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第39話 繋がりの証

最後の休暇


 キーボードと画面を交互に見ながら、木原は彼が遺した記録装置の解析を行う。

 GODの壮絶な最期から、既に数日が過ぎていた。


「幾ら高性能とは言っても、やっぱ旧式か……よし、できたっ」


 木原がエンターキーを押した瞬間、膨大な量のプログラムが画面を埋め尽くす。

 彼女は仲間たちを呼び集めて、ある数列を指差した。


「これ見て!」


 数列だけを切り取って貼り付けると、画面がとある場所の地図に切り替わる。

 設置された赤いマーカーは、ソウギたちの拠点である洋館の所在を現していた。


「でかしたぞ木原! 後はソウギを逮捕すれば、全てが終わるってわけだな!」


「今すぐ乗り込みましょう!」


「待って!」


 勢い込む昇と火崎を呼び止めて、木原が言う。

 彼女は修理中のライフルを見せながら続けた。


「まだ装備や車両の修繕が終わってない。今行くのは危険すぎる」


「あとどれくらいかかるんですか」


「明日の朝には」


 月岡の質問に、木原は澱みなく答える。

 暫く考え込んだ末、火崎は突入の日を明日と定めた。


「恐らく、これが最後の戦いになる。みんなしっかり体を休めて、万全の体調で臨むんだ。いいな」


「了解!!」


「よし、んじゃ今日は解散!」


 火崎の号令で、月岡たちは本部を後にする。

 出かけようとする昇を、木原の声が呼び止めた。


「ヒューちゃん、ちょっと」


 木原は昇の服の袖を捲り、ショックブレスに手を添える。

 難しい顔でキーボードを叩き始めた彼女に、昇が声をかけた。


「……木原さん?」


「GODとの戦いの傷が、まだ残ってるみたいだね。遺伝子制御機能がかなり損傷してる。まともに変身できるのは、あと数回が限度かも」


「それは、直せるんですか」


「直せないね。少なくとも、明日までには間に合わない。……だから、明日はなるべく変身しないで」


 もしも制御機能を完全に失えば、アライブは戦うためだけの生物兵器になってしまう。

 最悪の事態を憂う木原に、昇は深く頭を下げた。


「ありがとうございました」


 木原の方を向いて、昇は深々と頭を下げる。

 そしてゆっくりと顔を上げ、戸惑う彼女の目を見て続けた。


「あの時、おれに戦うよう言ってくれたこと。色んな発明品でおれたちを助けてくれたこと。明るい笑顔でみんなを盛り上げてくれたこと。挙げたらキリがないですけど……本当に感謝してます」


「何言ってんの。お礼を言うのはこっちの方だよ」


 木原は立ち上がり、真剣な表情で昇を見据える。

 彼の心身は、初めて会った時よりずっと逞しくなっていた。

 昇が成長したのと同じだけ、自分も強くなれたことを彼女は改めて実感する。

 今までの出来事を思い出しながら、昇は木原の言葉に耳を澄ました。


「ヒューちゃんがいなければ、あたしは一生人に興味を持てなかった。もしかしたら、ソウギみたいな悪魔の科学者になってたかもしれない」


「木原さん……」


「そうならずに済んだのは、ヒューちゃんがいたから。数字や理論だけじゃ測れないものがあるって教えてくれたから。……だから」


 木原はそこで言葉を切り、白衣の裾を握りしめて嗚咽を堪える。

 深呼吸を一つして、彼女は心からの言葉を告げた。


「出会ってくれてありがとう、ヒューちゃん」


「どういたしまして、木原さん」


 木原の想いを受け止めて、昇はにっこりと微笑む。

 階段を上がる昇の背後で、装備を修理する音が響いた。


「よう、昇ちゃん」


「店長さん。店長さんにも、色々お世話になりました」


「何だい改まって。まるで、これが今生の別れみたいじゃないか」


 店長にそう言われて、昇はハッと目を見開く。

 心のどこかで死を覚悟していたことを今更ながらに気付かされ、彼は曖昧に目を逸らした。


「まあ座んなよ。今の昇ちゃんにぴったりの麻婆豆腐を作ってやるから」


「は、はい」


 店長に促され、昇はいつものテーブル席に座る。

 暫くして店長が持ってきたのは、何の変哲もない普通の麻婆豆腐だった。


「なるほど、初心を思い出せってことですね!」


「焦らない焦らない」


 店長はそう言って、麻婆豆腐の上に目玉焼きを乗せる。

 まだ店に出したことのない新作が、たった今完成した。


「名付けて日向スペシャルだ。さっ、冷めないうちに」


「……いただきます」


 昇は両手を合わせ、自分の名がついた麻婆豆腐を食べ始める。

 濃いめの味付けが施された麻辣と甘めの目玉焼きに舌鼓を打ちながら、彼は瞳を輝かせて呟いた。


「美味しい……」


「だろう? でも俺は、それが完成品だなんて思っちゃいないんだよ」


「えっ?」


「例え会心の出来だと思っても、我に返れば改善点が山のように浮かんでくる。だから俺は日々改良を続ける。俺が作る麻婆豆腐に、一皿として同じものはないんだ」


 人生だってそうだろう、と店長は続ける。


「あんたは若いんだ。どうしようもないくらいの挫折や価値観を変えてしまうような奇跡が、まだまだそこら中に転がってる。それを確かめもせずに最後だなんて、私は勿体ないと思うよ」


「店長さん……」


「とまあ色々言ってはみたけど、要は試作品の味見をして欲しかっただけだ! さあ、食った食った!」


 それまでの真面目な態度を一気に崩して、店長がひょうきんに笑う。

 昇も釣られて微笑みながら、日向スペシャルの最後の一口を食べ終えた。


「ごちそうさまでした。完成品、楽しみにしてます」


「へへっ、期待してくんな」


 店長に見送られ、昇は麻婆堂を後にする。

 街の空をぼんやり見上げながら、彼は市民公園に向かって歩き始めた。


「水野さん、やっぱりここにいた」


「日向さん」


「この時間はいつもここでスケッチをしてるって、お友達に聞いたので。……隣、いいですか?」


「ええ、どうぞ」


 水野は笑顔で頷き、昇を隣に座らせる。

 スケッチブックにペンを走らせる手を止めて、彼女が不意に口を開いた。


「入院してた時、不安だったわたしを励ましてくれたノボルくんは……日向さんだったんですね」


「ごめんなさい。今まで黙ってて」


 水野はゆっくりと首を横に振り、笑って昇の隠し事を許す。

 その代わり、と彼女は少し意地悪い口調で言った。


「わたしのこと、下の名前で呼んでください」


「……それは、ちょっと心の準備が」


「じゃあ、準備が終わるまで待ってます」


 水野はあっけらかんと言い放ち、作業を再開する。

 横目で水野を見やると、彼女は無心でペンを動かしていた。

 曇りのない瞳に思わず見惚れてしまい、慌てて目を逸らす。

 むず痒い沈黙を破って、水野が言った。


「この絵、大きなコンクールに出すつもりなんです。今の自分に出せる全部を込めて描いても、やっぱりちょっと不安で。……あなたに名前を呼んで貰えたら、勇気を出せるかもって思ったんですけど」


 励ましに背中を押される心強さは、昇もよく知っている。

 それに今言わなければ一生後悔すると、彼の第六感が告げてもいた。

 昇は深呼吸をして、水野の目をしっかりと見つめる。

 戦う時と同等かそれ以上の勇気を振り絞って、彼は口を動かした。


「コンクール、頑張ってくださいね。小町さん」


「……ありがとう、昇くん!」


 穏やかな笑い声が二つ分、秋の公園に溶けていく。

 そして水野がラフを完成させたのを見届けて、昇は彼女に別れを告げた。


「じゃあ、また」


 昇は公園を後にして、とある路地裏へと歩みを進める。

 そこに立つ無二の相棒に、彼は手を振って駆け寄った。

———

相棒から友へ



「月岡さん!」


 やってきた昇に、月岡は軽く手を挙げて応じる。

 月岡の隣に立って、昇は無邪気に言った。


「最初の戦いの後、ここで夕陽を見たんですよね。懐かしいなぁ」


「ああ。……しっかり休めたか?」


「はい。お世話になった人たちと、色々お話してきました」


「そうか。俺も島先輩や金城と積もる話をしてきた。……真影ともな」


「ああ、それで少し線香の香りがしてたんですね」


 沈黙が狭い路地裏を埋める。

 語るべき言葉は山ほどあるのに、その一つも喉を通ってはくれない。

 月岡は静かに目を瞑り、口を開いた。


「この事件が終わったら、島先輩は刑事を辞めるそうだ。金城も大学の研究チームに入ると言っていた」


「みんな、バラバラになっちゃうんですね」


 特撃班は特危獣を倒すためのチームだ。

 特危獣の脅威が去れば、解散するのは当然のこと。

 そう自分に言い聞かせて、月岡は昇に語り聞かせた。


「お前も戦いから離れて、人間としての幸せを掴める日が必ず来る。そしてその時、お前の隣にいるのは俺じゃない」


 だが、昇は首を横に振る。

 月岡の手を握って、彼は優しく告げた。


「おれはそうは思いません。戦いが終わっても、相棒じゃなくなっても、月岡さんはおれの大切な人です」


「……それを、世間では友達というんだ」


 そう言って、月岡は空を見上げる。

 左手に伝わる昇の体温を感じながら、彼はふっと笑った。


「まさかこんな感傷的な台詞を吐く日が来るとはな。お前とは、あくまで仕事上の関係のつもりでいたんだが」


 月岡は可能な限り、仕事仲間としての一線を超えないようにしてきた。

 誰に対しても一定の距離を作り、必要以上に馴れ合わない。

 もしもその禁を破ってしまえば、失った時の哀しみは計り知れないものになる。

 真影の時のように。


「それでも友達でいたい。お前と」


「……そのためにも、必ずソウギを捕まえないとですね」


 月岡はしっかりと頷く。

 繋いだ二人の手に、ひとひらの雪が舞い降りた。


「明日も早い。帰るぞ」


「はい!」


 紺色の空に背を向けて、昇と月岡は本部へと帰還する。

 そして翌朝、装備の修理は予定通りに完了した。

 5人は本部に集結し、粛々と作戦の準備を開始する。

 準備を終えて整列した昇たちに、火崎が力強い檄を飛ばした。


「これが俺たち特撃班の最後の戦いだ! 必ず勝って、特危獣事件を終わらせるぞ!!」


「了解!!」


 互いの決意を確かめ合い、5人はガレージに向かう。

 昇はエボリューション21に跨り、鍵を回してエンジンを起動した。

 木原の素晴らしい仕事ぶりに感謝して、アクセルを踏み込む。

 走り出すバイクの隣に、月岡たちを乗せた特殊車両が並んだ。

 薄雪の降り積もった路面に、2台のマシンが轍を刻む。

 それはソウギの待つ洋館まで、真っ直ぐに続いていた。


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