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第3話 同僚たち

 ジーンは些か拍子抜けしていた。


 今日で、彼がこの収容所にやってきてから、早くも十日が経過しようとしている。彼はこの仕事に就いてしまえば、医師などの肩書きは、所詮、目眩ましに過ぎず、連日、彼の裏の任務である人体実験に従事し続ける日々となることを覚悟していた。

 だが、実際は毎日のように地球から送られてくる戦争難民らの、健康状態の確認に追われ、彼ら彼女らを相手とした診察、診察、ときどき治療、そしてまた診察、といった日が続く。


「なに、あなた、そんなに、実験がやりたくてここに来たわけ?」

「いや、そういうわけでは」


 その日、スタッフルームで、ジーンがつい、ぽろっ、とその疑問を口にした途端、軽蔑するような目と口ぶりで彼をあしらったのは、チームのチーフである、ドロシー・ケフだった。


 ついで、うろたえるジーンを可笑しげに見やり、皮肉るように言葉を投げてきたのは、同じチームに属するクオ・ケセネスだ。


「なにも、そんなにツンケンしなくてもいいじゃないか、ドロシー。進んで実験に当たりたい奴が来てくれたなら、俺たちの仕事が楽になるってもんだぜ」

「私はなにも、進んで実験に与したいわけでは……」


 ジーンは先の己の失言に、迂闊だったな、と思いながら弱々しく抗弁した。ホットコーヒーの入った紙コップを持つ手が微かに震え、ジーンはスタッフルームの大きな外窓に逃げるように視線を投げる。そこからは、むろん地球は見えず、ただ深い闇の宇宙が広がるばかりだ。


「そりゃあ、そうだろうな。そんな獰猛な血に飢えた男ってふうには見えないな、どっちかっていやあ、優男の風貌だぜ、ジーン・カナハラさんよ」


 クオが既にコーヒーを飲み干した紙コップを掌で弄びながら、ニヤニヤと笑った。そして意味深な目つきをジーンに向ける。


「もちろん、人は見た目によらないって、例も、あるらしいけどなあ」

「クオ。そのくらいにしておきなさい。コーヒーが不味くなる」


 ドロシーは、コーヒーを啜る手を止めて、クオを制した。そして、ショートカットの赤毛を軽く揺らし、ジーンの顔を真っ向から見据えると、強い口調でこう言った。


「新人さん、あなたの言うとおり、私たち真の仕事は研究であり、実験よ。だけどね、あいにくここには人手が潤沢にあるわけではないの。あなたも見ての通り、この収容所に送られてくる難民の数は、毎日膨れ上がるばかり」


 ドロシーはそこで一旦息をついた。それから、なおもジーンをきつく睨み付ける目もそのままに、言葉を続ける。


「だとしたら、まずなによりも、彼ら彼女らの健康状態の把握がまず、私たちのやるべき仕事だわ。もし厄介な伝染病でも持ち込まれたら、この密閉されたコロニーでは、それこそ一大事でしょう。分かって?」

「……良く分かるつもりです」


 ジーンはドロシーに、短く答えた。彼女の言い分は、まったくもって、もっともだ。の音も出やしない。


 ジーンはなんとも気まずい間を持たすかのように、手にしたコーヒーを一気に啜ったが、それはとうに冷めていて、苦みだけが口に広がる。そんなジーンを面白がるように、医師にしては長い、肩までの茶色い髪をかき上げながらクオが言葉を放る。


「まあ、実際、いい被験体が見つかりゃあ、すぐにでも俺は実験に入りたいがね」

「クオ、それは時期尚早よ。まだ私たちは、それが出来るに十分な試薬を作り出せてないでしょう」

「試薬?」


 ジーンはドロシーが、ぽろり、と口から零した言葉に思わず反応した。


「そのうち分かるわよ、ジーン」


 空調の風が、ふわり、と三人の髪を揺らす。


「だけどね、ここはそれについて詳しく話す場所じゃないわ。さ、休憩時間はもう終わりよ、診察に戻りましょう」

「へーい」


 クオが腕をぐいっ、と伸ばしながらドロシーの声に応じ、ぐしゃぐしゃになった紙コップをダストボックスに放る。そして、ドロシーとクオはスタッフルームを足早に出て行く。

 慌ててジーンもそれに続くべく、空の紙コップをダストボックスに向かって勢いよく投げた。


 まるで、いまだ、心に残る自らの逡巡をも、思い切りよく投げ捨てるように。


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