が一つ増えたような気分になった。
「分かった。いい質問だったよ、ありがとう」
落ち込む凛月ちゃんへ優しく言って、羽山さんは僕らを見た。
「戻ってゆっくり考えよう」
食堂へ場所を移し、座りながら意見を交わす。
「妖精は夜中に土屋さんが廊下を歩いているところを目撃していた。でも彼女が斎田さんの部屋に行ったかどうか、さらに言うなら殺害したかどうかまでは分からない」
「つまり、彼女への疑惑が深まっただけですね」
「他にも目撃証言があるとよかったんだけどな……」
残念ながら大きなヒントにはなり得なかった。そもそも魔法アイテムで犯人を知ることはできないのだから、仕方がないことではあるのだが。
真咲ちゃんたちは厨房へ行って昼食の用意をしていた。ついでに夕食の仕込みもやっておくそうだ。
ふいに前島さんが羽山さんへ言った。
「それより、妖精がこのゲームのために生み出されたっていうのが気になりますね」
「うん、そうなんだよね。少なからず、人為的に仕組まれたものらしいことが分かったわけだけど、その目的がはっきりしないというか」
羽山さんはテーブルにうなだれており、どうやら飽きてきた様子だ。
僕は今度こそ探偵役になれるかと思って、考えを口に出す。
「デスゲームなんですから、いわゆる主催者がいるのは当然です。目的は分かりませんが、妖精が生み出されたのはゲームの進行上、必要だったからでしょう? となると、もしかしたら……」
言語化する前に思いとどまった。今朝のことが思い出されたからだ。
察した前島さんが代わりに言う。
「この世界は作られたもので、もしかするとこれは夢ではない可能性がある」
僕は黙ってうつむいた。口をぎゅっと閉じて、最悪の考えを必死で打ち消そうとする。
羽山さんは深々とため息をついた。
「そうだとしたら、とんでもない魔法を使ったものだね。いや、俺たちが考えうる範囲をはるかに飛び越えた、異次元の存在による作られた世界なのかも」
異次元の存在。そうとしか思えなくなってきた。
「厄介ですね……やっぱり、早く犯人を見つけてゲームを終わらせないと」
「うん、そうしたいところだけれど……」
現時点での推理は中途半端で、犯人を指摘するには圧倒的に情報が足りない。
「また誰かが犠牲にならないと、新たな情報は得られそうにないね」
羽山さんのつぶやきに、僕も前島さんも無言で返した。次に誰が殺されるのかなんて、考えたくなかった。
「ところで、今日はあの三人の姿が見えませんね」
ふいに前島さんが廊下の方へ視線を向けた。
「ああ、朝食が終わってからは見てないね」
土屋さんに疑いがかかっているため、彼らの姿が見えないのは怪しい。
「もしかして、三人が犯人という可能性もあるのでは?」
僕が思ったことを口にすると、前島さんはため息をついた。
「否定はできないが、三人も人殺しがいるなんて考えたくないな」
「……ですよね」
苦笑いを返して僕は息をつく。
羽山さんがゆっくりと頭を起こしながら言う。
「これもあんまり考えたくはないけれど、西尾さんや篠山くん、凛月ちゃんが犯人である可能性もあるよね」
「ああ、そうですね。俺たちに協力的な態度をとりながら、実は
にわかに前島さんが眉をしかめ、羽山さんは伸びをしながら返す。
「信じられるのは、カードの裏を確認し合った俺たちだけなんだ。心苦しいけど、他の人すべてを疑うしかない」
まったく嫌な展開だ。真咲ちゃんはいい子だし、凛月ちゃんも魔法アイテムを使ってくれた。篠山くんはちょっとまだ分からないけど、たぶん悪い人ではないと思う。
となると、怪しいのは田村くんたちになるわけだけど……どうなんだろう。彼らの共犯? でも、ミステリー小説やドラマだと、いかにも怪しい人って実はすごくいい人だったりするよな。
僕らが沈黙して数十秒ほど経過した時だった。エントランスの方から陶器の割れる音がし、男性らしき短い叫び声が聞こえた。
とっさに立ち上がった僕らは、急いでエントランスへ向かった。
千葉くんが呆然と突っ立っていた。足元には陶器の破片が転がり、水の中で花が死んだように落ちている。
「いったい何が?」
羽山さんがたずねると、千葉くんは我に返ったようにこちらを見た。
「急に、花瓶が……」
「まさか、上から?」
「はい……直撃はまぬがれましたが、びっくりしてしまって」
僕は上を見た。ほぼ真上に二階のフェンスがある。千葉くんを狙ったものと見て間違いないだろうが、それにしても。
「犯人の顔は?」
「分かりません、見てません」
まだ動揺がおさまらないのだろうか、千葉くんが胸に片手を当てて答えた。