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6 お茶会と奇妙な事態

 時計がないので分からないが、体感としてだいたい一時間が経った頃。

 真咲ちゃんたちのスコーンが焼き上がるのに合わせて、僕らも紅茶を淹れた。僕はウバを、羽山さんはアッサムを、斎田さんはダージリンを選んだ。

「ああ! これは高級なウバだ! こんなにもくっきりゴールデンリングが見えている!!」

 香りからしてそうだろうとは思ったが、白いティーカップに注いでみてはっきりした。縁に綺麗な黄金色が見えたからだ。

 興奮する僕へ羽山さんがおかしそうに笑う。

「本当に君はウバが好きだよね」

「だって美味しいですもん! このフラワリーかつメントールな香りは他の茶葉にはありません」

「そうだねぇ。でも俺はミルクティー派だから、やっぱりアッサムが一番かな」

 そう言う彼の手元には牛乳パックが用意されていた。

 すると僕らの話を聞いていたらしい斎田さんが口を出す。

「香りならダージリンが一番だろう? もっともこの茶葉はマスカテルが強すぎて、いかにも日本人向けなのが気に入らねぇ」

「すみません……」

 夢の中でありながら、僕はつい謝ってしまった。ダージリンは僕の妻が好きなのだが、僕自身はそんなに好きでもない。そのために、いかにもなダージリンになってしまったようだ。

 すると真咲ちゃんたちができたてのスコーンを運んできた。

「お待たせしました!」

「しました!」

 真咲ちゃんの後を凛月ちゃんがついてくる。その少し後ろに土屋さんがいて、どこか満足げな笑みを浮かべていた。

 真咲ちゃんが山盛りのスコーンが乗った皿をテーブルへ置く。

「プレーンと苺ジャム、抹茶も少しだけですが作ってみました」

 にこにこと笑いながら真咲ちゃんが言い、僕は思わず身を乗り出す。

「うわあ、美味しそう! ありがとう、真咲ちゃん」

「いえ。凛月ちゃんと土屋さんにも手伝ってもらいましたから」

 凛月ちゃんが取り皿を一人一人の前へ置いていく。

「そうだね。お礼を言うなら三人に、だね」

 羽山さんが振り返って土屋さんを見た。

「ありがとう、三人とも」

「いえ。作るの楽しかったですから」

「ですから!」

 ドヤ顔で土屋さんの語尾だけを繰り返す凛月ちゃん、やっぱり変わった子だ。しかし精神年齢が低いというより、あえてそう振る舞っているような気がした。

 紅茶が全員の前に行き渡ったのを確認してから、僕らのお茶会は始まった。

「いただきます」

 皿に取ったプレーンのスコーンをそっと持ち上げて口へ運ぶ。焼き立てだからふかふかで美味しく、ウバとよく合った。これが夢だなんて惜しいくらいだが、夢だからこそなのかなとも思う。

 ふと見ると斎田さんが土屋さんへ穏やかな顔を向けており、ダージリンに関する講釈を垂れ流していた。土屋さんは嫌な顔をすることなく、むしろ興味を持って聞いている様子だ。

 前島さんは田村くんや篠山くんたちと会話をしており、羽山さんは千葉くんと話をしている。

 真咲ちゃんと凛月ちゃんはすっかり仲良くなったようだし、僕だけが黙々とスコーンを頬張っていた。

「――でも、不思議だな」

 半ば無意識につぶやくと、隣に座っていた羽山さんが視線を向ける。

「どうかしたかい?」

「あ、いえ。なんて言うか、その……」

 口に入れたスコーンを飲み込んでから、僕は言う。

「僕の夢の中なのに、どうして僕の知らない人がいるんだろうって思ったんです。ほら、羽山さんの後輩の前島さんとか」

 前島さんが会話の途中でこちらを見た。

 気分を悪くされてしまったかと心配になる僕だが、前島さんは少し首をひねりながら返した。

「いや、そのことなんですけど。何か俺、野々村さんとは前にどこかで会ったことがある気がするんですよね」

「え?」

 僕が思わず目を丸くすると、篠山くんまでこちらを見る。

「それ、俺もです。はっきりとはしないけど、どこかで会ったことがある気がしてならない」

 奇妙な事態になってきたぞ。でも僕は彼らのことを知らない。会ったことがある気がする、というわけでもない。

 すると前島さんが少し身を乗り出すようにして、篠山くんたちを見た。

「それと、俺は篠山のことも知ってる。ずいぶん前に一度、会ったよな?」

 篠山くんは彼をじっと見て、思い出したようだ。

「ああ、前島さんね。話には聞いてたけど、すっかり顔なんて忘れてました」

「まあ、しょうがないな。俺も伝え聞くばかりだし。そうそう、伝え聞くと言えば、妹さんのことも少しは聞いたことがある」

 凛月ちゃんがびくっとして、前島さんへ丸い目を向ける。

「ボクのこと、知ってるんですか?」

「ああ、話に何回か出てきたことがある。会うのはもちろん、これが初めてだ」

「そうでしたか……あ、はじめましてです」

 今さらそんな挨拶をする凛月ちゃんを見て、前島さんは小さく笑った。

「うん、はじめまして」

 あまり表情の変わらない前島さんだが、笑うと人の好さがにじみ出る。きっと根は優しい人なのだろう。

「前島さん、まだ業務課にいるんでしたっけ?」

「ああ。君は総務課に配属されたんじゃなかったか?」

「ええ、そうです」

 前島さんと篠山くんが双方納得したところで、凛月ちゃんが少し寂しそうに口を出す。

「ボクが知ってるの、お兄ちゃんだけです」

 そうだよな。僕だって凛月ちゃんのことは知らない。

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