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2 異世界と警戒心

 真咲ちゃんの用意してくれたサラダと昨日の残りのスコーンで朝食にした。紅茶は僕が淹れたが、みんなが馴染みあるものであろうアールグレイにした。

「箱と鍵まで消えたとなると、斎田さんを示すものが何一つ無くなったって感じですね」

 食事の席で前島さんが言い、羽山さんはティーカップに牛乳を注ぎながら返す。

「そうなんだよ。まるで初めからいなかったみたいに、ね」

 初めからいなかったなんて辛すぎる。斎田さんは勝手に僕をライバル視していて、あんまり好ましい人でなかったのは確かだけれど、だからって消さなくてもいいじゃないか。

「ですが、遺体が消えるなんてことは初耳です。昨日のルール説明において、そんなことは一言も言ってなかったはず」

「うん、俺も聞いた記憶がないよ。どうして遺体が消える必要があるのか、ずっと気になってる」

 消える遺体、魔法アイテムや小箱、部屋の鍵すらも。

「考えたって無駄ですよ、だってここは僕の夢の中なんですから」

 ため息とともに僕が吐き出すと、羽山さんが神妙な顔をした。

「そのことなんだけど、俺にとっても夢なんじゃないかな」

「え?」

「野々ちゃんの夢の中であると同時に、俺の夢の中でもある。そうとしか思えないんだ」

 つまり、どういうことだ? 何が起こっているというんだ?

「たぶん、前島くんや他の人にとってもそうで、何らかの事情でみんなが同じ夢を見ている」

 羽山さんの結論に僕は言葉を失う。僕だけが見ている夢じゃなかった? 僕が見ている夢と同じものを、羽山さんや他の人たちも見ている?

「お兄ちゃんと同じ夢、見てるってこと?」

 凛月ちゃんが首をかしげて兄へたずね、篠山くんは言う。

「そうらしいな。となると、この世界を本当に夢と呼んでもいいのかどうか、疑問が浮かぶ」

「別世界……異世界?」

 凛月ちゃんは隣の席に座らせていたぬいぐるみを抱き上げた。

「ぐぅちゃんも一緒なの、変だなって思ってた。ボク、夢の中ではぐぅちゃんじゃなくて、むぅちゃん飼ってるもん」

「そいつもダイオウグソクムシだったな」

「そうだよ」

 篠山くんが苦い顔を返すが、凛月ちゃんは特に表情を変えない。天然と言うよりは宇宙人系というか、知れば知るほど不思議な子だ。

「あの、ちょっと思ったんですけど」

 と、真咲ちゃんがめずらしく沈んだ声を出した。

 僕らが視線をやると彼女は不安げに疑問を呈する。

「異世界だか何だか知りませんが、ここで死んだらその後がない、ってことはないですよね?」

 答えられる人はいなかった。誰もが口を閉じ、考え込み、この異常事態への危機感を強める。

「死んでみないと分からないね」

 羽山さんの冷淡とも取れる言葉に、真咲ちゃんは黙って苦笑いを返すばかりだった。


 食事の後、僕は羽山さんたちと階段にいた。ここなら誰もが通るし、二階からも姿を確認できる。もしまた事件が起きても、ここにいればアリバイになると考えたのだ。

 手すりに羽山さんが寄りかかり、僕はその一段下に腰を下ろした。前島さんは二段ほど上に座った。

「斎田さんは首を切られて殺されていたね」

「凶器は包丁か、いずれにしても刃物であることは確実です」

「うん、そうだね。厨房にあったものを使ったのかな」

「厨房には誰でも出入りができますからね」

 二人が推理するのを僕は黙って聞いていた。真咲ちゃんの疑問がずっと頭にこびりついていた。――ここで死んだらその後がない、なんて。

「しかもみんなが眠っている間の出来事だ。こっそり部屋を抜け出して厨房へ行き、その後で斎田さんを呼び出したのかもしれない」

 ふいに前島さんがひらめく。

「待ってください、先輩。昨日、斎田さんは部屋から出たがらなかったですよね? 先輩が嘘をついておびき出すまでは」

 あの時のことを彼もよく見ていたらしい。

「そうだね。彼は警戒心が強かった」

「どうやって部屋から出したんです? みんなが寝静まった夜中ですよ。さらに警戒するのが普通では?」

 羽山さんはうーんとうなった。

「昨日のお茶会では、土屋さんとよく話をしていたね。斎田さんは楽しそうにダージリンについて話していた。もしもの話になるけれど、彼女がもっと話を聞きたいと部屋へ来たら?」

 僕は苦々しく口を開いた。

「警戒心なんて一瞬で解けるでしょうね。紅茶の美味しい淹れ方を教えてなんて言われた日には、喜んで手取り足取り教えちゃいます」

 前島さんが息をつく。

「そういうことか」

 僕は斎田さんのことを思い出しながら言った。

「斎田さんがそんなに単純な人だったとは思いませんけど、あの人、あの年で独身ですからね。若くて可愛い女の子に言い寄られたら、やっぱり断れなかった可能性はありますよ」

 哀れな人だとあらためて思う。しかし、羽山さんは言った。

「でも、彼女が犯人だという証拠はない。犯人が一人だとは限らないんだし、実際に殺害したのは別の人かもしれないよ」

 僕の脳裏に浮かぶのは田村くんと千葉くんだ。同じサークルの仲間なのだから、彼女が手を貸していてもおかしくない。

 そこまで考え進めたところで、羽山さんが言う。

「それに、論理的にしっかり推理するためには、きちんとした証拠が必要だ」

「けど、遺体が消えたんじゃ……」

 苦々しく前島さんが言い、羽山さんはため息をついた。

「うん、難しいね。誰かの魔法アイテムを使って探りを入れるべきかもしれない」

 なるほど、こういう時にアイテムを使うのか。

「それなら、誰のアイテムを使うんです?」

 前島さんがたずねた直後、下から真咲ちゃんと凛月ちゃんが話をしながらやってきた。後ろにはあいかわらず篠山くんがついている。

 羽山さんは階段を下りて彼女たちの前をふさいだ。

「凛月ちゃん、協力してもらえないかな?」

「え? ボクですか?」

 きょとんとする彼女へ羽山さんは言う。

「君の魔法アイテムを使って、妖精に話を聞かせてもらいたいんだ。斎田さんが殺された時、もしくはその前後でもいいから、何か見ていないか聞き出したい」

 凛月ちゃんは戸惑ったように真咲ちゃんを見上げた。

「でも、妖精さんがどこにいるか分からないです」

「確かに。まずは妖精さんを探さないとですよ、羽山さん」

 真咲ちゃんが真面目な顔で返し、羽山さんはにこりと笑った。

「もちろんだよ。妖精を見つけたら、魔法アイテムを使わせてくれるね?」

「ええ、それはかまわないです」

「ありがとう。それじゃあ、妖精を探そう」

 と、羽山さんが僕らを振り返った。

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