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32 正直に伝えました

 ローレル殿下から解放された私は、安堵のため息をついた。ゼダ様はローレル殿下を見送ってから、「大丈夫ですか?」と私を気遣ってくれる。


「はい、ありがとうございました」

「お礼ならシオン殿下に。リナリア嬢を探すように指示したのは殿下ですから」

「シオンが……」


 ゼダ様は「シオン殿下がサロンでお待ちです」と案内してくれた。


 サロンに入ると、シオンは扉の側で腕を組みながら佇んでいた。私の姿を見ると慌てて駆け寄る。


「大丈夫だった?」

「はい、でもどうして……?」


 どうしてシオンは、私がローレルに絡まれていると分かったんだろう?


 不思議に思っていると、いつもはサロンに入ってこないゼダ様が中に入り、静かに扉を閉めた。


「シオン殿下の予想通り、ローレル殿下がリナリア嬢に声をかけていました」

「やっぱり……」


 そう呟いたシオンの声は、怖いくらい冷たい。


「ローレルが私のふりをするときは、事前に私に出歩くなって言ってくるんだ。今回は嫌な予感がしたからゼダにお願いして本当に良かったよ」


 シオンはゼダ様のほうを見ず、私だけを見つめている。


「リナリア。ローレルに何かひどいことをされなかった?」

「あ、その、ローレル殿下に、私が二人の殿下を見分けることができるとバレてしまっているようです。ごめんなさい」

「どうしてリナリアが謝るの?」

「それは……。前にローレル殿下に『二人の王子を見分けられたら困る』というようなことを言われたんです。だから、私、ローレル殿下に目をつけられてしまったかも……」


 そうなれば、ローレル殿下に邪魔をされて、シオンの役に立つのが難しくなってしまうかもしれない。

 シオンは心配そうな顔をしながら「ローレルは他に何も言っていなかった?」と聞いてきた。


「いえ、特に何も」


 シオンがゼダ様を見ると、ゼダ様は困った表情を浮かべた。


「ゼダ、報告を」

「はい。ローレル殿下は、リナリア嬢に『こんなに怯えて。リナリアは可愛いね』と。無理やり抱きしめていましたし、その、リナリア嬢のふ、太ももに手を……」


 頬を少し赤く染めながら気まずそうにゼダ様が報告すると、シオンの顔から表情が消えた。


「潰す」


 シオンの上品な口元から、物騒な言葉が漏れる。


「シ、シオン?」


 私が戸惑いながら声をかけると、シオンはとたんに花がほころぶように微笑んだ。


「どうしたの?」


 さっきの言葉は聞き間違いなのかと思うくらいシオンは甘い声で答えてくれる。


「潰すって、何を?」


 シオンはニッコリと微笑んだまま答えてくれない。側ではゼダ様が深いため息をついている。


「ゼダ、席を外してくれ」

「はい」


 ゼダ様はシオンに向かって礼儀正しく頭を下げてから出て行った。二人きりになるとシオンはどこか切なそうに私を見つめている。その紫水晶のように美しい瞳に吸い込まれてしまいそう。


「リナリア」

「は、はい」


 何か言いたそうなシオンの表情は儚げで、つい見惚れてしまう。


「ローレルに抱きしめられたんだよね……どうだった?」

「どう、とは?」


 シオンの質問の意味が分からずつい質問で返してしまう。


 シオンは自分自身を抱き締めるような仕草をしながらうつむいた。


「その、ドキドキした?」


 伏し目がちにそう尋ねられて、シオンの色っぽさにドキドキしてしまう。


 今はそういう状況じゃないから! 気をしっかり持って、私‼


 シオンの質問に集中するために、私は目を閉じた。


「えっと……。ローレル殿下に抱きしめられてドキドキしたか、という質問ですよね?」


 見えていないけど正面から「うん」というシオンの声が聞こえてくる。視覚がなくなったことにより、シオンの色気には惑わされなくなったけど、その代わりにシオンの声の良さが際立っている。


 シオンって声も素敵なのよね。って、違う違う!


 私は一生懸命、先ほど起こったことを思い出した。ローレル殿下に手を繋がれ、スカートの上から太ももを触られた。その体温や感触を思い出すとゾクッと背筋に悪寒が走る。


「正直に言うと、気持ち悪かったです」


 シオンからは返事がない。『聞こえなかったのかな?』と思い、私はもう一度はっきりと伝えた。


「ローレル殿下に触れられると、すごく気持ち悪かったです。シオンだと大丈夫なんですけど……私、シオン以外の男性に触れられるとダメみたいです」

「シオン?」


 呼びかけても返事がないので、私が目を開くと、頬を真っ赤に染めたシオンと目が合った。


「……ずるいよ、リナリア」


 シオンは赤い頬を隠すように、自身の左手で顔を覆う。


「リナリアは、私の気持ちに気がついていないし、もし気がついたとしても応える気なんてないのに……。そんなことを言うなんて、本当にずるい……」

「シオン?」


 名前を呼ぶと拗(す)ねるように顔をそらされてしまう。


「私、何か気に障ることを言いましたか? だったらごめんなさい」

「……本当に気づいていないの?」

「え?」

「私がリナリアを愛しているってこと」


 そう告げたシオンの顔は強張っていた。いつもは優しそうに細められる瞳には必死さが浮かび、いつもなら上品に微笑んでいる口元はかすかに震えている。


 私は、もう認めるしかなかった。


 これは罰ゲームでも、お仕置きでも、ウソでも、私の勘違いでもない。


 馬車の中でシオンから語られたお茶会での初恋の話も、毎朝かかさずに贈ってくれるリナリアの花束も、その花束に込められた花言葉も、すべてがそうだと語っている。


 シオンは、私のことが好きなんだ。


 認めたとたんに私の全身が熱くなった。自分の心臓の音がうるさいくらい聞こえてくる。シオンは小さなため息をついた。


「ごめんね。本当にずるいのは私なんだ。リナリアに拒絶されたくなくて、サジェスの罰ゲームを利用して卑怯な方法で近づいた。君に少しでも触れてもらいたくてお仕置きを考えた。すぐにでも本当の恋人になりたかったけど、君に断られそうだったから、恋人のふりだとウソをついたんだ」


 おそるおそるシオンが私の頬に触れた。シオンの手のひらから伝わってくる体温は、とても心地好い。私の心臓の音がさらにうるさくなった。


「今も、リナリアが私にだけ触れられても大丈夫だって言ってくれたから、こうして真実を話しているんだ。だから、本当に私は卑怯でずるい男なんだ。でも……リナリアは私以外の男は無理なんだよね?」


 私が小さく頷くと、シオンはフワッと幸せそうに微笑んだ。


「だったら、もう私たちは結婚するしかないよね?」

「でも……」


 それは無理だという前に、シオンの人差し指が私の唇に優しく触れた。


「できるできないじゃなくて、リナリアはどうしたい? 私とずっと一緒にいたい?」


 そんなことは考えるまでもない。


「はい、私もシオンとずっと一緒に――」


 『いたいです』と最後まで言い終わる前に、シオンに抱きしめられた。シオンの温かさと香りに包まれて、幸せな気持ちで満たされていく。


「ありがとう、リナリア」


 耳元でシオンの声が聞こえた。


「私を見つけてくれて、そして、私を選んでくれて。本当にありがとう」

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