俺はすぐに「違う!」と叫んだが、友達たちはどこかあきれたような目を向けてくる。
「いや、違わないって。ということは、さっきの罰ゲームの話も、サジェスがわざと負けて勢いでリナリア嬢に告白するつもりだったのか?」
「ああ、なるほど……って、それはやめとけ! 絶対に成功しないぞ⁉ サジェスは、顔が良くてすごくモテるのに中身は残念なやつだったんだなぁ。なんか俺、お前に親近感が湧いてきたわ」
「俺も。サジェスは、モテる上に美少女の妹ケイトちゃんがいるから勝ち組すぎて、ときどき無性に殴りたい衝動にかられていたんだよなー。でも、これからはお前ともっと仲良くなれそうだ」
アハハと笑い飛ばされて、怒りで全身が震えた。俺が何かを言う前に、今まで黙って聞いていた友達にポンッと肩を叩かれる。
「サジェス。リナリア嬢に変にからむのはやめたほうがいいよ。まさか、酷いことを言ったり、相手が嫌がったりすることはしていないよね?」
俺が黙り込むと「もうやってしまったあとか」とため息をつかれた。
「だったら、すぐにリナリア嬢に今までのことを謝るべきだよ。俺は子どものころ、幼馴染の女の子を好きになって、気を引きたくてしつこくからかっていたら嫌われてしまって……。学園で久しぶりに再会したけど、未だに目すら合わせてもらえないんだ。その子、昔から可愛かったけど、成長してもっと可愛くなってて……。俺は、あの時のことをやり直せるなら、本当にやり直したいよ!」
友達は真剣な顔で「サジェスは、リナリア嬢に嫌われたいの?」と聞いてきた。
リナリアに目も合わせてもらえなくなる。そう考えるとすぐに『嫌だ』という答えが出た。
俺が黙り込んでいると、さっきまで笑っていた友達もいつの間にか笑うのをやめている。
「うーん。サジェスは顔が良いから、今まで何もしなくても女のほうが寄ってきたんだろうな。女に囲まれても嫌そうにしていたから、女好きって感じでもないし」
「ああ、なるほど。それまで女を鬱陶しいと思っていたのに、リナリア嬢に出会って初めて人を好きになって、どうしたらいいか分からないって感じか?」
「まぁ、それにしてもさっきの罰ゲーム発言はヤバかったけどね」
「さすがに、あれはリナリアちゃんが可哀想すぎるだろ」
気がつけば俺は、リナリアを馴れ馴れしく『リナリアちゃん』と呼んだ友達の襟首をつかんでいた。
「サジェス⁉ 急にどうした?」
「モブ女を馴れ馴れしくちゃん付けで呼ぶな!」
友達は「お前……『ケイトちゃん』呼びは許せて『リナリアちゃん』呼びは許せないとかガチじゃん」と驚いている。
「違う!」
「違わないって。でもな、サジェス。お前がリナリア嬢にやろうとしたことは、マジで最低なんだぞ? お前がリナリア嬢にしていることを、別の男がお前の妹にしたら、どんな気分よ?」
ケイトが他の男に罵られたり、罰ゲームでウソの告白をされたりする姿を想像したら血の気が引いた。
「さっさとリナリア嬢に今までの態度を謝ってこい、な?」
「それか、もう一生リナリア嬢に近づかないかだな」
リナリアに二度と近づかないなんて絶対に嫌だった。だからといって、リナリアに今までのことを謝るのも嫌だ。それ以前に、もういろんなことが間違っている。
「……違う! 俺はモブ女のことなんて好きじゃない!」
友達たちは、またお互いに顔を見合わせた。
「まず、そこを認めないのかよっ⁉」
「でもさ、サジェスは、今までずっとリナリア嬢のことをモブ女呼ばわりしてきたってことだろう? 謝ったところで、もう手遅れかもな」
「初恋って、叶わないよねぇ……」
盛大にため息をつかれて、その場はお開きになった。
その日から、俺はよく分からない感情に苦しめられた。この苦しみの原因が、リナリアだということだけは分かっている。
あんなやつのことなんて好きじゃねーし!
それなのに気になって仕方がない。
ああ、もう! 俺はどうしたらいいんだよ⁉
悩んだ末に、リナリアを騙して泣かせたという男に仕返しをして、リナリアに恩を売ってやろうと思いついた。
そうすれば、モブ女も少しは俺に感謝するよな!
リナリアに感謝されればこの苦しみも薄れるかもしれない。そう思っていたのに、結局リナリアを怒らせてしまい「あなたなんて大っ嫌い」と言われてしまった。
くそっ!
苛立ちながら過ごしていると、リナリアと第二王子シオンがイチャつきながら馬車から降りてくる姿を目撃した。何かの間違いだと思いたかったが、すぐに二人が付き合っていると学園中のウワサになった。
昼休みにいつものように仲の良い男子生徒達と集まっていると、みんながみんな、憐れむような目を俺に向けてくる。
「サジェス、その、大丈夫か?」
「何がだよ」
「そりゃ、なぁ?」
「まぁ、シオン殿下が相手じゃ俺らには勝ち目ないもんな」
その言葉で、今朝見た光景が俺の頭をよぎった。どこかうっとりとした顔でシオン殿下を見つめるリナリア。
気がつけば、俺は怒りで叫んでしまっていた。
「あのバカ女っ⁉ どう考えてもおかしいだろう⁉ どうしてモブ女が王子と付き合えると思うんだよ⁉」
「サジェス……。まぁ、これでも食って落ち着け、な?」
友達が棒状のお菓子を無理やり口に突っ込んでこようとする。
「いらん! やめろ!」
さっきから、周囲の励ますような優しさに腹が立って仕方がない。
「アイツは絶対、シオン殿下に騙されている!」
そうじゃなければおかしいと、俺は本気で思った。