ショーンが目を覚ますと、そこは病院のベッドであったが、前とは違い周囲はクリーム色だった。
明るく暖かみのある部屋は、どうやら個室らしく、自分以外に患者は居ない。
「どうやら、生きているらしいな? ここに居たら、迷惑をかけちまう? なるべく、はやく出ないと」
病院から出たいと考える、ショーンは右側にあるナースコールを押そうとした。
その瞬間、ドアを叩く音がして、彼は暗殺者による襲撃かと身構えた。
「入って来いっ!? あ、昨日の?」
「あっ! 起きてるのねっ! 良かったわっ!」
「おおっ! お前のお陰で、命が助かったぞっ!」
「アレだけのチンピラを相手にするとわな」
ショーンが呼ぶと、スライド式のドアが開かれて、病室内に、三人組が入ってきた。
昨晩の戦闘で、自動車に身を隠していた男女と、彼等を警護に当たらせる雇用主だと、彼は思った。
「あ、申し遅れたな? 私はルドマン・ホールクライトン、ルドマン商会の社長だ」
ショーンの視線は、ルドマンに向けられるが、彼は来客用に置いてあった椅子に、腰を下ろした。
彼は、金髪で茶色い瞳に、恰幅のいい体型をしており、灰色スーツ姿を上下に着ている。
「こっちは、エルフ族のリズ・メイフォード…………もう一人は、スバス・フォート…………二人とも、私の護衛や会社の警備を務めている」
「どうも~~!」
「宜しくなっ!」
ルドマンは、自身の護衛である、リズとスバス達を、ショーンに紹介する。
「ショーン・ボンドだな? オーシャン・リザード・パーティー傘下の警備会社に務めていた? 君が、昨日の襲撃から助けてくれたおかげで、私はここにいる…………」
「それは当然の事をしたまでだ? あそこで助けてなければ、みんな死んでただろう?」
ルドマンは、ショーンに助けられた事で、謝礼を言いに来たのだ。
「大した事はしてない? それに、聞いているだろう? 俺は前科者だし、オーシャン・リザード? いや海トカゲ団から狙われているしな」
ショーンは、礼を言われても、嬉しくはなく、まして報奨すら欲しくは無かった。
仲間や恋人に裏切られた今、彼は何も欲する気持ちはなく、ただ座して死を待ちわびるだけだ。
「しかし、君の勇気が私を救ったのは事実だ? これからは、私の商会で働いてくれないか」
「いや、でも…………」
ルドマンは微笑みながら、ショーンに職を与えようと提案したが、その言葉を聞いた彼は困る。
「オーシャン・リザード・パーティーの連中はーー? いや、海トカゲ団とも
ルドマンの言う、海洋貿易組合は、マリンピア・シティーで、港を取り仕切る中規模組合だ。
しかし、それなりに権力や資金力を持つため、マフィアとの抗争もできる。
「海洋貿易組合は、規模では海トカゲ団に劣るが、組合や私にも色々な伝があるのでな」
「分かってるさ? ルドマンさん、アンタは堅気の商人だろうが? 表の付き合いだけでなく、裏社会の人間とも交流があるんだろう」
ルドマンの話を聞いて、ショーンは貿易商人と言う仕事は、裏とも通じていると察する。
国家が、犯罪組織の撲滅を掲げているが、マフィアは尻尾を、そう簡単に見せるワケがない。
また、ギャング団は潰しても、次から次へと誕生して、チンピラの人員は大量に存在する。
表社会と裏社会で、好き放題している海トカゲ団が、いい例だろう。
「そうだ…………連中が君を執拗に狙う理由は、分からないが? 少なくとも、私達の仲間に成れば、狙われにくく成るだろう? まあ、君にはチンピラや魔物との戦いを任せるから、危険な仕事に変わりはないが」
「それは、また俺を冒険者として、雇う積もりか? 荒っぽい事は、確かに慣れてるが」
ルドマンは、自身の命を救ってくれた、ショーンを雇うために説得する。
確かに、彼の言う通り、組合やパーティーに所属していれば、対立組織は手を出しにくくなる。
「なら、決まりねっ! ショーン、昨日の戦闘は凄かったわよっ!」
「これからは同僚になるんだっ! 仲良くやって行こう」
リズとスバス達は、ショーンが勝手に入社すると思って、二人とも喜ぶ。
「いや、まだ…………はあ? どうせ、戦っていれば、いつかは…………か?」
ショーンは、ここで断るのすら面倒になり、取り敢えず、彼等とともに働く事にした。
とは言え、危険な職場なら戦死するだろうと考えていたが、それをクチには出さなかった。
それから、彼が退院する日にちまで、一気に時が過ぎていった。
「済まないな? ルドマンさん、こんなに買って貰って」
武器屋から出てきた、ショーンは自身の装備として、ショートソードと
そして、茶色い軽鎧の下に、灰色スーツを着用して、黒いブーツを履いている。
「それは、私からのプレゼントだ? 早速だが、私の護衛をしながら会社まで着て貰うぞ?」
「分かってます」
ルドマンから、武器と防具などを買い揃えて貰った、ショーンの心には不安が渦巻いていた。
「それから、業務内用は倉庫を魔物の襲撃から守ること? そして、社員用のアパートも用意しているからな」
「倉庫の案内は、私が担当するわっ! もちろん、アパートもね」
「あ、ああ、頼む?」
「ルドマンさん、車を出しますよ? リズ、ショーン、お前たちも早く乗ってくれ」
武器屋の前から、高級自動車に向かって、ルドマンは歩いていく。
その後に続く、リズは笑顔で振り向いて、ショーンをドキッとさせた。
車内に乗り込むと、スバスが運転手として、すでに待機していた。
全員を載せた、車は街中を走り、マリンピア・シティーの南にある漁港を目指す。
やがて、近代化された都市部から中世の街並みを越えて、彼等は倉庫街へと、やってきた。
「着いたな? スバス、私を事務所に下ろしたら、君も二人に合流しなさい」
「分かりました、社長」
「ショーン、貴方は私と一緒に来てね? 仕事場は、こっちよ」
「そっちか、分かった、着いていくよ…………」
ルドマンは、それだけ言うと、スバスと一緒に高級自動車で、何処かへと行ってしまった。
車から降りた、リズとショーン達は、倉庫の中に入っていった。
「うぅ…………また、これか」
「何か言った?」
ショーンは倉庫内での戦闘と、裏切りを思い出して、一瞬だげ身が怯んでしまった。
小さく呟いた彼の声に、リズは何だろうかと思い、質問してきた。
「いや、何でもないさ? 何でもな」
「…………そう、それなら、いいけどっ!」
「おっ? 誰かの足音が聞こえたと思ったら、リズと~~? ああ、あの時のヒーローか?」
「はっ? 丁度いい時に来てくれたな、そろそろ近づいてくるから頼むぞ」
ショーンは、暗い表情を見せまいと、無理に作り笑いで誤魔化した。
当然だが、リズは彼の気持ちに感づいているが、あえて聞かないように気をきかせた。
そんな二人の足音を聞いて、出入口から、ひょっこりと、人食い花が現れた。
同時に、フランジメイスを右手に握る、インキュバスも姿を見せた。
「カラチス、パルドーラ…………元気にしてたあ? と言うか、新入りのショーンね? で、魔物は」
「どうも、ショーンです? よろしく」
「へへ? 魔物は直ぐそこまで来ているっ! 新入り、腕の見せ所だぜ」
「一匹だが、害獣だからな? 港の魚や機材に手を出されちゃ、困るしな」
二人を前に、リズは呑気な声で、魔物が何処から攻めてきたかと聞いた。
大人しく、ショーンは彼等と握手したが、その瞬間に体が少し震えたように感じた。
まだ、彼は裏切られた記憶が色濃く脳裏に焼き付いており、未だに拭えないのだ。
そんな事など露知らず、カラチスと言われた人食い花は、大きな口を開ける。
真っ赤な
また、緑色の太い幹は、鋭いトゲが、びっしりと生えている。
そして、人間のように手足があり、フラフラと歩きながら近づいてくる。
白い肌に黒髪茶目をした、パルドーラも、インキュバスらしく、側頭部に
そして、茶色いスーツの上に、黒い防弾プレートを着用していた。
「一匹か? 俺の実力試しと言う事か…………」
「まあ、そう言うこったな」
ショーンが呟くと、カラチスは腹を抱えて、ケラケラと笑いながら答えた。
「なら、実力を見せてやるっ! おらっ!」
丁度、ファット・クラブの姿が外に見えたため、ショーンは直ぐに飛び出していった。
それと同時、大きな赤黒い蟹の左腕が切り飛ばされ、口に素早く、ショートソードが突っ込まれた。
「いっちょ、上がりっ! これくらいは、簡単にできるぜっ!」
「凄いわっ! かなりの腕前ね…………」
「ああ、確かに凄かった」
「俺達でも、少し手間取る相手なのにな?」
倒れた、ファット・クラブの前で、ショーンは振り返り、みんなに自信満々な顔を見せた。
一気に、敵を駆除してしまった、彼の姿を見て、リズは目を丸くする。
カラチスは、両目を丸くしながら驚き、死体の方に近づいていく。
パルドーラも、フランジメイスで、殻を叩いて、死んでいるか確かめようとする。
「まあ? コイツ等は嫌ってほど、相手してきたからな」
ショーンは、自分を称賛する新たな仲間たちを前に、少しだけ心の穴が塞がるような気がした。
こうして、空虚だった彼の胸には、未来に対する暖かい希望が芽生え始めていた。