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エンジェルスクローリング
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現代ファンタジースーパーヒーロー
2024年10月21日
公開日
51,369文字
連載中
自称『相楽瑞貴』、本名高幡直樹は性不一致症候群の男子中学生。だが彼はアズマトロン加速発電施設暴走事故によって産み出された「異能チルドレン」だった。学校で彼をイジメたその相手は、必ず事故に遭ったり精神を病む。犠牲者が10人に達したとき、彼は『異能学園』に強制転校させられる。そこは社会不適応を起こした異能チルドレンたちを収容し、異能力を社会に役立てる目的で開設された学校だった。
 しかし相楽瑞貴=高幡直樹を初めとする学生の生徒たちは、ある目的のためにここへ集められたのだった。その恐るべき目的とは何であるのか……。

第1話 「収容」

 登校すると、いきなり車椅子に体を固定されてワゴン車の荷台に押し込まれた。荷台の前後左右は白いカーテンに遮られて外は見えない。

 頭痛がする。頭に巻き付けられたベルトがきつい。コードが繋がっているのが見えたので、ただのベルトではないのだろう。思考がまとまらないのはきっとそのせいだ。

 車が止まった。後ろ向きに車椅子ごと引き出されて、建物の中に入った。白い壁と天井の廊下、病院のように思えた。

「病院?」

 自分の口から出た声が遠かった。車椅子を押している誰かは答えない。車椅子が止まり、遠くで小さな声が聞こえた。

「市立の……高校で収容……」

「第一面接室へ」

 車椅子ごと押し込まれた部屋は、白い壁に椅子が一脚置かれているだけだった。頭に巻き付けられたベルトが外された。まだ頭痛とめまいがするけど、ひどい圧迫感はなくなった。

 両腕と足はまだ車椅子に固定されたままで、首を動かして部屋を見回すことしかできない。しかし頭を動かせばまためまいが襲ってくる。正面にあるドアが開いた。

 黒いセーラー服の女子が部屋に入ってきて、音もなくドアを閉じた。その瞬間、息が苦しくなった。

 女生徒はかすかな足音と共に歩いてきて、椅子に腰を下ろした。ボブより少し長めの黒い髪、灰色の襟がついたセーラー服、タイも黒。黒いタイツにローファーも黒だから手と顔がやけに白く見える。胸ポケットに、四つ菱のような奇妙なエンブレムがついている。

「生徒会執行部の、アズサユイ」

 胸が苦しくてなかなか声が出なかった。目の前にコンクリートの壁があるような息苦しさと圧迫感。息をするのが精いっぱいだった。

「相楽……瑞貴、です」

 やっと言えたけど、真っ黒なアズサはただメガネごしにこっちを見つめていた。圧迫感はもの凄くて、押し返すのに気力を振り絞らなくてはならなかった。

『これは……幻影、見せられてる?』

 何もかもがおかしかった。

「サガラミズキ。そっちの名前でいいの?」

 心臓をつかまれたみたいに、胸にギュッと痛みを感じた。

異能者エスパーだ』

 何となくわかってしまった。どう返事しようか考えながら、何となく頷いてしまった。

「それじゃ、サガラミズキ。自分がどうしてこんな状態で連れて来られたか、理解している?」

「……いえ」

 そう答えた瞬間に、小さな金属音がした。両腕を車椅子の肘掛けに固定していたベルトの金具が外れていた。足首のベルトも外れていた。コンクリートの壁と向かい合っているような息苦しさが消えていた。

「あなたは学校の規則を守らない。制服も着ないで、学校指定以外のジャージを着て登校していた」

 いま着ている黒いジャージのことだ。指定は青色だけど、それは嫌だった。

「入学したときからいじめの対象。でもなぜか、いじめた相手はケガしたり病気になったり。都合……8人? 学校外であと2人いるから10人か」

 痺れていた右腕をさすっていると、アズサが言った。また心臓をつかまれたように苦しくなった。2人は学校の外で事故に遭ったのに、どうして知っているのか。

「誰……ですか? あなた」

「さっき言ったでしょ。生徒会執行部の梓」

 そう言いながらアズサは椅子の上で姿勢を変えて脚を組んだ。膝のかなり上まで脚が見えて、アズサはすぐにスカートを引っ張って隠した。

 少し擦れた痕が見えるアズサのローファー視線を向けたまま、ぐちゃぐちゃになっている頭の中を整理した。

「あなたが間違いなく質問することに、あらかじめ答えておくわ」

 アズサが、指先でスカートの襞を押して直しながら言った。

「ここは大楠学園。異能学園と呼ばれる方が多いわね」

「異能……学園?」

「あんた。自分がやったこと、覚えているわよね?」

 体が硬直して動けなくなった。そして、これが何なのかうっすら理解できた。

「忘れたのなら、記憶かき回して思い出せるようにしてあげるわよ」

「お、ぼえて……ます」

 アズサが、こっちを見つめたままゆっくり頷いた。

「いずれ、指導のスタッフに繰り返し話すことになる。いやってほどね」

「でも……自分がやったって、思えません」

 そう答えると、アズサの目が細くなって眉間に縦じわが寄った。

「それじゃ、10人はどうして?」

 訊かれたって、自分でも説明できない。

「憎らしくて……こうなればいいって、想像したこと……何て言うか。その通りに、なります」

 アズサが一瞬目を閉じて、顔をうつむけてため息をついた。

「ぜんぜん意識しないで行使している……最悪に危険な部類だわ」

「あの……」

 気になっていたこと、やっと聞ける。

「どうして……先生じゃなくて、生徒会が?」

 聞くと、アズサがうつむいたまま上目遣いにこっちを見た。

「あんた、見た目に教師って人が来たら……それも男だったら反発するでしょ?」

 そこまで読まれていた。また不安がぶり返してきた。

「自分……どう、なるんですか?」

 聞くと。アズサは頭を起こして、左手で髪をかき上げたまま手を止めた。

「私が決めることじゃないけど、あんたは元の中学からここに編入になる……強制的に」

「どうして?」

「さっき言ったでしょ? あんたは最悪に危険だから」

 何だかわからないけど凄く不安になって、立ち上がって部屋から逃げだそうと思った。その瞬間、腕が車椅子に吸い付けられた。拘束ベルトが跳ね上がって腕に巻き付いた。

「う……」

 足首も、元通りに縛り付けられてしまった。

「あんた、そのままだときっと誰かを死なせるよ。そして……自分は関係ないって顔をしていられる」

 言い返したかったけど、アズサに睨みつけられて声が出なくなった。間違いなくアズサはエスパーだ。

「ひとを……好きに、傷つける、やつらに……」

 腕を縛り付けるベルトを見つめて、それが破壊されるところを想像した。繊維がちぎれて、金具がねじ曲がっていく様子を。

 そうはならなかった。代わりに腕に激痛が走った。ベルトが、トゲトゲがいっぱいついた金属に変わっている。トゲが腕に突きささって、ベルトの下から血が溢れ出してくる。

「が、うっ……」

 車椅子がバラバラになる様子を想像した。そうなれば、痛くても手足は動く。

「ぐう……」

 車椅子が、自分を乗せたままもの凄い力で折りたたまれる。肋骨がみしみし音を立てている。

「あっ、あっ……あっ!」

 『めりっ』と音がして、脚の骨が折れた。腿の皮膚を突き破って、ジャージの下から血まみれの骨が飛び出してくる。

「うう!」

 息ができなくて悲鳴も出ない。目の前が暗くなった。これで死ぬって、思った。

「は、ひゅうっ!」

 突然圧迫が消えて、肺の中に空気が入ってきた。気がつくと天井を見上げていて、埋め込みの小さなライトが眩しかった。

 ややしばらく、頭をのけ反らせた市政で爆発しそうな心臓の音を聞いていた。手をちょっと動かしてみる、動いた。脚も、どこも痛くない。

「起きなさい」

 アズサの声がした。もの凄く恐かったけど、頭を起こして自分の体を見下ろした。少なくとも血はどこからも出ていない。

「体中、バキバキに潰された気がしたでしょ」

 アズサに言われて、下を向いたまま何度も頷いた。そのたびに汗と涙がボタボタ滴り落ちる。

「想像したことを相手に見せる。相手はその思考を実際に起こったことと錯覚して、架空の苦痛を作り出す。そして体の神経系は、架空の苦痛を現実の信号として脳に戻す」

 アズサが何を言っているのかわからなかった。

「心臓が弱っている相手なら、これでショック死することもあるのよ」

 恐る恐る両手を上げてみた。ベルトが巻き付いてきたのは、あれは現実だったのだろうか。ベルトに拘束された感触は生々しかった。もちろん、金属のトゲが突きささった傷跡なんか残っていない。

「評価が出たわ。あなたの異能レベルはレッドの2、命拾いしたわね」

 もう1ランク下だったら、何が待っていたのだろう。

「自分……ここで、何をするんですか?」

「その前に……」

 アズサはスマホを取り出して画面を操作しながら言った。

「後で職員に聞かれると思うけど、あなたは『相楽瑞貴』でいいの? ここにいる間、その名は変えられないわよ」

「いいです」

 1秒も考えないで答えた。親が間違って付けた男の名前は嫌だった。

「自分……相楽瑞貴です」

 一度息を吸って続けた。

「性別、ありません」

「どっちの制服にするか決めて、ジャージはだめ。

 梓がそう言って、スマホで誰かと話しを始めた。

「梓由依です、転入生の面談終わりました……さっきテレもらいましたけど、あれ誰ですか? はい……窓口、はい。付き添いします」

 こっちに視線を向けたまま話をして、スマホをポケットに戻した。そういえばさっき「評価が出た」と梓が言ったとき、スマホを出しもしなかった。

「立ちなさい」

 梓が言った。さっきの、骨が折れた気味の悪い感触。偽の感触だとわかっていても、それを味わった後で立ち上がるのにはすごく勇気が必要だった。

 車椅子のひじかけに手を置いて、かなりビビりながらゆっくり立ち上がってみる。骨は折れていない、脚は普通に動く。

「ついてきて。自分で歩くのよ、あんたにはまだ触りたくないから」


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