それから一週間が経ったけど、何も問題は起こらず、私にとって夢のように幸せな日々が続いていた。
初めてシオンが私に花束を贈ってくれた日から、途切れることなく、毎朝、花を贈ってくれている。
今朝もシオンは両手に抱えきれないほどのリナリアの花束を私に手渡した。
「ありがとうございます。今日もリナリアの花ですね。シオン、もしかして私の両親のマネをしているんですか?」
シオンは「どうだろうね?」と言いながらクスッと笑う。
一週間、ずっと一緒に登下校するうちに、シオンとはこれくらいの冗談は言い合えるようになっていた。
「マネでも嬉しいです」
花束は学園には持って行けないので、メイドに渡してから二人で馬車に乗り込み学園へと向かう。
馬車の中では、隣同士に座り手を繋ぐことが当たり前になっていた。シオンの美しい顔も見慣れたはずなのに、シオンの近くにいると未だにドキドキしてしまう。
むしろ、前よりひどくなっているかも……。
心臓の音が隣のシオンに聞こえないか心配していると、シオンは「そういえば」と口を開いた。
「今日は、放課後に用事があるから、この馬車を使って先に帰ってもらえるかな?」
「え? シオンの用事が終わるまで待ちますよ」
「それはダメ。今日はローレルに会わないといけないんだ。君をローレルに会わせたくない」
私もローレル殿下は怖いので会いたくない。シオンが不安そうに私を見つめている。
「私とリナリアが恋人関係なのは、ローレルも知っているから、学園内では決して一人にならないでね?」
「はい。ケイトと一緒にいるので大丈夫です。できるだけ教室から出ないようにして、放課後はどこにも行かず、すぐに帰ります」
ばったりローレル殿下に会ってしまったら、また何を言われるか分かったものじゃない。
シオンはその言葉を聞いて安心したようで「良かった」と微笑んだ。
そういう約束をしたので、それからの私は学園内で一人にならないように気をつけた。あっと言う間に放課後になり、教室をあとにしてケイトと一緒に馬車の待合室に向かって歩き出す。
その途中でケイトが「あ、忘れ物しちゃったわ。ちょっと待ってて、すぐに取ってくるから」と、小走りで今来た通路を戻っていった。
その背中に向かって私は「急がなくていいよー」と声をかけた。シオンには『一人にならないで』と言われたけど、ほんの数分くらいなら大丈夫だよね。
「おい」
背後から声をかけられ振り返ると、派手な赤髪の男子生徒が腕を組みながらこちらを睨みつけていた。
「サジェス……」
逃げるために走ったけど、すぐに追いつかれ左手首をつかまれた。
「逃げるな。お前に話がある!」
「痛いっ⁉ 離して!」
「うるさい、いいからこっちに来い!」
無理やり引っ張られ、
私がサジェスの腕を振り払おうとしてもびくともしない。
サジェスがようやく私の手を離したときには、つかまれていた箇所が赤くなっていた。私は左手首を自分の胸に抱えながらサジェスを睨みつけた。
「どうして私にこんなことをするの?」
「うっ」と一瞬言葉につまったサジェスは、視線をそらしながら「だから、話があるって言っただろう!」といらだっている。
「あなたが何を話したくて怒っているのか知らないけど、怒りたいのは私のほうよ! どうして嫌いな人に関わろうとするの? 私のことが嫌いなら関わらなかったらいいじゃない!」
それなのにサジェスは、事あるごとに関わってきて言葉で私を傷つける。
「そんなに、私がケイトの友達なのが気に入らないの?」
「ちがっ……! ちょっと落ち着け!」
サジェスにガシッと両肩を掴まれた。驚く私をサジェスが睨みつけてくる。
「あのな、お前、騙されてるから!」
「は?」
意味が分からずサジェスを見ると、サジェスは気まずそうに視線をそらした。
「だから、お前はシオン殿下に騙されているんだよ! 少し考えたら分かるだろう⁉ どうしてお前なんかがあのシオン殿下と付き合えると思うんだよ⁉」
「……ああ、そういうことね」
何を言うかと思えば、サジェスは当たり前のことを言ってきた。
「そんなの、言われなくても分かっているわ」
「だったら、どうしてっ⁉」
「どうして付き合っているかって?」
シオンの悪いウワサを消すために、恋人のふりをしていることは誰にも言えない。
「……別にいいじゃない」
「良くない!」
しっかりしろと言わんばかりにサジェスに両肩を揺すられた。その余りに真剣な表情に私は驚いてしまう。
「ああ、そっか。もしかして、シオン殿下が、私を利用してケイトを狙っていると思っているの? それなら心配しなくて大丈夫よ」
「そうじゃなくて! お前、殿下に弄(もてあそ)ばれているんだぞ⁉」
興奮したサジェスにいくら『付き合っている』と説明しても信じてもらえそうにない。
まぁ、本当には付き合っていないからね。
私はため息をつくと、サジェスが信じそうな言いわけを考え始めた。
「うーん、そうね。あそび、よ」
「はぁ⁉」
怒るサジェスに私は、うんうんと適当に頷いて見せる。
「だから、私がシオン殿下にあそんでもらっているの。お互いが合意してあそびで付き合っているの。これでいい?」
サジェスが琥珀色の瞳を大きく見開いている。なぜか傷ついたような顔に見えるのが不思議だった。
サジェスに掴まれた私の両肩にさらに力が込められる。
「痛いわ! 離して」
「……嫌だ」
突き飛ばされるような衝撃を感じて私は目を閉じた。気がつけば、私は休憩所のテーブルの上に押し倒されている。
私の両肩を掴んでいたサジェスの手は、いつの間にか私の両手首を押さえつけていた。
「ちょっと⁉ 何⁉」
「何って……。お前、男に弄(もてあそ)ばれたいんだろ?」
私に覆いかぶさるように、サジェスはグッと顔を近づけてくる。
「……だったら、シオン殿下じゃなくて、俺が相手でも良くね?」
なぜかサジェスは泣きそうな顔で、声を震わせながらそんなことを言ってきた。