「残念ながら」
にこりと微笑む顔はあいかわらずの美男子だ。もう三十五歳になったはずなのに、年を感じさせないのもすごい。
僕はほっとしたような、でも複雑な気持ちになって椅子へ腰を下ろす。
「まったく、誰が犯人なんですかね」
「推理して見つけ出すしかないでしょ」
「それはそうなんですけど」
むすっとして頬杖をつく。考えたいことはたくさんあるが、そもそもこれは夢なんだ。
「で、野々ちゃんのアイテムは?」
羽山さんが向かいの椅子を引いて腰かけ、僕はポケットから羽根を取り出す。
「これです。どんな願いでも叶えるグリフォンの羽根、だそうです」
「何だい、それ。すごくない?」
「でも犯人を知ることは出来ないそうです。また、他の人に譲ることもできなくて、必ず自分で使うようにとありました」
「ああ、それはこっちも同じだね。しかも一度しか使えない」
「ええ、そうです」
魔法アイテムの使用に関するルールは統一されているようだ。
「どういったタイミングで使えばいいか、しっかり見極めないといけないのが大変だね」
「そうですね。結果的に何も得られなかったり、失敗に終わるってこともありそうですし」
「せっかくの魔法アイテムなのに、失敗したらがっかりだね」
「犯人を見つけるヒントになるよう、有益に使いたいものですね」
羽山さんと同時にため息をつく。
すると扉がコンコンとノックされた。羽山さんは緊張感もなく「どうぞ」と、声を返す。
扉を開けて入ってきたのは前島さんだ。
「ああ、二人一緒でしたか」
「かまわないよ。何の用だい?」
前島さんは室内へ入ってくると、僕らのすぐ横まで来て足を止めた。
「俺は犯人じゃありませんでした。お二人もそうですよね?」
「うん、犯人じゃないよ」
「僕もです」
「それなら、一緒に行動するようにしましょう。一人でいると真っ先に殺されるはずです」
真剣な目をする前島さんへ、僕も冷静に頭を働かせながら返す。
「ええ、僕もそれがいいと思います。こういったクローズドサークルでは、複数人で行動するのが鉄則です」
「クローズドサークルって何?」
羽山さんが口を出し、僕はずっこけるかと思った。すぐに気を取り直して、視線をそちらに戻しながら説明をする。
「ミステリー小説で人気の舞台設定です。嵐の孤島や冬の山荘など、閉鎖された空間で連続殺人が起こるというもので、そうしたものをクローズドサークルと呼ぶんです。
僕たちが置かれた状況はそれにデスゲーム要素が加わり、なおかつ魔法アイテムが使えるという特殊設定を組み込んだものです」
羽山さんは首をかしげており、前島さんも分かったような分からないような顔だ。
「とりあえず、犯人をさっさと見つけましょう」
「ええ、そうですね」
前島さんは許可も取らずにベッドへ腰を下ろした。
「とはいっても、まず誰かが殺されなければ、ヒントも何もありません。少なくとも最初の被害者になることだけは避ける必要があります」
「うん、そうだね」
羽山さんが相槌を打ち、僕も真剣な顔で前島さんの話に耳を傾ける。
「今日のところは三人でまとまって行動しましょう。さすがに眠る時はそれぞれの部屋へ戻るしかないでしょうが、鍵をかけられるのでそれだけ忘れないようにすれば大丈夫かと」
「そうだね、鍵をかけるのを忘れないようにしよう」
「ええ、分かりました」
自分の部屋には内外から鍵がかけられる。怪しい人物が侵入することはない。
「それと犯人が一人とは限りません。他の人たちをしっかり観察するべきです」
「でも、知り合いが犯人だったら嫌です……」
真咲ちゃんが犯人だと考えたら悲しくなって、僕はため息まじりにそう言った。
前島さんは言葉に詰まり、羽山さんが言う。
「もしかすると君たちのうちどちらかが、犯人ではないと嘘を言っている可能性もあるね」
ドキッとする僕だが、前島さんはため息をついた。
「それなら部屋に来てもらっていいです。カードの裏に何もないことを見せればいいんでしょう?」
「ああ、そうだね。先に俺も見せておくよ」
と、羽山さんが小箱からカードを取り出して裏返してみせた。確かに何も書かれていない。
「それじゃあ、来てください」
前島さんが腰を上げ、僕らも立ち上がった。
部屋へ入り、前島さんもカードの裏を見せてくれた。
「うん、真っ白だね」
「ちなみに魔法アイテムはこれです」
前島さんがポケットから取り出したのはシルバーのリングだ。
「これを指にはめた状態で相手に触れると、嘘をついているかどうかが分かるらしいです」
「なるほど、指輪か。前島くん、シルバーを使った彫金が趣味だったよね」
「あれ、先輩にその話しましたっけ?」
「人づてにね」
羽山さんが笑ってごまかし、前島さんは苦笑しながら返した。
「あいつですか。まあ、いいです。指輪は自分でもよく作ってるので、馴染みがありますね」
「そうだよね。俺もティーカップだったんだ」
前島さんが納得したように首を縦に振り、僕を見た。
「野々村さんは?」
「えっと、僕はグリフォンの羽根です」
ポケットからそれを取り出して見せる。
思ったとおり、前島さんは首をひねった。
「何でグリフォン?」
「さあ……でも、ちょっと既視感あるんですよね。何でなのか、ちっとも分からないんですけど」
グリフォンに関する記憶が浮かんできそうなのに、どうしてもはっきりしない。あまりに曖昧な感覚に、僕自身ももどかしさを感じていた。
「ふぅん、謎ですね」
「ええ、謎です」
と、返してから僕は背中を向けた。
「そうだ、次は僕の番でしたよね」
さっと廊下へ出て自分の部屋へ向かう。鍵を開け、二人を連れて中へ入る。
彼らがついてくるのを確認してから、僕はテーブルへ置きっぱなしにしていたカードを裏返した。
「どうです?」
「うん、野々ちゃんも犯人ではないね」
「この三人だけは信じてもいいってことですね」
前島さんが安心したように結論し、僕はカードを小箱に入れてふたを閉めた。
「それで、次はどうしますか?」
僕の問いに身長の高い二人は考え込む。
「いつまでも部屋にいるっていうわけにもいかないよね」
「ひとまず、この建物の中を把握するべきじゃないですか? どこにどんな部屋があるか、トイレや浴室なども確認しておきたいです」
「ああ、それは大事だね。いつ何が起こるか分からないし、いざという時に備えておく必要がある」
羽山さんが納得するようにうなずき、僕も同意した。今後の展開を考えると、確かに建物の構造を知っておくことは重要だ。
「じゃあ、ちょっと見て回ろうか」
先頭を切って羽山さんが廊下へ向かい、僕と前島さんは後について歩き出した。