真咲ちゃんの用意してくれたサラダと昨日の残りのスコーンで朝食にした。紅茶は僕が淹れたが、みんなが馴染みあるものであろうアールグレイにした。
「箱と鍵まで消えたとなると、斎田さんを示すものが何一つ無くなったって感じですね」
食事の席で前島さんが言い、羽山さんはティーカップに牛乳を注ぎながら返す。
「そうなんだよ。まるで初めからいなかったみたいに、ね」
初めからいなかったなんて辛すぎる。斎田さんは勝手に僕をライバル視していて、あんまり好ましい人でなかったのは確かだけれど、だからって消さなくてもいいじゃないか。
「ですが、遺体が消えるなんてことは初耳です。昨日のルール説明において、そんなことは一言も言ってなかったはず」
「うん、俺も聞いた記憶がないよ。どうして遺体が消える必要があるのか、ずっと気になってる」
消える遺体、魔法アイテムや小箱、部屋の鍵すらも。
「考えたって無駄ですよ、だってここは僕の夢の中なんですから」
ため息とともに僕が吐き出すと、羽山さんが神妙な顔をした。
「そのことなんだけど、俺にとっても夢なんじゃないかな」
「え?」
「野々ちゃんの夢の中であると同時に、俺の夢の中でもある。そうとしか思えないんだ」
つまり、どういうことだ? 何が起こっているというんだ?
「たぶん、前島くんや他の人にとってもそうで、何らかの事情でみんなが同じ夢を見ている」
羽山さんの結論に僕は言葉を失う。僕だけが見ている夢じゃなかった? 僕が見ている夢と同じものを、羽山さんや他の人たちも見ている?
「お兄ちゃんと同じ夢、見てるってこと?」
凛月ちゃんが首をかしげて兄へたずね、篠山くんは言う。
「そうらしいな。となると、この世界を本当に夢と呼んでもいいのかどうか、疑問が浮かぶ」
「別世界……異世界?」
凛月ちゃんは隣の席に座らせていたぬいぐるみを抱き上げた。
「ぐぅちゃんも一緒なの、変だなって思ってた。ボク、夢の中ではぐぅちゃんじゃなくて、むぅちゃん飼ってるもん」
「そいつもダイオウグソクムシだったな」
「そうだよ」
篠山くんが苦い顔を返すが、凛月ちゃんは特に表情を変えない。天然と言うよりは宇宙人系というか、知れば知るほど不思議な子だ。
「あの、ちょっと思ったんですけど」
と、真咲ちゃんがめずらしく沈んだ声を出した。
僕らが視線をやると彼女は不安げに疑問を呈する。
「異世界だか何だか知りませんが、ここで死んだらその後がない、ってことはないですよね?」
答えられる人はいなかった。誰もが口を閉じ、考え込み、この異常事態への危機感を強める。
「死んでみないと分からないね」
羽山さんの冷淡とも取れる言葉に、真咲ちゃんは黙って苦笑いを返すばかりだった。
食事の後、僕は羽山さんたちと階段にいた。ここなら誰もが通るし、二階からも姿を確認できる。もしまた事件が起きても、ここにいればアリバイになると考えたのだ。
手すりに羽山さんが寄りかかり、僕はその一段下に腰を下ろした。前島さんは二段ほど上に座った。
「斎田さんは首を切られて殺されていたね」
「凶器は包丁か、いずれにしても刃物であることは確実です」
「うん、そうだね。厨房にあったものを使ったのかな」
「厨房には誰でも出入りができますからね」
二人が推理するのを僕は黙って聞いていた。真咲ちゃんの疑問がずっと頭にこびりついていた。――ここで死んだらその後がない、なんて。
「しかもみんなが眠っている間の出来事だ。こっそり部屋を抜け出して厨房へ行き、その後で斎田さんを呼び出したのかもしれない」
ふいに前島さんがひらめく。
「待ってください、先輩。昨日、斎田さんは部屋から出たがらなかったですよね? 先輩が嘘をついておびき出すまでは」
あの時のことを彼もよく見ていたらしい。
「そうだね。彼は警戒心が強かった」
「どうやって部屋から出したんです? みんなが寝静まった夜中ですよ。さらに警戒するのが普通では?」
羽山さんはうーんとうなった。
「昨日のお茶会では、土屋さんとよく話をしていたね。斎田さんは楽しそうにダージリンについて話していた。もしもの話になるけれど、彼女がもっと話を聞きたいと部屋へ来たら?」
僕は苦々しく口を開いた。
「警戒心なんて一瞬で解けるでしょうね。紅茶の美味しい淹れ方を教えてなんて言われた日には、喜んで手取り足取り教えちゃいます」
前島さんが息をつく。
「そういうことか」
僕は斎田さんのことを思い出しながら言った。
「斎田さんがそんなに単純な人だったとは思いませんけど、あの人、あの年で独身ですからね。若くて可愛い女の子に言い寄られたら、やっぱり断れなかった可能性はありますよ」
哀れな人だとあらためて思う。しかし、羽山さんは言った。
「でも、彼女が犯人だという証拠はない。犯人が一人だとは限らないんだし、実際に殺害したのは別の人かもしれないよ」
僕の脳裏に浮かぶのは田村くんと千葉くんだ。同じサークルの仲間なのだから、彼女が手を貸していてもおかしくない。
そこまで考え進めたところで、羽山さんが言う。
「それに、論理的にしっかり推理するためには、きちんとした証拠が必要だ」
「けど、遺体が消えたんじゃ……」
苦々しく前島さんが言い、羽山さんはため息をついた。
「うん、難しいね。誰かの魔法アイテムを使って探りを入れるべきかもしれない」
なるほど、こういう時にアイテムを使うのか。
「それなら、誰のアイテムを使うんです?」
前島さんがたずねた直後、下から真咲ちゃんと凛月ちゃんが話をしながらやってきた。後ろにはあいかわらず篠山くんがついている。
羽山さんは階段を下りて彼女たちの前をふさいだ。
「凛月ちゃん、協力してもらえないかな?」
「え? ボクですか?」
きょとんとする彼女へ羽山さんは言う。
「君の魔法アイテムを使って、妖精に話を聞かせてもらいたいんだ。斎田さんが殺された時、もしくはその前後でもいいから、何か見ていないか聞き出したい」
凛月ちゃんは戸惑ったように真咲ちゃんを見上げた。
「でも、妖精さんがどこにいるか分からないです」
「確かに。まずは妖精さんを探さないとですよ、羽山さん」
真咲ちゃんが真面目な顔で返し、羽山さんはにこりと笑った。
「もちろんだよ。妖精を見つけたら、魔法アイテムを使わせてくれるね?」
「ええ、それはかまわないです」
「ありがとう。それじゃあ、妖精を探そう」
と、羽山さんが僕らを振り返った。