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3 図書室と塔

 二人一組での妖精探しが始まった。僕は前島さんと組んで一階の廊下を歩いていた。

 厨房のある廊下は建物の奥側、正面に見える客室の真下に位置していた。物置と思しき小部屋を挟んで部屋があり、前島さんは中へ足を踏み入れた。

「ここは、図書室みたいですね……」

 いくつもの本棚がずらりと並んでおり、壁も同様に本棚で埋まっている。中は本がぎっしりと詰まっていて、読書が趣味の僕は少しわくわくしてしまった。

「図書室なんてあったんですね」

 と、前島さんの背中を追いつつ、左右の本棚へきょろきょろと目を向ける。背表紙に書かれた文字は日本語だが、見たことのないタイトルばかりだ。

「しかも、全部ハードカバーじゃないですか。買わないこともないけど、かさばるから文庫本の方が好きなんだよなぁ」

 半ば無意識にそうつぶやく僕を、ふいに前島さんが振り返る。

「野々村さんって、羽山先輩の何ですか?」

「えっ、何と言われても……えーと」

 唐突な質問に戸惑う僕を見てか、前島さんも慌てた。

「ああ、ごめん。えっと、どういう関係かって聞きたかったんです」

「いえ、質問の意味は分かってます」

 二人してあたふたしてしまい、内心でおかしく思いながら僕は言う。

「僕は少し前まで、羽山さんのお店で働いてたんです。アルバイトで、けっこういろんなことを任せてもらっていて」

 やっと答えが返せた。

 前島さんが腑に落ちたように落ち着きを取り戻す。

「なるほど、そうだったんですね。先輩のお店で……あれ? やっぱり俺、野々村さんと会ったことあるな。確か、俺が仕事で訪問した時、いませんでした?」

「え、来たことありましたっけ?」

「はい。一度だけでしたが……あれはもう、三年くらい前かな」

 僕はじっと前島さんの顔を見た。ヨーロッパ系の血が入っている美男子が近くにいるから目立たなかったが、前島さんも日本人にしては堀が深くてイケメンだ。がっしりとした男らしい体格も相まってかっこいい。

「うーん、残念ながら覚えてませんね。ごめんなさい」

「そうでしたか。まあ、たった一度ですから。気にしないでください」

 前島さんが少しだけ口角を上げて微笑んだ。笑うとあどけなさが垣間見えて、絶対にモテるタイプだなと僕は直感する。

 軽い嫉妬を覚えつつ、僕は聞き返した。

「ところで、前島さんは羽山さんとは?」

「高校の先輩後輩です。っていうか、日向ひゅうがのいとこです」

「あっ、日向さんの!?」

 羽山さんと腐れ縁の日向さんを思い出す。少し前まで日向さんもお店をやっていてライバルのような関係だった時期もあり、僕もよく知っている人だった。

 しかしながらびっくりだ。

「全然似てないので分かりませんでした」

「まあ、そうだよな」

 前島さんがおかしそうにくすりと笑う。

 日向さんは日本人らしい顔立ちで、身長も低め。対して前島さんは身長が高くて肩幅も広い。どこからどう見ても、二人が血縁関係にあるとは思えなかった。

「それにしても、日向さんのいとこだったとは。それで羽山さんと知り合いなんですね」

「うん。あの高校に入ったのも、聡一そういち兄さんに憧れてたからなんだ。俺が入学した時に兄さんたちは高三で、あんまり一緒にはいられなかったけど、羽山さんは見かけるたびに声かけてくれてさ。それが俺、地味に嬉しかったんだよな」

「なるほど」

 羽山さんたちの高校時代については、少しだけ聞いたことがある。前島さんもまた、彼らとともに過ごした時間があったのだと想像すると、何だかいいなと思った。たとえ短い時間だったとしても、彼にとってかけがえのない思い出になっていることが素敵だ。

 自然と会話が途切れ、ふと前島さんが室内を見回す。

「っていうか、いないな。妖精」

「あ、そうですね」

 奥まで歩いてみたが、テーブルと椅子、書き物ができそうな机がいくつか並んでいるばかりだ。近くには何かの棚があり、もしかしたら文房具がしまわれているのかもしれないと思った。

「他のところ、探しましょうか」

「ああ、そうしよう」

 僕らは入口へと引き返して図書室から出た。

 お互いに何者であるかが分かったことで、僕は彼と少しだけ打ち解けられた気がした。


 エントランスホールへ戻ると、遠くから声がした。

「見つけた! 妖精さん!」

 凛月ちゃんの声だ。

 僕と前島さんは顔を見合わせてから、声がした方へ視線を向ける。

「洗面所の方か?」

「行ってみましょう」

 足早にそちらへ向かうと、洗面所の壁の一部が外れていた。否、外へ出る扉になっていたのだ。

「外に出られたんですね」

「みたいだな」

 開きっぱなしの扉からおそるおそる外へ出る。今日はやたらと空が晴れていて、太陽光がまぶしいくらいだ。

「あー、外っつうか外廊下だ」

 前島さんが言うとおり、そこは外廊下だった。全面ガラス張りの通路で外に出られるようにはなっていない。もっとも、外へ出たところで何もないため、城内にいる方が賢い。

 廊下の先に小さな建物が見えた。

「建物がありますね」

「ああ、たぶんあそこから声がしたんだな」

 納得して歩き出そうとしたところで、羽山さんと篠山くんがやってきた。

「おや、こんなものがあったなんて」

 と、驚く羽山さんへ僕は声をかける。

「羽山さんたちも来たんですね。どうやら、凛月ちゃんたちはあの建物にいるみたいです」

 そう言って廊下の先を手で示す。

 羽山さんは首を縦に振った。

「行ってみよう」


 塔のような縦長の建物だった。こちらも古びた石造りで、やはり不気味な雰囲気だ。やけに低い位置に小さな窓が並んでいるのも特徴的だった。

 羽山さんが木製の扉を押し開けると、凛月ちゃんと真咲ちゃんが振り返った。

「妖精さん、いましたよ」

「上です、上!」

 と、凛月ちゃんが右腕をめいっぱい伸ばす。

 見上げてみるが上の方は薄暗く、光が差さないために見づらい。じっと暗闇に目をこらすと、かすかに動くものが見えた。

「ああ、あれがここに住む妖精か。でも、下りて来てくれそうにないね」

 妖精は天井付近のはりに腰かけて、小さな足をぶらぶらと揺らしていた。僕たち人間を見下ろしているが、その視線に感じるのは敵意だ。

 建物内に階段はなく、上へ行くこともできない。せめて椅子かはしごでもあればいいのだが、残念ながらそうしたものも見当たらなかった。

「さっきから呼びかけてるけど、全然ダメなんです」

 真咲ちゃんが困った顔をし、僕たちは考える。どうすれば妖精は近くに来てくれるだろうか。

 ふと羽山さんが真剣な顔をしてつぶやく。

「……ここは、野々ちゃんの魔法アイテムで」

「待ってくださいよ! こんなことで使っちゃうんですか!?」

「やっぱりダメか。困ったな」

 苦笑する彼に僕はむっとして「当然です」と、返した。どんな願いでも叶えてくれるレアアイテムなのだ。早々に使うわけにはいかない。

「仕方ない。不安要素はあるけど、この状況で話が聞けないかやってみよう」

 はっとして凛月ちゃんが言う。

「ボクのアイテム、使いますか?」

「うん、頼むよ」

「分かりました」

 凛月ちゃんは首にかけていたペンダントを取り出し、空いている方の手でぎゅっと握った。

「妖精さんとお話しさせてください」

 何の変哲もないように見えたそれが急に光り始め、僕らは黙って彼女へ注目した。

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