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5 嘘とミス研

 斎田さんの部屋へ行ってみると、いかにも嫌そうな顔をした彼が顔を出した。

「何の用だ?」

「これからお茶会をすることになりました」

 羽山さんがにこにこと笑いながら言い、斎田さんは彼をにらむ。そういえば、二人は以前同じお店で働いていて、その頃から犬猿の仲だったような……。

「頭おかしいのか?」

 と、斎田さんが至極真っ当な感想を返すが、羽山さんには効果がない。

「厨房でティーセットと何種類もの茶葉を見つけたんです。斎田さんも紅茶、飲みたいですよね?」

「……」

「西尾さんたちが今、スコーンを作ってくれています。できあがったらみんなで食べましょう」

「……」

「そういえば、厨房の棚にロイヤルコペンフーゲンのイヤープレートが全種類そろってましたよ」

 え? そんなものはなかったはず……と、内心で僕が思っていると、斎田さんが反応した。

「んなわけねぇだろ」

「じゃあ、実際に見に行ってみます? 案内しますよ」

「……くそが」

 言い捨てて斎田さんが部屋から出てくる。どうやら彼はロイヤルコペンフーゲンのファンらしい。知らなかった。

 ここは羽山さんの作戦勝ちだ、すごい。ただし、じきに嘘だったことがばれると思うとひやひやしてしまう。僕が怒られるわけではないが。

「そうそう、あちらの三人にも声をかけようと思ってたんです。ちょっと待ってくださいね」

 と、羽山さんは左の廊下へ向かって歩き始めた。

 僕らもついていき、斎田さんが最後尾をのろのろとついてくる。

 羽山さんはまず田村くんの部屋の扉をノックした。

「ちょっといいかい?」

 声をかけるが返事はない。羽山さんが振り返って首をひねる。

「いないみたいだ」

「じゃあ、後でにします?」

「そうしよう」

 次は隣の千葉くんの部屋へ。先ほどと同じようにノックをして声をかけたが、やはり返事はなかった。

「こっちもいないのか」

 と、羽山さんが怪訝な顔をした時、土屋さんの部屋の扉が開いた。

 顔を向けた僕たちは、彼女の部屋から三人が出てくるのを見た。

「おや、三人一緒だったんだね」

 羽山さんの言葉に田村くんがにかっと笑いながら返す。

「オレたち、大学で一緒のサークルなんすよ」

「そうだったのか。何のサークル?」

「ミス研です」

 千葉くんが答えて僕は助かったと感じた。ミステリー研究会だか研究部だか知らないが、クローズドサークルに理解のある人たちなら頼りになるはずだ。

「それで、オレたちを探してたんですか?」

「ああ、そうなんだ。実はお茶会をしようと思ってね」

 にこりと笑う羽山さんだが、三人は一様に怪訝な顔を見合わせる。戸惑うのは当然だ。

「えっと、お茶会ってどういう?」

 と、土屋さんがおずおずとたずね、羽山さんは説明する。

「厨房でティーセットと紅茶を見つけたんだ。それと西尾さんたちが今、スコーンを作ってくれててね」

「スコーンと紅茶、ですか」

 千葉くんがつぶやき、ひらめいた。

「そういえば、みなさんお店をやってらしたんでしたね」

「俺は紅茶専門店。野々ちゃんと斎田さんはカフェオーナーだからね」

 三人が納得したようにうなずき、田村くんが言った。

「それじゃ、お言葉に甘えさせてもらうとするか」

「ああ、そうしよう」

「わたしもお手伝いした方がいいですか?」

「そうだね、お菓子作りの経験があるなら」

「分かりました。じゃあ、えっと、厨房は……?」

 土屋さんが意気揚々と向かおうとして戸惑う。彼女はまだ厨房がどこにあるのか知らないのだ。

「案内するよ」

 と、羽山さんはまた微笑んだ。


 厨房へ向かう途中、千葉くんが僕へたずねた。

「そういえば、魔法アイテムはどんなものでした? あ、言いたくなければ言わなくても結構です」

 やはり気になるのはそれだ。僕はにこやかに返した。

「僕のはどんな願いでも叶えるグリフォンの羽根です」

「どんな願いでも? もしかして、大当たりなんじゃないですか?」

 と、千葉くんは目を丸くした。

「やっぱりそう思います?」

「ええ。ちなみに僕の魔法アイテムは、記憶を改竄できるペンだそうです。改竄したい相手の記憶を、その時点から五分前までの間で好きなように書き換えられるとか」

「とんでもないアイテムですね?」

 僕がびっくりしていると、田村くんが割り込んできた。

「オレのは五分間だけ他の人の姿になれるバンダナだ」

「うわ、他の人になれるのはやばい」

 そんなアイテムもあるなんて、使い方によっては圧倒的に有利ではないか。

 すると土屋さんも言った。

「わたしのは記憶を消すことができる香水でした。誰かに向かってかけると、その人の五分前までの記憶を消せるんだそうです」

「そっちのがやばいな」

 僕は思わず苦笑いをした。記憶の消去なんて、犯人だったら絶対に使いたいアイテムじゃないか。

 と、そこまで考えてはっとした。そうだ、誰かが犯人なんだった。しかも一人とは限らない。

「斎田さんは?」

 前島さんが話を振ると、斎田さんはため息まじりに答えた。

「過去の一場面を写すことができるカメラだ」

 おお、それも便利そうではある。事件が起きたら、ぜひとも使ってもらいたいところだが。

「やっぱり、みなさんの魔法アイテムも使えるのは一回だけですか?」

 僕の質問に四人はそれぞれうなずいた。

 シンプルだからこそ、使うタイミングが命運を左右する。誰もが軽々しく使うことはできないため、どう活かすかが鍵となりそうだ。


 厨房へつき、土屋さんは「わたしもお手伝いします!」と、二人へ近づいていった。

 斎田さんはティーセットの入った棚へ目を止めるなり、さっさとその前まで行って中を探し始めた。しかし、すぐに羽山さんの嘘に気づいて声を上げる。

「おい、てめぇ! 嘘つきやがったな!?」

 羽山さんは「どうやら、俺の勘違いだったみたいですね」と、にこにこ笑っているばかりだ。

 僕は呆れてため息をついた。

「カジュアルに嘘をつくの、羽山さんのよくないところですよ」

「おや、野々ちゃんまで俺を責めるの?」

「責めてません。ただただ呆れています」

「冷たいなぁ」

 言いながらも顔が笑ったままだ。まったく、夢の中でも羽山さんは性格が悪い。

「とりあえず、どの紅茶を淹れるか考えますか」

 と、僕は厨房へ足を踏み入れた。美味しい紅茶を淹れられる人が自分も含めて三人もいるのだ。数種類の紅茶を淹れて、好きなものを選んで飲んでもらうのがいいだろう。

「羽山さんと斎田さんも手伝ってください。十人分プラスでおかわりの分まで淹れるので、僕一人ではできません」

「嘘つけ」

 と、斎田さんが小さく毒づいたのを聞かなかった振りをして、僕は棚からティーセットを取り出した。


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