王族や貴族の令息令嬢しか通うことの許されない『王立フリティラリア学園』。
ノース伯爵家の一人娘として生まれた私・リナリアも、領地から王都にあるタウンハウスに引っ越し、今年からこの学園に生徒として通っていた。
現在、二人の王子達も通っている由緒あるこの学園では、今、男子生徒の間でカードゲームが流行っている。
学園の庭園内にある休息場(ガゼボ)をチラリと覗いた私は、楽しそうな男子生徒を見てため息をついた。
庭園の外れにあるこの休息場(ガゼボ)までカードゲームをする生徒に使われているなんて……。私達はいったいどこでお弁当を食べればいいのよ?
学園内には食堂もあるけど、会いたくない人がいるので私は行きたくない。だから、食堂に行かなくてもいいように、毎日タウンハウスの料理人にお弁当を作ってもらっていた。
だけど、今日はそのお弁当を食べる場所を見つけることができない。
私は別行動しながら食べる場所を探してくれている友達の顔を思い浮かべた。
ケイトは、空いている場所を見つけられたかな?
お弁当仲間のケイトと私は、同じ伯爵家の令嬢ということもあり、入学してすぐに仲良くなった。それからずっと一緒にお弁当を食べている。
このままここにいても仕方がないので、私が他の場所を探すために歩き出すと、背後の休息場(ガゼボ)から歓声が上がった。
「やった、俺の勝ちだ!」
それは、聞き覚えのある男子生徒の声だった。
もしかして……。私は木の後ろに隠れながら、もう一度休憩所をのぞいた。
そこでは男子生徒数人が、テーブルを取り囲んでいる。その中に目を引く赤い髪が見えて私はゾッとした。あれほど鮮やかな赤髪の男子生徒は、ケイトの兄サジェスしかいない。
一つ学年が上のサジェスは、同じ学年の男子生徒達とカードゲームで盛り上がっていて、私には気がついていない。
良かった。サジェスに見つかる前にここから早く離れないと。
優しいケイトとは違い、サジェスはいつも私に嫌味を言ってくる。可愛い自慢の妹が地味な私と仲が良いことが気に入らないらしい。
だからサジェスは、私に会うたびに「俺の妹が、どうしてこんなモブ女と友達なんだ?」と言いながら嫌そうな顔をする。
サジェスが言うモブとは、カードゲームに使われている用語で『その他大勢の人達』という意味だった。要するに私は主役にはなれないような外見で、数多くいる脇役の一人ということ。
伯爵令嬢なのにモブ扱い? と文句を言いたいところだけど、王族や公爵令息・令嬢も通うこの学園では、伯爵令嬢の地位なんてあってないようなもの。
それに、サジェスは派手な赤髪をしているし、ケイトのストロベリーブロンドはとても綺麗で珍しい。兄妹そろって綺麗な琥珀色の瞳だ。ちなみに、年の離れたケイトのもう一人の兄も琥珀色の瞳に、見事な赤髪だとケイトが言っていた。
そんな彼らに比べて、私は一般的なブラウンの髪と瞳。確かに自分でもモブっぽいと思ってしまう。
でも、そのことを他人にとやかく言われる筋合いはない。
ケイトもケイトの一番上のお兄様もとても優しいのに、どうして次男のサジェスだけあんななの?
いつも私に酷い態度を取るサジェスのことを好きになれるはずがない。
それなのに、私の父は何を勘違いしたのか、以前「サジェスくんと結婚して、彼を婿養子に迎えるのはどうだろう?」と言ってきた。
「いやぁ⁉」
私は悲鳴を上げながら涙目で断固拒否した。それ以来、父がその話をすることはない。
学年が違うサジェスとは滅多に会うことがないけど、前に学園内の食堂で出くわしてしまったことがある。そのときも、モブやら地味女やら散々嫌味を言われた。それ以来、私は一度も食堂を使っていない。
食堂に行かない私に合わせて、ケイトもお弁当派になってくれた。でも、ケイトと仲良くお弁当を食べようとしているところをサジェスに見つかったら、また何を言われるか……。
カードゲームに夢中になっているサジェスは、まだ私に気がついていない。今のうちにその場を後にしようとしたとき、サジェスの楽しそうな声が聞こえた。
「次は賭けをしよう! 負けたやつは罰ゲームだ!」
学園内で賭け事は禁止されているのに。
「次に負けたやつは、そうだな……モブ女を落とそう!」
『モブ女』という言葉に私は思わず足を止めた。
サジェスと一緒にカードゲームをしている男子生徒が「どういうことだ?」と戸惑っている。その質問に、サジェスは嫌味たっぷりな声で答えた。
「モブのくせに俺の妹に近づく嫌な女がいるんだ。そいつをウソで口説き落とすんだよ。愛されていると勘違いさせて、こちらに好意を持ったところで盛大に振る。カードゲームに負けたやつは興味のないモブ女を口説き落とさないといけない。そういう罰ゲームだ」
サジェスの言葉に、周囲にいた男子生徒達がなんて答えたのか私は分からなかった。それくらい瞬時に頭に血がのぼった。私の身体の中で、どす黒い怒りが渦巻いている。
それからどこをどう歩いたのか分からない。私が我に返ると、ケイトが心配そうな顔でこちらを見ていた。
「リナリア、どうしたの? 何かあった?」
琥珀色の美しい瞳が不安そうに揺れている。
私はついさっき聞いたひどい話をしようと、口を開いたけどすぐに閉じた。
サジェスのことを言ったら、またケイトを悲しませてしまう。こういうことが起こるたびに、ケイトは泣きそうな顔をしながら無礼な兄の代わりに「ごめんなさい」と何度も謝ってくれる。ケイトは何も悪くないのに。
気持ちを落ち着かせるために大きく深呼吸したあとで、私はケイトに微笑みかけた。
「ううん、なんでもないわ。ただ、空いている場所がなかったからどうしようかなって」
ケイトは、パァと顔を輝かせると「良かった。あっちが空いていたの。行きましょう」と嬉しそうに私の手を引いた。
これ以上、サジェスのことでケイトに心配をかけるわけにはいかない。
私は先ほどサジェスが提案した最低な罰ゲームのことを誰にも言わないと心に決めた。でも、このまま大人しくバカにされるつもりはない。
もし誰かが罰ゲームで私を口説こうとしてきたら、思いっきり睨みつけて足を踏みつけてやる!
最低なことをするのだから、それくらいはされても仕方がないと思う。
私はそう決心してから、何も知らないケイトの横でお弁当を食べ始めた。