私が一人で呼び出された場所に向かうと、噴水の前で目立つ赤髪の男子生徒が腕を組みながら仁王立ちしていた。サジェスは、私に気がつくなり「遅いぞ」と文句を言う。
「……私になんの用?」
あまり近づきすぎないように警戒しながら尋ねると、サジェスは黙り込んだ。しばらく待っていたけど何も言わない。
「話がないなら、私、帰るけど?」
「ちょっと待て。話があるから呼んだんだよ!」
いちいち偉そうな物言いにイラッとする。
「……お前、誰に騙されたんだよ?」
「は?」
「ほら、前に騙されたって、泣いていただろう⁉」
そういえば、シオン殿下に罰ゲームで騙されていると勘違いして泣いているところをサジェスに見られたんだっけ。
そんなこと、私はすっかり忘れていたけど、サジェスは覚えていたのね。
「誰に騙されたんだ?」
「あれは私の勘違いだったの。騙されていなかったわ」
「はぁ⁉」
なぜか怒りだしたサジェスに、私は「話はそれだけ?」と尋ねた。
「それだけって……いや、まぁ……」
「じゃあ、帰るわね」
サジェスに背を向けると、後ろから乱暴に右肩をつかまれる。
「いたっ! 何?」
「あ、悪い……って、そんな強くつかんでいないだろう⁉」
「あんた、男女の力の差がどれほどあると思ってんの⁉ 妹がいるのにそんなことも分からないの?」
カッと顔を赤くしたサジェスは「お前とケイトを一緒にするな! お前みたいなモブが女扱いしてもらえると思うなよ!」と怒鳴った。
どうして、こんな奴に、ここまで言われないといけないの?
悔しくて腹がたちすぎて涙が滲んだ。それを見たサジェスが、今さら言い過ぎたと気がついたのか慌てている。
「あ、その、悪い。俺」
「……いるわ」
私は涙をこらえながら、サジェスの言葉をさえぎった。
「私のこと、ちゃんと女性扱いしてくれる人いるから。その人は、私のことを可愛いって言ってくれるし、いつも丁寧にエスコートしてくれる」
私の頭の中には、シオン殿下が浮かんでいた。優しい殿下は差別せず、私のことも女性扱いしてくれている。
「……誰だ、それ」
サジェスに低い声で問い詰められて、私はハッと我に返った。
シオン殿下のことは、今ここで言うべきことじゃない。
「あなたには関係ない。ケイトに手紙を渡すのはやめて。もう二度と私に関わらないで!」
そう言い捨てると、私はサジェスに背を向けて全速力で走った。
「ちょっ、待て!」
後ろでサジェスの声が聞こえたけど振り返らなかった。捕まったら何をされるか分からない。
必死に走りノース伯爵家の馬車に急いで乗り込んだ。驚く御者に「早く出して!」とお願いする。
「は、はい! リナリアお嬢様」
馬車がゆっくりと動き出した。
私は走って乱れた呼吸を整えるために何度も深呼吸をする。
結局、サジェスは何が言いたかったのかしら?
サジェスの目的は分からなかったけど、彼が最低な男だと言うことは再確認できたし、『二度と関わらないで』と言いたいことが言えたので良しとする。
それにしても、サジェスといい、ローレルといい、派手な髪色の男性にはまともな人がいないんじゃないの?
そう思ったけど『あ、シオン殿下はまともだった』とすぐに考えを改めた。
やっぱり、大切なのは髪の色ではなく、その人の人間性よね。
サジェスには近づかなければ良いけど、問題はローレル殿下だった。シオン殿下の悪いウワサを流すローレル殿下をこのままにはしておけない。それに、ローレル殿下が言っていた『利用され捨てられたノース伯爵家』の意味もまだ調べがついていない。
お父様とお母様なら何か知っているかもしれない。でも、両親は領地で暮らしていて王都の邸宅にはときどきしか遊びに来ない。学園を休んで領地に帰るわけにはいかないし……あっ、そっか手紙!
私は家に帰ると、急いで両親宛てに手紙を書いた。