がたごとと揺れる感覚がして目を覚ました。
初めに見えたのは通路だ。左右に座席が並んでおり、前方には大きなフロントガラス。そのすぐ右に運転席があり、どうやらバスに乗っているようだと分かる。
「……え?」
気づいた途端に頭が混乱した。
何でバス? 僕は家のベッドで眠っていたはずなのに。
戸惑って左右へ首を動かすと、左隣に見知った顔があった。
「羽山さん、起きてください」
とっさに腕を揺すって彼を起こす。羽山さんはゆっくりとまぶたを開き、緊張感のないあくびをした。
「ふわぁ……何だ、
寝ぼけた様子で僕を見てから、彼がはっと動きを止める。
「あれ、ここは?」
「バスみたいです。僕もさっき目を覚ましたところなので、何が何だか分かりません」
言っている間に不安が込み上げてきて泣きそうになる。
服装は灰色のパーカーに黒いスニーカーと私服であり、荷物は一つもない。スマートフォンすら持っていないため、情報が得られない。
羽山さんが冷静に周辺を観察していると、前の方に座っていた人たちも目を覚まし始めた。
「まったく見覚えのない景色だね。このバス、どこへ向かってるんだろう?」
つぶやくように羽山さんが言い、僕も窓の外へ視線を向けた。草一つ見えない荒れ地が続き、かろうじて遠くに木々が見える。日本の景色ではなさそうだが、かといって外国だとも考えにくい。
「そもそも、ここは何ですか? 夢の中ですか?」
「うーん、夢か。確かに俺はベッドに入ってたはずだし、夢だと考えるのが自然かも」
「そうですよね、やっぱり夢ですよね」
僕はほっとして息をつく。これが夢なら目を覚ませばいいだけだ。バスに乗っていて、隣に羽山さんがいることも不思議ではない。だって夢なのだから。
「やれやれ、変な夢を見るものです」
と、僕が自分自身に呆れていると、前方に建物が見えてきた。ヨーロッパ風の古城だ。壁は薄汚れて黒くなり、枯れかけた蔦があちらこちらにまとわりついて、不気味な雰囲気を漂わせている。
羽山さんがどこか神妙に言った。
「野々ちゃん、目的地についたみたいだよ」
バスはやがて古城の前で停止し、扉が開いた。
「降りろってこと?」
誰かが不安げな声をあげる。
「降りるしかないだろ」
誰ともなくそう返す声が聞こえ、一人の青年がバスから降りていった。それを皮切りに人々は腰を上げ始める。
僕は羽山さんと顔を見合わせてから、降りていく列へ加わった。
外の空気はひんやりとしていて頭上は厚い雲に覆われていた。今にも雨が降り出しそうだ。
全員が降りたところで、バスは扉を閉めて再び走り始めた。ぐるりと方向転換をして道を戻っていく。
「え、戻っていっちゃうの?」
女の子らしき声が言った後、最初にバスを降りた青年が古城の入口へ進み出た。
「お、開けられそうじゃん」
三メートルはあろうかという大きな扉を、青年が両手でぐぐっと押し開ける。すると背の高い眼鏡をかけた青年が近づき、彼を手伝った。
「僕もやろう」
「助かる」
左右に分かれ、二人で扉を押し開ける。僕はその様子を黙って見つめていた。
軋みながら扉がようやく開いたが、中は真っ暗だった。
「おーい、誰かいないのかー?」
青年たちが中へ入っていき、他の人々も続いていく。僕と羽山さんもおそるおそる建物の内側へ足を踏み入れた。
かすかに埃っぽい匂いがする。長いこと放置されていたのだろうか。
あまりの暗さに恐怖を感じ、僕はすぐ隣にいる羽山さんの袖をそっとつかむ。夢の中とは言っても、やはり怖いものは怖い。
すると開け放されていたはずの扉が急に音を立てて閉まった。思わずびくっとして振り返った直後、頭上のシャンデリアが一斉に明かりを灯す。
無意識のうちに羽山さんの腕にすがりついていた僕へ彼が言う。
「何かが始まるらしいね」
何かって何が? いったい何が始まるというんだ!?
すっかり怖気づく僕の耳に、聞き慣れない声が聞こえてきた。
「ようこそおいでくださいました。これからみなさんにはゲームをしていただきます」
やたら丁寧な言葉遣いのバリトンがエントランスホールに響く。声がどこから聞こえてきているのかはちっとも分からない。
「ゲーム?」
誰かが不審そうに聞き返し、バリトンは説明を始める。
「生き残りをかけたゲームです。『犯人役』に選ばれた人は、他の人を殺さなければなりません」
「デスゲームかよ」
誰かが舌打ちをした。
「他の人は誰が『犯人役』であるか、論理的に推理して当てることができれば勝利となります。『犯人役』の場合、全員を殺せば勝利です」
これは夢だ。悪夢だ。とっとと目覚めてしまいたいのに、何故かバリトンの声は止まらない。
「二階に人数分の客室があり、寝泊まりできるようになっています。部屋の中には魔法アイテムをご用意いたしました。詳しい使い方や注意事項は添付したカードに書いてありますので、よくお読みください」
魔法アイテムか。ますます夢らしくなってきたな。
「また、誰が『犯人役』に選ばれるかは分かりません。カードの裏をご覧ください」
つまり、部屋に入ってカードの裏に「犯人役」と書かれていれば、他の人を殺さなくてはならないのか。うう、嫌だな。
「犯人は一人なのか?」
誰かが問いかけるとバリトンは返した。
「答えられません。また『犯人役』以外の人は他の人を殺せません。『犯人役』を殺害することもできません。殺害の意思が見られた時点で失格とし、この場から退場していただきます」
殺される一方だって言うのか? ひどいルールだ。
「それでは、どうぞ楽しいゲームを」
バリトンが役目を終えたとでも言うように、ぷっつりと存在感を消す。
残された僕らはどうしようもなく、近くにいた人と顔を見合わせて困惑するばかりだった。
すると背の高い、体のがっしりとした男性が近寄ってきた。
「羽山先輩」
彼が見ていたのは羽山さんだ。気づいた羽山さんも口を開く。
「ああ、前島くんじゃないか。君もいたんだね」
「ええ。でもこの状況、どうとらえたらいいか分かりません」
前島と呼ばれた彼は、どうやら羽山さんの知り合いらしい。彼が僕へ視線をやった直後、最初にバスを降りた青年が声を張り上げた。
「ひとまず、自己紹介しようぜ」