給食についてくる牛乳を豆乳にしてもらった。味は好きじゃないけど豆乳には女性ホルモンと同じ働きがあるって教えられたから。そしてバストアップのためにタンパク質が多い物を食べる、糖質は減らす。だからパンは1個にしてゆでタマゴをふたつ。
生徒が少ないから、頼めば給食の内容をちょっと変えるのはすぐにやってくれる。
「おい相楽。お前きのう、新入生の面接やったんだって?」
ゆでタマゴの殻をむいていたら3年生に話しかけられた。あたしと梓さんしか立ち会っていなかったのに、こんな噂はすぐ広まる。
「梓さんの助手で、ちょっとお話ししただけです」
「中2の子?」
あたしの周囲に人がきができる。ヒナが向かいで嫌そうにしている。
「高等科の、1年でした」
「男子?」
「いや、男子寮には来てない。レッドか?」
「女子寮も来てないよ。どっちだった?」
聞かれたけど、言っていいのかどうか。でも、どうせそのうちわかっちゃうことだ。
「あの。あたしの……逆、です」
一瞬みんなが黙った。
「え? 逆って……体が女子で? 男?」
「はい」
女子がみんな悲鳴を上げた。でも、何となく嬉しそうな感じ。
「寮、どっち入るんだ?」
「相楽が女子寮だから……男子寮?」
「ええ? だって、体は女じゃん。やべーよ!」
あたしはほったらかしの話になったので、急いで食べてトレーを下げに行った。ザワザワしていた食堂が急に静かになったと思ったら、梓さんが入ってきた。
「相楽、ちょっと来て。すぐ終わるから」
「はい」
梓さんについていくと、レッド寮へ行く渡り廊下だった。
「須田さん……ですか?」
「あなたに謝りたいんだって」
なにか、謝られるようなことがあっただろうか。IDカードで開ける頑丈なドアを通って、そこで梓さんは足を止めた。
「この間まで相楽が入ってた部屋よ。私はここで待ってるから」
「あの……大丈夫、ですか?」
昨日のあれを見ちゃったら誰だって恐い。
「自分より弱い相手に乱暴するヤツじゃないと思うよ」
あたしはスカートの前をちょっと払ってひだを整えて、タイも引っ張って直して。ちょっと髪もなでつけた。
「なんか……すっかり女の子の動きになったわね」
梓さんに言われた。
「そう……ですか?」
自分でも何をやってるのかよくわからなかったけど、向坂の動きをずっと見習っていたから自然にこうなる。
「部屋……入っちゃって、いいんですか?」
基本、学校の職員以外はレッド生の部屋には入れないことになっている。
「5分だけ。早く行って」
背中を押された。
「あの……相楽です。お、はようございます」
ドアをノックすると、制服パンツに白シャツを来たネネさんがドアを開けた。
「呼んじゃってごめん」
ネネさんは脇によけて、中に入るように小さく手招きした。昨日の、怒ったノラ猫みたいな雰囲気はどこにもない。
「梓さんに許可はもらってるから」
「あ……聞いて、ます」
もともと何もない部屋だから、あたしがいたときと変わりがない。ハンガーにかかっている制服がセーラー服じゃなくてブレザーにかわっただけ。机には真新しい教科書が積み上がっている。
「ここ……あたしが、使ってました」
「あ。そうなんだ」
ネネさんは、ドアは開けたまま戻って来た。
「ドアは閉めるなって言われた」
それから、あたしの前で頭を下げた。
「ごめん。昨日、頭おかしいなんて言って。悪かった」
「あ、あ……あの、別に。気に、してません」
「少しだけ。話し、いいかな?」
「5分だけ、です」
ネネさんは頷いて、あたしの手をとってベッドに座らせた。格好は男子だけど、やっぱりまだ女子に見える。
「あ……名前って、どうしました?」
昨日、あたしは面接室を出たところで帰された。
「名前のひと文字だけ変えて『ネオ』にした。最後の字、雄々しいって字に……あれこれ考えたけど、名前呼ばれて自分でわからないんじゃ意味ないからな。相楽は、ぜんぜん関係ない名前で大丈夫だったの?」
「男でも女でもない名前考えて。自分の中ではすっとこの名前でしたから」
ネネさん……じゃなくてネオさんの後ろにある洗面台の鏡、あそこにはまだ『あれ』がいるのだろうか。恐いので見ないようにした。
気がついたらネオさんの視線があたしの脚にむいてて、ちょっと恥ずかしくなってスカートの裾を押さえた。
体重が増えないから、まだあたしの脚は骨張っていて形が悪い。それに細すぎるから、タイツがたるんで足首のところにシワがよっていた。
「いま……どんな感じですか? 男子の、制服……」
聞くと、ネオさんは椅子に座ったままで背をのばした。シャツが思いっきり盛り上がる、ボタンの隙間から水色のブラがチラ見えした。
「納まりきらないんだよな。思いっきりキツいブラするか、ちょっと困ってる……」
ネオさんは胸元に指をやって笑った。かわいいけど、やっぱりどこか笑顔は暗い。
「相楽と体を取り替えられたら、手っ取り早いんだけどな」
「あ……」
一瞬あたしもそう思った。でもそれで家に帰ったら、母は私が誰だかわからないだろう。
「特殊能力ってやつで体を変えられるか。俺も挑戦してみる」
「はい……ネオさんの、能力って何の系統ですか?」
あの放電みたいな激しい力にどんな効果があるのか。
「自分でもわからない。ケンカの時はアレでぶん殴ってたけど」
「え?」
それは、ものすごい特殊能力の無駄遣いな気がする。
何か、頭の中に気配が伝わってきた。5分たったと梓さんが知らせたのだろう。
「はやく、グリーンになって出てきてください」
「そうする。なあ……もし二人で体を変えられたら。お前、俺の嫁になれ」
「へ?」
思わず変な声が出てしまった。
「よ……嫁って……」
「俺の力かわして飛び込んでくるなんて、お前はけっこう凄いよ。今までケンカで俺に触れた奴はいなかったんだ。ほかの男なんかにもったいない」
一瞬考えて、やっぱり意味はそれしかないって思った。
「あの……あの……それ。あたし……もしかして。告……られて、るんですか?」
「そうだよ」
息が止まって、顔が思いっきり熱くなった。でもどうしたらいいのかわからない。
「話しはこれだけ」
ネオさんはそう言うと、あたしの手を取ってドアまで連れて行ってくれた。
「相楽、何かあったの?」
梓さんに声をかけられるまで、廊下で麻痺していた。
「あ……いえ……」
『いま……もし、これで。お付き合い、したら。あたしって……彼女? 彼氏? どっちになるのかな?』
まだOKもごめんなさいも言ってないけど。これからどうしたらいいのか、頭の中が渦巻きになっていた。