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第15話「再発」

 大楠異能学園から北西に40キロほど離れた場所に、アズマトロン加速発電施設は存在していた。本体である加速リングの直径は10キロ、その内側は謎の『虚空』となっている。

 リング部の西側に、発電施設とは独立して『JIC-TEX』中性子実験施設が存在する。アズマトロンから中性子を取り出してビーム応用の材質理工学が研究されている。だがいまはその実験設備が全て搬出されて、巨大な貯水槽を設置する突貫工事が進んでいる。

 アズマトロン内を高速で流れる中性子をすべて放出し、ここで軽水・重水・ホウ素水の中を通過させて減速、最後は黒鉛に吸収させて熱として発散させるのだ。これでアズマトロンは理論上停止するはずなのだ。あとは『虚空』からの干渉がここまで及ぶかどうかだ。

「課長さん!」

 資材の搬入作業を指示していた、研究員の吾妻多久真が走って来た。

「ダナイトタイルが来ましたけど。ここに耐ES波の障壁施工が要りますか?」

 『ダナイト』と呼ばれる深火山岩。日本ではかんらん岩と呼ばれる鉱物は、唯一ES波を遮断する効果が確認されている。一楠異能学園の特殊能力自習室『コンパートメント』も壁にダナイト使った建材が使われている。

「図面はその使用になっています」

 大邦グループの関連会社である邦和建設の課長は、図面を指して答えた。

「もうタンクの組み立てが始まってるから、これから壁際に足場なんか組めませんよ。それにここES波は基準以下です。あれは中央コントロールの遮蔽に使った方がいい」

「いや、ちょっとそれは……」

 邦和建設よりも、研究所の方が圧倒的に立場は上だった。だが現場の課長ではこんな重大な判断ができない。

「あんなものムダだし貼ってる時間なんかないよ。所長と話すから、ちょっとあれ下ろすの待ってて」



 今日も雨で、異能学園寮の窓からは濡れそぼった木の葉しか見えない。6月の中旬、梅雨明けはまだひと月近くも先のことだ。

 あたしは中間服セーラーの上だけを着て、今日もまた悩んでいた。

もう、タイツでいられる気温じゃない。先輩が薄い黒パンストをくれたけど、すぐ破れそうで恐くてはけない。

「毎朝なにやってんのよ」

 今日も向坂に怒られてしまう。

「もうニーハイでいいでしょ!」

「うん……」

 あたしとしてはよくなかった。スカートの下がパンツだけなんて、死ぬほど不安。それに『よけいなもの』のせいでパンツは女子のようにすっきりしない。だからと言ってスカートの下にジャージなんて嫌だし、お姉さんたちに怒られる。

 高等科のひとたちからすると、あたしたち中等科は弟や妹みたいなものでいろいろ面倒をみてくれる。そしてだらしがないとすぐ注意される。

 結局、向坂がマジ怒りするまえに黒のニーハイをはいて部屋を出た。

「食堂もジャージOKにしてくれればいいのに……」

 体育用ジャージは支給されているけど、ジャージが許されているのは私室とシャワーやトイレへの行き帰りだけ。

「あんた女子の制服着たかったんじゃないの?」

「そうだけどさ……」

 そう言う向坂の制服は、いつのまにかあちこちにフリルやレースがついている。訓練で特殊能力が強化されて、自分で制服に『生やして』いるそうだ。鉄のトゲトゲを生やすとか、危険でない限りは特殊能力なら何をやってもいいらしい。

 そんなことができるのはちょっとうらやましかったけど、あたしは普通のセーラー服でいい。

「おはよー」

 食堂で、中2集団のテーブルにつく。須田さんの後に中2の有原友梨さんが入って来て、有原さんはすぐグリーンになった。だからいま中2はひとり増えて8人。あともうひとり、まだレッド寮に隔離の男子がいる。

「大友さんは、まだこっち来ないのかな?」

 大友裕喜という名前で、アズマトロンの全校説明会で挨拶だけはした。そのときに性同一性症候群の説明をしたら嫌な顔をされた。特殊能力訓練で会ったときにも、何だか嫌なことを言われた。

 土曜日で、朝食の後はミーティング。大友裕喜もレッド寮から出てきて、中2のグループに加わった。

「今日は屋外が使えないので、午後からの特殊能力訓練は全員体育館になります。講習室とか使いたい人、いる?」

 梓さんが能力系ごとの場所割りを説明する。

「中等科、3年は創造と消滅系の指導受けて、2年は強化と操作。それと、相楽」

「はい」

「指導の先生2時にならないと手が空かないから、それまでほかのみんなと一緒」

「はい」

 あたしは相変わらず能力『不明』のまま。不明と言うよりほとんど何もできない。

 大友があたしを見て『にやっ』と笑った。いやな感じ。前の中学であたしをいじめていたヤツらと同じ雰囲気で、最初に会ったときから好きになれない。


 今日の検査は『直感・精神』系のメニューで、2回目だったけどまた全部バツ。ここへ来た時にはできた精神干渉までESレベル1(通常者並)に下がっている。こんなじゃもう、特殊能力者とは言えない。

『能力なくなったら……ここも、追い出されるのかな?」

 体育館に向かってとぼとぼ歩きながら、そんなことを考えたら泣けてきた。体育館の前には来たけど、扉を開けたいとも思わなかったし手も動かない。

「何もできないんじゃ……じゃまなだけだし」

 体育館の軒下を通って、プールに向かってのろのろ歩く。そこでも女子が何人かいて、たぶん水を操るトレーニングをしている。

 プールの水がリズムを取って波打ったり、ゼリーみたいに片方に盛り上がったまま止まる様子を見ていた。もう寮の部屋に引きこもりたい気持ちだけど、そんなことしたらたぶん向坂に感知されて怒られる。

 仕方ないので、来たときと反対側の軒下を通って体育館に入ろうと思った。こっちなら横の小ドアから入れる。軒下の真ん中あたりまで来たとき、ドアが開いて誰か出てきた。

 大友だった。横を通って入ろうと思ったら、前をふさがれた。

「なにウロウロしてるんだよ」

「プールの方、見てきたの」

「お前、そっちの能力系じゃないだろ。この無能力」

 カチンときた。でも言い返せない、言い返すともっとからまれる。

「中に入るの。通して」

 大友はドアを閉めて、足をひらいてあたしの前を塞いだ。

「お前みたいな無能力のオカマが何するんだよ」

 『オカマ』で、体の中が煮えたぎった。

「なに睨んでるんだよ。入りたいなら入れよ」

「そこ、どいて」

「俺に、雨にあたれって言う気か?」

 悔しくて泣きそうになったけど、大友をよけるのに軒下から雨の中に出た。そこでいきなり突き飛ばされた。

「足踏むなよ、このオカマ!」

 よろけて、転びそうになって地面に手をついた。

「踏んでないよ!」

 体育館の軒から落ちてくる水滴が体中にボタボタあたる。涙が出てきたけど、歯を食いしばって耐えた。

「ヘロヘロ歩いてるからだ、このオカマ!」

「オカマって……言うな」

「男で女の格好してるやつ、ほかに何て呼ぶんだよ」

 無視して、立ち上がってドアに行こうとしたらまた突き飛ばされた。また、前の中学と同じだ。何もしていないのに、言いがかりをつけられていじめられる。

「あたしが、何したって言うのよ」

「気持ち悪いんだよ! お前は!」

 言うことまであいつらと同じだ。下を向くと、雨にまじって涙がポタポタ落ちた。顔を上げると、大友はあたしに背を向けて体育館に入ろうとしていた。

「待てよ」

 意識している女の子声じゃなくて、しわがれて変に低い声が出た。大友がこっちを向いた。

「こんなことしかできないのかよ。クズ野郎」

「あー。オカマが本性出したな」

「特殊能力あるなら、それ使ってみろよ」

 あたしの中で、別の何かが喋っている。鏡の中にいる『あいつ』に違いない。

「おめーみたいなモヤシオカマになんか、もったいねーよ」

「自信がないんだね」

 かすれた笑い声、あたしの口から出ていた。大友の顔がゆがむ。

「痛い目にあって、後悔するぞ」

「させてみろよ……できるなら」

 やっと気がついた、この声はやっぱり高幡直樹だ。

 大友は大きく息を吸って、両手を突き出しながらあたしに向かって吐きかけた。見えた。息は関係ない、両手から放たれている放電のような薄い光。ネオさんのと似ているけどぜんぜん弱い。

 思念の片手でからめ取って、投げ返した。

「あっ!」

 大友が声を出して後ろによろけた。

「どうかしたの?」

 顔に落ちてくる水滴がウザい、そう思いながら額を拭った。気がつくと声が相楽瑞貴に戻っている。何となくわかった。『あいつ』は、あたしだった。

『ごめんね。君も、あたしだよね』

 あたしは、胸の中で高幡直樹に謝った。

「おまえ……いまなにやった?」

 大友が顔を真っ赤にして言った。

「知らないわよ。ねえ、はやく何かやって見せてよ」

 相楽瑞貴と高幡直樹がもう一度ひとつになって、あたしは少しだけ邪悪になった。

「うおーっ!」

 大友が叫んだ。できることはひとつだけらしい。またからめ取って、今度は気合いをこめて投げ返した。

「がっ!」

 大友が後ろ向きに飛んでドアにぶつかった。後頭部をぶつけたので派手な音が響く。

 このあとどうなるのかは特殊能力を使わなくても予想ができた。だからあたしは、そのまま雨に打たれながら待っていた。


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