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33 仲間ができました

 私はフラフラしながらサロンを後にした。シオンが優しく「馬車の待ち合いまで送るよ」と言ってくれたけど丁重にお断りした。


 これ以上シオンと一緒にいたら、私の身が持たないわ。


 これまでもシオンの言動にときめいて、その色気にクラクラしていたのに、お互いに愛し合っていると分かったとたんにシオンが本気を出してきたように思う。


 まさか、あれで今まで手加減されていたなんて……。


 これからのことを考えると、嬉しいと同時にあの強烈な魅力に耐えられるのかと恐ろしくもある。


 それに、とても幸せなはずなのに、なぜか私の胸は騒めいていた。


 シオンは、今までの悪いウワサを利用して、王室から除名してもらうと言っていた。でも、本当にそれでいいの?


 確かに王室から除名されれば、王族ではなくなったシオンは、ノース伯爵家の婿養子になれる可能性が高くなる。でも、シオンの汚名は返上されない。


 そんなの、私は納得できない。何かもっと良い方法はないの?


 サロンの入口でゼダ様が待機していた。シオンの頼みでゼダ様が私を馬車の待ち合いまで送ってくれることになっている。


 颯爽と歩くゼダ様の後ろ姿を見ていると、私はふと前にゼダ様に言われた言葉を思い出した。


 そう言えば、ゼダ様に『シオンに危ない一面があったらどうしますか?』って聞かれたことがあったわね。


 あのときは、ローレル殿下が来たのであやふやになってしまったけど、シオンと本当の恋人になった今ならゼダ様が言いたかったことが分かるような気がする。


 シオンってたぶん、ものすごく一途で少しだけ嫉妬深い面があるんだわ。


 子どものころにお茶会で一度だけあった私をずっと思っていてくれた。私にとっては嬉しいことでも、他の人から見ればあきれてしまうことなのかもしれない。


 それに私も以前から。時折シオンが見せる危ない雰囲気は感じていた。今になって思えば、あれは嫉妬や執着というものだったのかもしれない。


 だからゼダ様は、私のことを心配してくれていたのね。


 私が声をかけると、ゼダ様は立ち止まり振り返った。


「シオン殿下のお話ですが、ゼダ様は以前、殿下が私の思っているような方ではなかったらどうしますか、と言っていましたよね?」


 ゼダ様は顔を強張らせながら「はい」と頷いた。


「私は、シオン殿下のことは、今でも優しくて美しい素敵な方だと思っています。でも、今日、そうではない殿下の一面も知りました」


 シオンの必死な表情や余裕がない態度を、私は今日初めて見た。


「私、思ったんです」


 ゴクリとゼダ様が唾(つば)を飲み込む。


「そんなシオン殿下も素敵だなって」


 私が正直な気持ちを伝えると、ゼダ様は「良かった……」と小声で呟きながら安堵のため息をついた。


「あなたのおかげでシオン殿下の命が救われました」

「そんな大げさな」


 驚く私を見たゼダ様は「まだシオン殿下のすべてをご存じではないのですね」とどこか遠くを見るような目をした。


「これからどんなシオン殿下を知ったとしても、私は受け入れます。子どものころからずっと殿下のファンでしたから。今まで悪いウワサもたくさん聞いてきたけど、それでも好きだったんですよ?」


 ゼダ様は「そうなのですね。そのお言葉を信じたいので信じます」と言いながら、ようやく安心したように口元を緩めた。その微笑みを見た私は『やっぱりゼダ様は、シオンの味方なのね』と嬉しくなる。


「ゼダ様。相談したいことがあるのですが……」


 周りに他の生徒がいないか私が辺りを見回していると、ゼダ様は「ご安心ください。今は、声が聞こえる範囲に人はいません」と断言した。


 そういえば、ゼダ様は天才と呼ばれるくらいすごい剣士だってシオンが言っていたわね。


 天才剣士にもなると、周囲に人がいるかいないかくらい分かるようだ。


「実は先ほど、シオン殿下から『このまま悪いウワサを否定せずに、王室に除名してもらうつもりだ』と聞いたんです。ゼダ様は、このことをご存じでしたか?」


 ゼダは少しだけ視線を下げた。


「シオン殿下から除名の件をはっきりと聞いたわけではありません。しかし、以前から『私が王族のままではリナリア嬢と一緒になれない』とは言っていたので、もしかするととは思っていました」

「そのことをゼダ様はどう思いますか?」


 まずはゼダ様の意見が聞きたかった。ゼダ様はシオンの味方だけど、シオンに何を求めているのかは分からない。


 ゼダ様は少しだけ考えるそぶりを見せた。


「護衛の立場からすれば、シオン殿下ほど優秀な方には、王になったローレル殿下を生涯支えていただきたいと思います。しかし……」

「しかし?」


「友の立場からすれば……シオンには第二王子という身分を捨てて、愛する人と幸せになってほしいと思ってしまう……」


 そう言ったゼダ様は、隙のない護衛ではなく、年相応の学園の生徒に見えた。


「ゼダ様のおっしゃるとおり、私もシオン殿下には幸せになってほしいです。だからこそ、シオン殿下の悪いウワサを消したい。それに、この国の未来のためにも、ローレル殿下もこのままではいけないと思っています」

「そう、ですね」


 ゼダ様は、私の言葉を噛みしめるように頷いた。


「リナリア嬢、私もそう思います。しかし、ローレル殿下は、すべてにおいて優秀すぎるのです。確かにシオン殿下への対応に問題がありますが、ローレル殿下が王にならないというのはこの国の損失だと、私も含めてすべての国民が思っていると思いますよ」


 ゼダ様の言いたいことは分かる。私だって、世の中は綺麗ごとばかりではなく、大勢の幸せのために、一人が犠牲になることがあることも知っている。


「でも、本当に王に相応しい方は、自分の弟を陥れようとするでしょうか? みんな、自分がシオン殿下の立場ではないから、ローレル殿下を讃えるのであって、ある日突然、ローレル殿下のターゲットがシオン殿下から、ゼダ様やゼダ様の大切な人に代わる可能性だってありますよ?」


 ゼダは黙り込んだ。


「ゼダ様。私は『ローレル殿下を王にしたくない』と言っているのではないのです。ただ、シオン殿下が心の底から幸せになれるような道を探したいのです。そして、ローレル殿下がシオン殿下にしていることは酷いことだと、ローレル殿下に反省してもらいたい」

「そんな道はあるのでしょうか?」


 私はゼダ様に「それを私と一緒に探していただけませんか?」とお願いした。


「なるほど、シオン殿下が子どものころにあなたに一目惚れした理由が、ようやく分かった気がします。あなたはまっすぐで正義感が強い、そして、とても優しい」

「そんなことは……」


「ありますよ。私もシオンの友として、シオンが幸せになれる道を探すお手伝いをさせてください」

「ありがとうございます!」


 私が握手をするために右手を出すと、ゼダ様は困った顔で両手を上げた。


「握手はやめましょう。あなたに触れるとシオンに殺されそうなので」


 私が「ゼダ様も冗談を言うんですね」と微笑むと、ゼダはなんとも言えない顔をした。

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