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第8話「危急」

 『アズマトロン加速発電施設』は、県内の3つの市域にまたがっている。施設はこの15年間、超伝導加速リング内を光速で流れているビームを減速させるために必死の努力を続けていた。

 発電設備を通過することでエネルギーは熱として放出され、設計通りであればビームを再加速させない限り数日で自動停止するはずだった。

 それが、なぜか止まらない。

 直系10キロの加速リング。施設が通常運転を開始した半年後に、リングの内側にある土地で異変が続発した。地面が陥没、大型マンションが崩壊、取材に来たヘリが相次いで墜落。そして1年が経たないうちに、リングの内側は何もかも消失した。

 直径10キロ近い『虚空』が発生、その日からアズマトロンは事実上制御不能になった。どこからか粒子と加速エネルギーが供給されるため、止めることができなくなったのだ。

 発電は無限にできる。それは良いことであるのだが、ビーム減速型発電機を最大出力で無限に運転し続けることはできないのだ。定期的に停止してメンテナンスを行わないと大事故が起こってしまう。

 だが1基たりとも止めることができない。全力で発電を行ってエネルギーを放出させないと、リング本体が非常な高温になってしまう。そして想像もつかない大事故が起こる危険があるのだ。

 中央コントロール室で耳障りなアラームが鳴り始めた。

「流入量増大中。25、25.2、25.5」

「これは……でかいのが来るか?」

「発電セクションの残余効率。笠原第一30パーセント。笠原第二、18パーセント。嘉英島5パーセント、観山第一21パーセント、観山第二19パーセント」

「笠原第一、全力運転の準備! 全揚水発電施設揚水開始! 火力発電所に出力調整を通知! 中部関西への放出もあるぞ!」

 直径10キロの『虚空』から放出される謎の力はリング内を流れるビームを増大加速し、そのたびに『虚空』は僅かであるが面積を拡げていくのだ。まるで、『虚空』自体が成長の意思を持っているように。

「流入量さらに増えます。25.8……9、26.1」

 別のアラームがけたたましい音を立てた。

「リングセクション281、296、規定温度を超えました! すごい勢いで、加熱してます!」

「観山を、第一第二とも全力だ! 非常冷却開始!」

 直系10メートルのリング内に、高圧ノズルから純水の霧が放出された。それらは噴出した瞬間に蒸発してリング空間内の温度を下げる役割がある。

「笠間第一! 発電量105パーセントです! 余剰分を北陸に回します!」

 過剰にできた電力をそのまま流すと、電圧や周波数が変わって変電所が大きな負担を受けるのだ。そして末端にある家電製品が故障する危険もある。日本中の受け入れに余裕がある電力会社に流して、電圧を安定させなくてはならない。

「もう……限界だ。人間の力じゃ、無理かも知れない」

 中央コントロール総責任者の呻きは、新たなアラーム音にかき消された。


 そのデータは、ほぼリアルタイムで群馬県高崎市榛名山町にある『株式会社アイシーエクスペリメンタル』にも伝えられていた。

「先週より、放散量が、増している」

 酸素マスクの下で、吾妻敬一博士が言った。

「ES波は?」

「出てます。15マイクロ……前回より2マイクロ強まってます」

 白衣を着た女性研究員が手元のパソコンを操作した。目の前にあるモニターに表示されたグラフを見て、吾妻博士は小さく頷いた。

「もう……敏感な人間は、影響が出始めても、おかしくない。耐ES被覆施工は、どこまで進んでる?」

「中央の、メインコントロール室はほぼ終わってます。サブコントロールはパネルを貼ることができない場所がありますので、一部はフィルム重ね張りです。発電セクションはまだ全く……」

「室内の、ES波は?」

「メインで1.5、サブが……2.8です」

 マスクの中で吾妻博士が長いため息をついた。

「学園の……伊井君と、話せるかな?」

「はい」

 研究員は、ディスプレイに視線を向けた姿勢で凍りついたように動きを止めた。

「いま……大学……に……いらっしゃい……ます……」

 それから彼女は唇だけを動かし、誰かと声のない会話を行った。

「まもなく……お部屋に……戻られ、ます……映像、出し……ま……しょうか?」

「頼む」

 女性の異様な変化を気にした様子もなく、吾妻博士は答えて酸素マスクを外した。博士の前にあるモニターに新しいウィンドウが開いた。

「お部屋に入られました。音声、映像、繋がっています」

「ありがとう」

 ウインドウに映っていた空の机に、大楠学園専務理事と異能学園の校長である伊井益邦が着席した。

「博士、研究所ですか?」

 挨拶も抜きに、伊井が言った。

「ファクトリーだ……伊井君」

 博士もいきなり用件に入った。『ファクトリー』とは『パワーファクトリー』のことで、アズマトロン全体を指している。

「ES波がどんどん強くなっている」

「どれほど?」

「今日は建屋外、内側で15マイクロ。コントロール室内にも1.5入ってきている」

 それを聞いて伊井の表情が曇った。

「危険なことになってきていますね。異能学園の遮蔽板内側で25マイクロですから、敏感な人間は影響を受けます。しかし……発生源は何でしょうか?」

「先週も強化耐ES仕様のドローンを入れてみたが、6秒で通信が途絶えたよ。何も映らなかった」

 地面も建物も人間も、全てを飲みこむ『虚空』がどこに繋がっているのか、中に何が存在するのか調べる試みは全て失敗していた。そして『虚空』は着実に支配する面積を拡げている。

「エスパーエンジニアを、送り込む……いずれ」

 博士がそう言うと、伊井校長は無表情のまま画面を見つめていた。

「いつ?」

 しばらくして、伊井校長が聞いた。

「現在のまま……」

 そこで吾妻博士は酸素マスクを取り上げて、何度か呼吸をした。

「今のままで、ファクトリーが、稼働できるのは……1年が、限度だ。それまでに」

「今年度中。と、言うことですか?」

「そうだ……私の、体も、それくらいが、限度……間に合わせて、ほしい」

 伊井校長は顔を伏せ、両手で顔を覆った。それから顔を上げて博士に聞いた。

「その……成功の、可能性……子供たちに、及ぶ危険は?」

「わからない、全く」

 博士は軽く咳き込み、ティッシュで口元を拭った。

「だが、あの子たちは……そのために、集められた」

「博士の、お孫さんを含めて」

「もちろんだ」

 博士はそこで、水をひと口だけ慎重に飲んだ。

「その時が、来てからでは。もう遅い、横浜にある、シミュレーション施設で、訓練を始めてくれ」

「目的を、知らせますか? 知らせなくても、何人かは知ってしまいます」

「由依には……僕から、伝える。それから、話し合えば、良い。座して、運命を待つか……それとも、踏み込んで行くか」


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