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第11話「束縛」

 寮の食堂が重苦しい空気に包まれていたころ。相楽瑞貴と向坂陽奈の能力測定は、休憩を挟んで3時間近く続けられていた。非常に手間取ったわりに、研究室が得られたものはまだ少ない。それは瑞貴も向坂も、自分の能力も使い方も理解していないからだった。

 1時間以上もいろいろな映像を次々に見せられて、その時の反応を測られて。また別の映像を見ながら、今度は特殊能力を使おうとしてみる。向坂は『何か』やったらしいが、瑞貴は何もできなかった。

「できなかったら、できないでいいから」

 それから今度は、向坂と手を繋いでまた映像を見た。ある一瞬、瑞貴は映像から何かを感じた。動画が次の動画に切り替わる一瞬、別の映像が見えたような気がした。

 モニターの向こうにいる大学の人たちが声を上げて、それから何かを話し合っている。実験終了を伝えられたとき、瑞貴はほっとしたと同時に重い疲労感を感じた。

 実験が終わると、研究室の大学生と一緒に大学の学食に向かった。

「教授が出してくれるから、何でも好きな物食べていいよ」

 そう言われたが、瑞貴はディズプレイに並んだメニューの多さに目が完全に泳いでしまった。

「あの、あの……」

「あたしミソバタチャーシューメンと半チャーハン!」

 向坂は数秒で決めてしまったが、瑞貴は並ぶメニューのひとつとして完食できる自信がなかった。

「あの……月見、うどん……」

「ミニ天丼セットにしなさい!」

 うどんだけにしたかったのに、向坂が強引にミニ天丼付きにしてしまった。死に物狂いで何とか詰め込んだものの、学食を出たとたんに瑞貴は苦しくて歩けなくなった。

「ちょっと……まって……ヒナ……」

「なによ。早く帰らないと午後の授業始まっちゃうでしょ!」

「むり……お願い、ちょっとだけ。お腹、苦しくて……」

 二人に付き添っている女子大生がコンビニの横のベンチに空きを見つけてくれて、瑞貴はそこにへたりこむ。

「あれっぽっちで何よ。情けないわね!」

 文句を言いながらも、向坂は瑞貴の隣に腰を下ろした。周囲でコンビニで買った昼食を食べていた大学生たちの視線が、一斉に向坂に集まった。

 中等科の女の子がこの時間校外にいるのも不自然ではあるが、それより向坂そのものが注目されている。

「ヒナは……あんなに食べて、なんで平気なの?」

 破裂しそうな胃を抱えて、瑞貴は周囲のことを気にする余裕がない。

「普通は平気でしょ、中二って育ち盛りなんだから。瑞貴が異常なの!」

 昨日、能力総見の最後にあった試験。瑞貴と向坂で力を合わせて思念を押し返した後から、いきなり向坂は『あんた』ではなく『瑞貴』と呼ぶようになった。瑞貴もそれで『ヒナ』と呼んでいる。

「だって……」

 座ると超々ミニになってしまうスカートを引っ張りながら、瑞貴は苦しそうに言った。

「二年も飢え死に寸前やってたから、胃が縮まってるんだもん」

「女性化の前にそっから改造しなさいよ!」

 耳が痛くなるほどのきんきら声なので、喋るだけでも向坂は人目をひく。さらに、瑞貴は見慣れて何とも思わないが、向坂の外見は一般人からすると激しく異常だ。身長は145センチ、それにパールピンクのようなロング髪だから誰でも二度見する。

「ヒナの……能力、解明できたら……あたしも、使えるようになるかな?」

「どうかしら? 瑞貴は、お腹の中のもの新しく作らなくちゃダメなんでしょ?」

「うん……」

「なんか、あなたたちがうらやましいな……」

 ここまでほとんど話しをしなかった、付き添いの女子大生が言った。

「なにが?」

 向坂が振り返って聞くと、女子大生はにっこり笑った。

「気を悪くしないでね。でも、成長したくなければそのままでいられて……性別だって自分の力で変えられるなんて。あなたたちはものすごく自由だから」

 人の言うことには何でも文句をつける向坂が黙ってしまった。

「あそこに、閉じ込められていますけど……」

 瑞貴が言うと、女子大生はちょっと首を傾げた。

「みんな、何かの中に閉じ込められているのよ。大学で自由にしているみんなだって、卒業して就職してって……社会っていう大きな塀の中に閉じ込められているようなものだし」

 瑞貴と向坂は顔を見合わせた。

「ねえ。あれって、人間?」

「えー? リアルドールじゃなくて? でも喋ってる、コスプレ? なに?」

 遠慮のない女子大生の声が聞こえてきた。向坂にも聞こえたのだろう、表情がこわばった。

「行こう、ヒナ」

 まだ胃ははちきれそうだったが、瑞貴は向坂の手をとって立ち上がった。


 平田は水を2杯たて続けに飲んで大きくため息をついた。

「知らない人が多いけど……ああ、中等科か」

「そう。二年に新しい子も入って来てる」

「目隠し……しなくて大丈夫?」

 羽月が聞くと、平田は頷いてタオルで目元を拭った。そこで手にあった『黒い紐』が羽月のタイツだったことに気がついてうろたえていた。羽月が、平田の手からそれを奪い取ってポケットに押し込んだ。

「そうだったのか……」

 平田はもう一度食道の中を見回して、ため息をつきながら何度か頷いた。

「何が見えるの?」

 そう聞いた梓に、平田はゆっくり顔を向けた。

「みんなの……生きている、みんなの姿です」

 食道の中がどよめいた。平田は数ヶ月前に『みんなが死んだ姿しか見えない!』と叫びだして、自分からレッドの隔離個室に引きこもった。それは全員が知っている。

「普通……に?」

「はい……すみません。ちょっと、頭を、整理させてください」

 そう言ながら平田は目を閉じて、肩に乗せられていた羽月の手をそっとつかんだ。

「見ないように……世界の未来。それを見たくないと思ったから。僕の能力は、身近なものの終わり……みんなの、死んだ姿を見るようになったんだと思います。見ないってことは……許されなかったんです。たぶん」

「また未来を見るようになったから、俺たちが死んだとこ見えなくなったのか?」

 男子の誰かが声を上げた。平田は手を顔の前に上げて、じっと見てから頷いた。

「たぶんね。今朝……こうして見たら、白骨だった。いまは……生きている、いま現在の姿だ。能力が、正しい方に向けられたからだと思う」

 そこで平田は立ち上がって、ホワイトボードに書き殴りされた羽月の画に向かった。

「これは……ロウソクは、どこかで祈っていた、あの3人なんだと思う。赤い影と黒い影は……」

 平田は3本のろうそくから放射状に伸びる二色の影を指した。

「未来……だと、思う。きっと3人が、黒と赤。どっちの未来へ別れるのか……それを決める役割なんだ。そこまでは……僕が見た光景と、合っていると思う」

「赤と黒の未来は……どうなってるの」

 梓が暗い声で聞いた。平田は画をにらんだまま立ちつくして、やがて体ごと振り返った。

「見えないんです。祈っている3人……そのあとは……真っ暗なんだ」


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