6月の終わりに、高等科では『能力総見』という行事があった。ひとりひとりの特殊能力を見て、系統ごとに能力の高まりを確認するためのものらしい。中等科は全員が見学だった。
「1年、Bの4。名取葵」
「はい!」
先生たちが並んで座っている前、台の上に電線で繋がった機械がふたつ置いてある。ひとつは大きな筒、もうひとつはプロペラがついている。
「はじめ!」
名取さんは台の前に立った。静まりかえった体育館の中に、かすかに金属が擦れる音が聞こえた。少しして「かたん」と音がしてゆっくりプロペラが回り始めた。
名取さんが何をしているのかやっとわかった。あの筒のようなものは発電機で、特殊能力で発電機を回してプロペラのモーターに電気を送っているのだ。
「よし! 次、Gの1。佐々木翔」
「はい!」
『ABC』は特殊能力の区別。8系統あって、生徒の間ではスピリットって呼ぶ。
Aが自分の体とかの強化、Bは名取さんがやった物質の操作、Cは水や空気みたいな自然物の操作。Dは、あたしがそうかもしれないと思っている人間を精神的に操作する能力。Eは何か物質を作り出す能力、あたしが女性の体になるためには、この能力が必要じゃないかって言われている。
Fは高等科に二人しかいない直感能力、未来予知みたいなことができるらしい。いま呼ばれた佐々木さんがGの消滅能力、物質を変質させたり消滅させたりできる。Hの系統不明って区別もあるけど、それはまだ能力が未定の中等科。
台車で運んでこられた縦横1メートルくらいの粘土の固まり。佐々木さんが睨んでいると、粘土の固まりが「へこっ」と潰れた。粘土を割ると、中が空洞になっている。内側が消滅しちゃったのだ。
でも本当に凄いのは3年生だった。バラバラになっている車のエンジンを、大きな箱の中に入れて見ないで組み立てる。ローソク50本にライターも何もなしで火をつけて、火だけ集めて空中に巨大火の玉を作る。大きな水槽の水を真ん中に集めて柱みたいにまっすぐ立たせる。
「はあああ……」
あたしたち、中等科の全員は呆然として見ているだけ。もうマジックどころじゃなくて、自分の見ているものが信じられない。
「Dの31、梓由依」
「はい」
梓さんの番だった。高等科の1年生が5人、先生に指名されて前に出た。梓さんは並んで床に座った5人に背を向けて立った。いきなり、5人がばたばたと床に転がった。
「こちら側の、2番目」
梓さんは相変わらず1年生に背を向けたまま、左手を上げて指した。左から2番目の女子が妙な動きで立ち上がる、そしてバレエの動きで踊った。
知らないで見たら『やらせ』って思うかも知れないけど、先生たちがいろいろな機械で調べながらだからインチキなんてできない。
そうやって、眠っている中からもう一人。先生が男子を指名して、その人も梓さんは操って見せた。
「よし。梓由依はそのまま、これから呼ぶ者は前へ出なさい」
男子と女子8人が呼ばれて、梓さんと並んで立たされた。
「これから。大学に協力していただいて特殊な検査を行う」
前に立たされた高等科の人も含めて、生徒全員がヘッドホンみたいな機械をつけさせられた。お互いの声とかは聞こえるけど、何か頭の奥が痺れるような圧迫感がある。体育館の中に、赤っぽいオレンジ色のジャンパーを着た大学生が5人入ってきた。
「大学の、人類環境学科特殊能力研究部の皆さんです。今日はよろしくお願いいたします」
あたしたちも立って、一斉に頭を下げた。
「着席して。これから行う試験は、一定の能力を持った生徒には何らかの影響が必ず出ます。何も感じない人は耐性があるか、防御能力を身につけていることになります。そこを調べるのがこの試験の目的です。説明は以上です、始めてください」
5人の大学生が体の前で手を組んで、目を閉じた。いきなり、体育館の空気が変わった。空気じゃなくて水の中に落ちたような感じ。あちこちで悲鳴、椅子が倒れる音。
『梓さんのとき……コンクリートの壁と、同じ感じ……』
逆らうと、たぶん圧力はもっと強くなる。逆らわない方がいい。
「ミズキ、平気なの?」
隣にいる向坂の声。見ると、向坂は顔を引きつらせて両手で頭を抱えている。
「感じるけど……苦しくない」
前に出ている高等科の人。二人がしゃがみこんで、もう二人は完全に倒れている。梓さんは、まだ立っている。
「水……」
『水の中にいるなら、浮かび出たらいい』そう考えたら水面が見えた。想像して、胸まで浮かんで出た。また沈まないように両手を拡げて、水面をおさえてみる。トランポリンの上みたいに、押すことはできるけどはね返される。また体が沈みそうになる。
「だめ……力、足りない……ヒナ」
「なに?」
「力、貸して……」
「え? どうやって」
「手……」
片手を向坂に伸ばした。
「あたしと。手、つないで……」
それくらいしか思いつかなかった。手探りでつかんだ。向坂の、ひんやりした手の感触。想像の、空いている片手でもう一度水面を押し下げてみた。今度は水面全部が下がった。
『消え……ろ』
そう念じた。空気が震えたような感覚、水面を押し下げている抵抗が『ふっ』となくなった。
「それまで。終了」
先生の声。
「協力、ありがとうございました」
大学生が揃って先生たちに頭を下げた。それから、二人があたしたちの方を見回した。
「誰か……水を、思い浮かべた人。いますか?」
女性がこちらに向かって聞いた。何人か手を上げたので、あたしも小さく手を上げた。その人が、隣の人と何か話した。
「水の中から出た……水面から出たようなイメージ、見た人」
みんな手を下ろして、あたしだけになった。みんなに注目されて、何だか悪いことをしてしまったような気がしてしまう。
「水面に出て、それから何をしたの?」
質問されて、どう説明したらいいのか考えた。
「あの……また溺れないように。水面を、こう……押し下げようと」
女の人が立ちすくんでいた。
「それから、どうなった?」
別の男子大学生が聞いた。
「ええと……最初は。ぶよぶよして、跳ね返ってきて、ぜんぜん押せなかったんですけど。向坂に力貸してもらって……グッと押したら、消えました。水」
「思念場を、具象化して……押し返した?違う、抜けたんだわ」
最初の女の人が言った。それで試験は終わったみたいで、最後に校長先生が来て話した。
「皆さんの見事な力を見せていただいて、私は非常な感銘を受けています」
校長先生はいろいろ話しをしたけど、最後に気になることを言った。
「今年度は、これまでと少し違うプログラムが加わります。大学と、企業の研究機関の依頼で、皆さんはあるプロジェクトに参加することになります。それについては追々お知らせしていきますが、非常に重要な仕事のお手伝いです」
高等科の人たちが、かすかにざわめいた。
「非常に難しい部分もありますが。さきほどの実験を見て、皆さんは必ず成功するだろうと。私は確信を持ちました」
教室に戻ると、あたしは全員から質問責めにあった。
「どんなに見えたの?」
「溺れるかって思って、水面なんか見えなかったよ」
「力は、どうやって出す?」
「水の抵抗感もあったの?」
一度にいくつもの質問が浴びせられて、あたしは頭が渦巻きになった。
「相楽、ちょっと来て。向坂も」
梓さんが来て、あたしと向坂は事務棟に連れて行かれた。試験中に変なことをしたので怒られるのかと思ったけど。違った。
「二人とも、明日から週に2回。大学の研究室に行って能力の測定を受けて」
いきなり事務の人に言われた。
「え?」
「一回2時間くらいで、1時間千円のバイト代出るのよ」
週に2千円貰えるなら、受けても良いかなって思った。
「検査って、どんな?」
向坂が聞くと梓さんが説明してくれた。
「相楽は、ほかの中等科生じゃ見られない能力を出した。それに、別の能力者と力を合わせて能力を高めたのは相楽が初めてなの。研究室が、どうしても調べてみたいんだって」
あたしが苦しまぎれにやったことは、そんなに凄いことだったのだろうか。ちょっと、研究室に行くのは恐くなった。
「あたしもバイト代もらえるのよね?」
「もちろん、二人とも貰えますよ」
「じゃ、行く」
「え?」
あたしが迷っているあいだに、向坂が返事をしてしまった。
「それじゃIDカード作るから、明日の朝事務で受け取ってから大学に行ってね」
なんだか、どんどん大変なことになっていく。