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31【ローレルSide】愚かな弟

 この国の第一王子として生まれた私は、弟のシオンが生まれるまで、自分の人生に少しの疑問も持たずに生きていた。


 私とシオンは、両親や乳母でさえ見分けがつかないほど外見が似ているのに、まったく違う生き物だった。


 私はシオンを見るたびに思った。


 ――シオンは、どうしてこんなに簡単なことができないのだろう。

 ――シオンは、どうしてもっとうまく立ち回れないのだろう。


 日々の疑問は、少しずつ私の中に不快感として積み重なっていく。


 周りの大人たちは私のことを『完璧な王子様』と褒めたたえる。完璧であるがゆえに、私にできないことはなかった。


 シオンはというと、すべてのことが最初はできなかった。しかし、大人たちはシオンに「それで良いのです。初めはできなくて当たり前です」と優しく語りかけている。


 何もできないシオンは、練習を繰り返し、少しずつできるようになっていった。できないことができるようになったときのシオンの幸せそうな顔を見て、私は初めて『自分は何か大切な感情を味わっていないのではないか?』と疑問に思った。


 完璧な私は努力なんてする必要がない。挫折や後悔なんて一生味わうこともない。でもそれは、できないことができるようになるという達成感を味わうことがないということでもあった。


 それに気がついたとき、私の心に小さな穴が開いた。


 成長と共に心の穴はどんどん大きくなり広がっていく。


 いつの日か、この穴は、私のすべてを飲み込んでしまうかもしれない。


 シオンさえいなければ、私は完璧のままだったのに。


 不快感から私はシオンのふりをして悪いことをするようになった。もちろん誰も気がつかない。私は、楽しいと同時にとてもつまらないと感じた。


 こんな子どもに騙される大人たちが愚かに見えて仕方がない。楽しくて、そして、つまらない日々。

 そんなある日、王宮で開かれたお茶会で、いつものようにシオンにイタズラの罪をなすりつけていると、小さな女の子に見抜かれた。


「今、その子が転んだのは、シオン殿下のせいじゃないわ。私、見ていたもの」


 真っすぐに私を見つめる瞳に、少しだけ動揺した。しかし、すぐに冷静になり、女の子を人気ひとけのないところへ連れて行き脅して解決した。


 何も問題はない。でも、少しだけ『面白い子だな』とは思った。そして、そんなつまらないことはすぐに忘れた。


 女の子のことを思い出したのは、学園に『ノース伯爵家の令嬢が入学した』と聞いたときだった。


 ノース……。アマリアス商会を運営している、あのノース家か。


 アマリアス商会の勢いはすさまじく、今はその名を知らない者がいないくらいだ。


 子どものころに出会ったあのお茶会の場で、ノース家の娘リナリアを脅すのではなく口説いていれば利用できたのにと少しだけ後悔した。


 後悔? 私が?


 後悔している自身に驚いたが、そのときはそれだけだった。しかし、不思議なことに弟のシオンがリナリアに執着していた。


 相変わらず我が弟は愚かだな。


 リナリアは、どこにでもいるような外見だし、突出して優秀なわけでもない。一度、群衆の中に紛れ込んでしまうと絶対に見つけられないような凡人だ。


 シオンは、リナリアを利用してノース家と繋がり、私と敵対でもするつもりか?


 確かにノース家の持つアマリアス商会は魅力的だが、王家を毛嫌いしているノース家と手を組めるとは思わない。


 シオン。もう少しうまく立ち回って、私を楽しませてよ。


 このまま一生、あまりにもつまらない日々が続くのなら、自分で楽しいことをしないといけなくなる。


 私は子どものころからずっと『初代王の再来』と言われていた。


 この国の初代国王は、各勢力が武力で争っている中、交渉だけで争いを終結させて一つの国へとまとめ上げた偉大な王だと言われている。


 だったら、私は武力を使わず交渉だけで、この国のすべてを壊してしまおうかな? 


 それくらいなら簡単にできそうだ。


 うん、そうしよう。私が学園を卒業するまでに面白いことが一つもおこらなければ、この国を壊そう。


 そう決めて、私は学園生活を送っていた。今年で卒業だが、未だに一つも面白いことが起こっていない。


 だから、私は自分から面白いことを探し始めた。今、一番面白そうなのは、リナリア・ノースだ。


 シオンと付き合っているらしいので、シオンの振りをして近づいた。


 リナリアの瞳を見てすぐに『二人の王子を見分けられている』と気がついた。なぜなら、リナリアの瞳には嫌悪が浮かんでいた。それは決して恋人に向けるものではない。


 私がローレルだと分かっていて、こんな態度を取られたのは初めてだ。


 ポッカリと空いた心の穴に、感じるはずのないかすかな痛みを感じた。


 リナリアと手を繋ぐと、リナリアはまるで不快なものに触わられたように顔を青くしている。今、私が私と分かった上で、気持ち悪がられているんだ。リナリアは、私のことが気持ち悪いんだ。


 試しにリナリアを抱きしめてみると、全力で嫌がられた。


 人って、私に媚びたり、私の機嫌をとったり、称賛したりする以外の行動もとるんだ! すごく、すごく面白いよ!


 リナリアは、二人の王子を見分けられることを必死に隠しているようで、私に何をされても耐えている。


 どこまで耐えるの?


 試しにスカートの上からリナリアの太ももに触れると、リナリアは小さく息を吸った。悲鳴をあげるのを耐えているらしい。


 そんなに私のことが嫌?


 今までされたことのない反応が新鮮で面白すぎて胸がときめく。


「こんなに怯えて。リナリアは可愛いね」


 この言葉は本心からだった。


 シオンがリナリアに執着する理由が、今、分かった。


 自分を見分けてくれる人間が、こんなにも嬉しいだなんて知らなかった。


 私もリナリアが欲しいよ。いつもみたいに、もらうね。シオン。


 私はニッコリと微笑んだ。

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