斎田さんの部屋へ行ってみると、いかにも嫌そうな顔をした彼が顔を出した。
「何の用だ?」
「これからお茶会をすることになりました」
羽山さんがにこにこと笑いながら言い、斎田さんは彼をにらむ。そういえば、二人は以前同じお店で働いていて、その頃から犬猿の仲だったような……。
「頭おかしいのか?」
と、斎田さんが至極真っ当な感想を返すが、羽山さんには効果がない。
「厨房でティーセットと何種類もの茶葉を見つけたんです。斎田さんも紅茶、飲みたいですよね?」
「……」
「西尾さんたちが今、スコーンを作ってくれています。できあがったらみんなで食べましょう」
「……」
「そういえば、厨房の棚にロイヤルコペンフーゲンのイヤープレートが全種類そろってましたよ」
え? そんなものはなかったはず……と、内心で僕が思っていると、斎田さんが反応した。
「んなわけねぇだろ」
「じゃあ、実際に見に行ってみます? 案内しますよ」
「……くそが」
言い捨てて斎田さんが部屋から出てくる。どうやら彼はロイヤルコペンフーゲンのファンらしい。知らなかった。
ここは羽山さんの作戦勝ちだ、すごい。ただし、じきに嘘だったことがばれると思うとひやひやしてしまう。僕が怒られるわけではないが。
「そうそう、あちらの三人にも声をかけようと思ってたんです。ちょっと待ってくださいね」
と、羽山さんは左の廊下へ向かって歩き始めた。
僕らもついていき、斎田さんが最後尾をのろのろとついてくる。
羽山さんはまず田村くんの部屋の扉をノックした。
「ちょっといいかい?」
声をかけるが返事はない。羽山さんが振り返って首をひねる。
「いないみたいだ」
「じゃあ、後でにします?」
「そうしよう」
次は隣の千葉くんの部屋へ。先ほどと同じようにノックをして声をかけたが、やはり返事はなかった。
「こっちもいないのか」
と、羽山さんが怪訝な顔をした時、土屋さんの部屋の扉が開いた。
顔を向けた僕たちは、彼女の部屋から三人が出てくるのを見た。
「おや、三人一緒だったんだね」
羽山さんの言葉に田村くんがにかっと笑いながら返す。
「オレたち、大学で一緒のサークルなんすよ」
「そうだったのか。何のサークル?」
「ミス研です」
千葉くんが答えて僕は助かったと感じた。ミステリー研究会だか研究部だか知らないが、クローズドサークルに理解のある人たちなら頼りになるはずだ。
「それで、オレたちを探してたんですか?」
「ああ、そうなんだ。実はお茶会をしようと思ってね」
にこりと笑う羽山さんだが、三人は一様に怪訝な顔を見合わせる。戸惑うのは当然だ。
「えっと、お茶会ってどういう?」
と、土屋さんがおずおずとたずね、羽山さんは説明する。
「厨房でティーセットと紅茶を見つけたんだ。それと西尾さんたちが今、スコーンを作ってくれててね」
「スコーンと紅茶、ですか」
千葉くんがつぶやき、ひらめいた。
「そういえば、みなさんお店をやってらしたんでしたね」
「俺は紅茶専門店。野々ちゃんと斎田さんはカフェオーナーだからね」
三人が納得したようにうなずき、田村くんが言った。
「それじゃ、お言葉に甘えさせてもらうとするか」
「ああ、そうしよう」
「わたしもお手伝いした方がいいですか?」
「そうだね、お菓子作りの経験があるなら」
「分かりました。じゃあ、えっと、厨房は……?」
土屋さんが意気揚々と向かおうとして戸惑う。彼女はまだ厨房がどこにあるのか知らないのだ。
「案内するよ」
と、羽山さんはまた微笑んだ。
厨房へ向かう途中、千葉くんが僕へたずねた。
「そういえば、魔法アイテムはどんなものでした? あ、言いたくなければ言わなくても結構です」
やはり気になるのはそれだ。僕はにこやかに返した。
「僕のはどんな願いでも叶えるグリフォンの羽根です」
「どんな願いでも? もしかして、大当たりなんじゃないですか?」
と、千葉くんは目を丸くした。
「やっぱりそう思います?」
「ええ。ちなみに僕の魔法アイテムは、記憶を改竄できるペンだそうです。改竄したい相手の記憶を、その時点から五分前までの間で好きなように書き換えられるとか」
「とんでもないアイテムですね?」
僕がびっくりしていると、田村くんが割り込んできた。
「オレのは五分間だけ他の人の姿になれるバンダナだ」
「うわ、他の人になれるのはやばい」
そんなアイテムもあるなんて、使い方によっては圧倒的に有利ではないか。
すると土屋さんも言った。
「わたしのは記憶を消すことができる香水でした。誰かに向かってかけると、その人の五分前までの記憶を消せるんだそうです」
「そっちのがやばいな」
僕は思わず苦笑いをした。記憶の消去なんて、犯人だったら絶対に使いたいアイテムじゃないか。
と、そこまで考えてはっとした。そうだ、誰かが犯人なんだった。しかも一人とは限らない。
「斎田さんは?」
前島さんが話を振ると、斎田さんはため息まじりに答えた。
「過去の一場面を写すことができるカメラだ」
おお、それも便利そうではある。事件が起きたら、ぜひとも使ってもらいたいところだが。
「やっぱり、みなさんの魔法アイテムも使えるのは一回だけですか?」
僕の質問に四人はそれぞれうなずいた。
シンプルだからこそ、使うタイミングが命運を左右する。誰もが軽々しく使うことはできないため、どう活かすかが鍵となりそうだ。
厨房へつき、土屋さんは「わたしもお手伝いします!」と、二人へ近づいていった。
斎田さんはティーセットの入った棚へ目を止めるなり、さっさとその前まで行って中を探し始めた。しかし、すぐに羽山さんの嘘に気づいて声を上げる。
「おい、てめぇ! 嘘つきやがったな!?」
羽山さんは「どうやら、俺の勘違いだったみたいですね」と、にこにこ笑っているばかりだ。
僕は呆れてため息をついた。
「カジュアルに嘘をつくの、羽山さんのよくないところですよ」
「おや、野々ちゃんまで俺を責めるの?」
「責めてません。ただただ呆れています」
「冷たいなぁ」
言いながらも顔が笑ったままだ。まったく、夢の中でも羽山さんは性格が悪い。
「とりあえず、どの紅茶を淹れるか考えますか」
と、僕は厨房へ足を踏み入れた。美味しい紅茶を淹れられる人が自分も含めて三人もいるのだ。数種類の紅茶を淹れて、好きなものを選んで飲んでもらうのがいいだろう。
「羽山さんと斎田さんも手伝ってください。十人分プラスでおかわりの分まで淹れるので、僕一人ではできません」
「嘘つけ」
と、斎田さんが小さく毒づいたのを聞かなかった振りをして、僕は棚からティーセットを取り出した。