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1 最初の事件と消える遺体

 耳をつんざくような悲鳴が聞こえて飛び起きた。

 心臓が激しく動悸しており、僕は束の間、呆然とする。

「……現実じゃ、ない?」

 古城の客室だった。椅子とテーブル、そして魔法アイテムの入っていた小箱が置かれてあるだけの簡素な部屋だ。まだ夢の中にいるらしい。

「……」

 しかも、さっき悲鳴が聞こえなかったか?

 急激に嫌な予感を覚えて背筋が寒くなる。どうしたらいいかと混乱する一方で、僕はベッドから降りていた。

 よろめきそうになりながら扉まで行き、かけていた鍵を震える手で外す。

 そっと扉を開けてみると、外のざわめきが聞こえてきた。誰かが大きな声を上げている。誰かの泣き出しそうな声もする。

 きっと誰かが殺されたんだ。いったい誰が? 知りたいけど知りたくないような気がして、廊下へ出るのをためらう。

 そうこうしているうちに隣の部屋の扉が開いて、羽山さんが出てきた。

 部屋へ鍵をかけた彼がこちらに気づき、無言で手招きをする。

 僕は嫌々ながら外へ出て、自分の部屋へ鍵をかけてから彼のそばまで寄った。

「ついに始まったようだね」

 羽山さんが視線を向けたのは階下だ。吹き抜けから見えるエントランスホールの真ん中に血溜まりがあった。倒れているのは斎田さんだ。

 僕は思わず片手で口を押さえた。近くへ寄らなくても分かる。斎田さんは首を深く切られていた。

「おはようございます」

 と、前島さんが合流し、僕と羽山さんはそれぞれに挨拶を返す。

 それから僕らは下に集まり始めている人々の元へ歩き始めた。

 酷い遺体だった。両目は見開かれたままで、口も断末魔の叫びが聞こえそうなほど大きく開かれている。

「最初に発見したのは?」

 羽山さんが冷静に集まった人たちを見てたずね、土屋さんが手を挙げる。

「わたし、です。トイレに行こうと思って、下りてきたら……」

 震える彼女の肩を田村くんが抱き寄せる。

「オレは美織の気配で目を覚ました。少ししたら悲鳴が聞こえたんで、慌てて飛び出してきたんだ」

 千葉くんが遺体のそばにしゃがみこみ、体に触れた。

「すっかり冷たくなっていますね。死後数時間は経っていると見ていいでしょう」

 となると犯行時刻は未明、もしくは深夜だろうか。

「昨日の夜、つまりお茶会が終わってからのアリバイを確かめたいところだね」

 と、羽山さんが言ったところで僕ははっとした。

「待ってください! 探偵役は僕です!」

「え? 今はそんなこと言ってる場合じゃないと思うけど」

 困ったように首をかしげる彼を見て僕は反省する。

「すみません、やっぱり何でもないです……」

 僕はどうやら助手に甘んじるしかなさそうだ。語り手が探偵役とは限らないし、変に出しゃばるのはやめよう。

 気を取り直して羽山さんが問う。

「それじゃあ、あらためてアリバイを確認しよう。お茶会の後、俺は野々ちゃんと前島くんと一緒に部屋へ戻った。ここまではいいね?」

 僕と前島さんはうなずいた。

「オレたちもすぐ戻ったぜ」

 と、田村くんが言い、千葉くんがくわしく話してくれた。

「僕と田村は羽山さんたちのすぐ後に部屋へ戻りました。女性三人が片付けをするのに厨房へ行っていて、篠山さんも一緒にいたかと」

「ああ、凛月が心配だったからな。厨房で洗い物が済むのを待って、それから四人で二階に上がった」

 篠山くんの証言に女性たちがうなずき、羽山さんはたずねる。

「最後に斎田さんを見たのは?」

 口を開いたのは真咲ちゃんだ。

「食堂のテーブルを拭いてもらってて、布巾を厨房に持ってきてもらったので、それが最後だと思います。洗い物をしている最中でした」

「ボクも見ました」

「わたしもです」

 凛月ちゃんたちが続き、篠山くんも言う。

「そういや、そうだったな。その後は見てないから、斎田さんはすぐ部屋に戻ったんだと思います」

 なるほど、昨夜の状況は分かった。

「ということは、その後で犯人が斎田さんを部屋から連れ出し、エントランスホールで殺害した。凶器はおそらく鋭利な刃物だね」

 羽山さんは斎田さんの遺体へ視線を下ろした。僕もつられて視線をやってしまい、気持ち悪さがこみあげると同時に気がついた。

「あっ、カメラがあるじゃないですか!」

 斎田さんの遺体のすぐそば、右手から少し離れたところに黒いポラロイドカメラが転がっていた。

「斎田さんの魔法アイテムかな。使われたのだろうか、それとも……」

 と、羽山さんが手を伸ばそうとして思いとどまる。カメラにも血がついていたからだ。

 僕はほとんど無意識に頭を働かせていた。

「でも、カメラを持って外に出るって変じゃないですか? まだ事件は起きていないのだから、魔法アイテムを使うわけにはいかないでしょう?」

「うん、それはそうだね。犯人が何か上手いことを言って、カメラを持ってこさせたのかもしれない」

 千葉くんが斎田さんのズボンのポケットを探り、首を振った。

「ダメですね。部屋の鍵がない」

 はっとして僕は返す。

「鍵がないってことは、まさか犯人に持ち去られたとか?」

「さあ、いったいどこにあるやら」

 ため息まじりに千葉くんが腰を上げ、考え込んでいた羽山さんが言った。

「野々ちゃん、斎田さんの部屋へ行ってみよう。前島くんはここでみんなを見てて」

 前島さんが「分かりました」と返し、僕は羽山さんと階段へ向かった。


 斎田さんの部屋の扉へ手をかけると、難なく開いた。鍵がかかっていなかったのだ。

 室内へ足を踏み入れてすぐに羽山さんは気づいた。

「鍵が置いてあるね」

 テーブルの上、小箱のすぐ横に鍵が置かれていた。

「斎田さんは鍵を持たずに部屋を出たのか、もしくは犯人があえて鍵をここへ戻したのか」

「戻したとするなら何故ですか? 斎田さんの部屋に入る理由があった、ってことですよね?」

「うーん」

 羽山さんが小箱へ手を伸ばした時だった。指先が触れた瞬間に、小箱はすうっと消えてしまった。

 さすがの羽山さんも目をぱちくりさせており、僕もまばたきを何度も繰り返す。しかし、小箱はもうどこにもない。鍵もだ。

「消えた、ね……?」

「はい、消えましたね」

 すると廊下の方からざわめきの声が聞こえ、僕らは部屋を出た。

 声をかけて確認するまでもなかった。エントランスホールにあった遺体が、血溜まりすらも綺麗さっぱり消えていたのだ。

 呆然と羽山さんがつぶやく。

「遺体も消えた……」

「血溜まりやカメラもです。魔法アイテムがあるくらいだし、消えてもおかしくはないですが……」

 それにしても遺体がないのでは、犯人を推理しようがない。

 羽山さんはため息をついた。

「片付けをしなくて済んだと、前向きに考えるしかないな」


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