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4 ティーセットとスコーン

 古城の一階、エントランスを入って左手に行くと食堂があった。立派な長テーブルが二つあり、椅子がたくさん置かれている。明らかに十脚以上はあった。

 食堂の奥に扉が見えて、そこを入ると廊下があった。すぐ向かいにあるのは厨房だ。

「おお、広いねぇ」

 中をのぞきながら羽山さんが言い、僕は壁際に並んだ食器棚を指差す。

「ティーセットがあそこにありますよ」

「本当だ。見てもいいかな?」

 と、羽山さんは前島さんを振り返る。彼は羽山さんの趣味を知っているらしく、すんなりうなずいた。

「ああ、茶器ですもんね。好きなだけどうぞ」

「ありがとう」

 羽山さんと一緒に僕も厨房へ入り、ティーセットの収まっている棚の前に立つ。

 躊躇ちゅうちょもなく羽山さんが戸を開けた。手近なティーカップを手に取り、まじまじと観察する。

「ああ、レヘンドだったか。野々ちゃん、好きだったよね」

「ええ、好きです。見せてください」

「はい」

 羽山さんからカップを受け取り、繊細にデザインされた模様を見つめる。何という名前のカップだったかはっきりしないが、やっぱりここは僕の夢だから好きなブランドが出てきたらしい。

「うーん、ウェッジオッドもあるな」

「それは僕の妻が好きなやつですね」

「あれ、そうだっけ?」

「そうですよ。家ではいつもウェッジオッドで飲んでます」

「それは知らなかったな。っていうか、リチャードジナリもマイゼンもないんだけど」

 羽山さんの好きなティーセットが見つからなかったようで文句を言う。

 僕は手にしたレヘンドのカップを慎重に棚へ戻しながら返した。

「仕方ないでしょう。ここは僕の夢の中なんですから」

 僕に馴染みのあるものが置かれていて当然なのだ。羽山さんに配慮しているわけがない。

「そっか。残念……でもないか」

 羽山さんは戸を閉めると、すぐに棚の下を開けてみせた。

「いろんな種類の紅茶が置いてあるよ」

「うわあ、助かります!」

 思わず嬉しくなって僕はしゃがみこみ、茶葉の入った袋へ手を伸ばす。いずれも業務用でたっぷり詰まっており、ダージリンやニルギリ、アッサムにキームン、ウバ、ディンブラ、ルフナまでそろっていた。

「アッサムがあるなら、ひとまず俺は十分かな」

「僕もウバがあるなら生きていけます」

「フレーバードもいくらかそろっているね。なるほど、素晴らしい」

 羽山さんが戸を閉めたところで、後ろから声がした。

「あっ、ここが厨房になってたんですね!」

 振り返れば真咲ちゃんだ。

「食料、入ってました?」

「え、まだ見てない」

「じゃあ、自分が見ちゃいますね」

 真咲ちゃんはそう言いながら中へ入り、冷蔵庫と思しき棚を開けていく。

 入口のところでは前島さんが待っていて、真咲ちゃんと一緒に来たと思しき凛月ちゃんと篠山くんも顔をのぞかせていた。

 羽山さんがそちらへ戻っていき、僕は真咲ちゃんの横へつく。

「見つかった?」

「ええ、ぎっしり入っています。野菜にお肉に卵もあるし、いろんな食料がどっさりです」

 次に真咲ちゃんは隣の棚を開けて目を輝かせた。

「お米も入ってます! 自分、お米がないとダメなんでありがたいですねー!」

 いつもと変わらない彼女の様子に僕はふと安堵を覚え、頬をゆるませた。

「よかったね、真咲ちゃん」

「はい。小麦粉もあるんで、パンも焼けますよ。作っておきましょうか?」

「え、いいの?」

「はい。よければですけど」

「それじゃあ、お願いします」

 と、言ってから僕はいいことを思いついた。

「あ、スコーンだと嬉しいかな。あとで紅茶を淹れるから、よければみんなで食べよう」

「いいですね! すぐに作ります」

 真咲ちゃんがてきぱきと材料を取り出し始め、僕は羽山さんたちの元へ戻る。

 そういえば、今が何時何分なのか分からない。お腹が空いている感じもないし、建物の中に時刻を示すものもない。でも、できたてのスコーンを食べられるのは嬉しいし、まあいいか。

 すると凛月ちゃんが兄の顔を見ながら言った。

「スコーン、ボクも作るの手伝いたい。お兄ちゃん、いい?」

「勝手にしろ」

 呆れたように篠山くんが返し、凛月ちゃんはうきうきと真咲ちゃんのそばへ寄った。

「それで?」

 と、僕がたずねると前島さんが言う。

「反対側に洗面所とトイレ、浴室があるそうです。浴室は二つあって、男女別に入れるようになってるらしいです」

「それは助かりますね。もしかして、篠山くんたちが見てきてくれたんですか?」

「まあな。凛月が探検したいってうるさくて、あの真咲とかいうやつもいつの間にか一緒になってて」

「ああ、そうでしたか」

 どうやら凛月ちゃんは好奇心旺盛な女の子らしい。

 せっかくなので僕はたずねてみた。

「そういえば、魔法アイテムはどんなものでしたか?」

「教えるのか?」

「ええ、嫌なら断ってくれてもいいですが」

 篠山くんは少し考え、ポケットから小さなケースを取り出した。

「俺のはこいつです。真実の声を五分間だけ聞くことができるイヤホン」

 白い楕円形のケースに銀色のワイヤレスイヤホンが入っていた。

「これを着けると、五分間だけ真実の声が聞こえるようになるって代物らしいです」

「へぇ、なるほど」

 羽山さんと前島さんも興味深そうにそれを見つめ、篠山くんは厨房へ視線を向ける。

「凛月のは、五分間だけ妖精と会話できるペンダント。どうやら、ここには妖精がいるっぽいです」

 古城に住む妖精とは、何ともおとぎ話めいている。

 僕らがそれぞれに相槌を返すと、厨房から真咲ちゃんの声がした。

「自分は書いた人の本心が分かるメモ帳でした。文字を書いた人の本心が次のページに浮かび上がるんだそうです」

「それはすごい」

 いかにも犯人につながるヒントが得られそうだ。

「ちなみに俺は口をつけた人の時間を五分間だけ止めるティーカップだったよ」

「俺は触れた相手の嘘を見抜ける指輪でした」

 羽山さんと前島さんが言い、僕も口を開く。

「僕はどんな願いでも叶えるグリフォンの羽根です」

「チートアイテム?」

 と、篠山くんがにわかに怪訝けげんな顔をし、僕はとっさに視線をそらす。言われてみればそうかもしれない。

「とりあえず、他の人たちを誘いに行こうか」

 羽山さんが急にそんなことを言い出して僕は目を丸くした。

「誘うって何ですか?」

「もちろんお茶会だよ。彼女たちがスコーンを焼いてくれるんでしょう?」

 にこりと羽山さんが微笑し、僕はうなずいた。

「ああ、そうでしたね。ぜひ行きましょう」

 自分が紅茶とスコーンで落ち着きたいばっかりに、いつの間にかお茶会がセットされることになってしまった。

 デスゲームの真っ最中だというのにのんきすぎないかと思うものの、言い出したのは僕なので文句は言えないのだった。


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