デッド・オア・アライブ
山羊男を倒した昇の前に現れた次なる挑戦者は、マイナスナンバーの首魁・獅子男だった。
彼は鋭い眼光で昇を睨み据えながら、口元を歪めて言う。
「鬼ごっこは楽しかったか?」
「うるさい……!」
これ以上交わす言葉はないと、昇はショックブレスを構える。
変身しようとする彼を、獅子男が低い声で遮った。
「待てよ。セレモニーがまだだろ」
彼は昇に見せつけるようにライオンキャノンを生成し、天に銃口を突きつける。
そして火炎弾を放ち、漆黒の花火を打ち上げて宣言した。
「今日! 全ての生命を滅ぼして、このおれが地上の覇者となる!!」
正気を失った観客たちの狂気が、絶叫となって闘技場に鳴り響く。
特撃班、水野、そして多くの市民たちが見守る中、昇と獅子男の戦いが始まった。
「超動!!」
昇––アライブはすぐさまライオンフェーズに形態変化し、ライオンキャノンを撃ちながら突進する。
激しい銃撃戦を繰り広げながら、アライブと獅子男は肉薄した。
「ぅおらっ!」
アライブが砲身で殴りつければ、獅子男が零距離射撃を鳩尾に撃ち込む。
吹き飛ばされたアライブの着地点に、獅子男が火炎弾を放った。
「エボリューション21ッ!」
エボリューション21が自動操縦で駆けつけ、獅子男の攻撃を相殺する。
アライブは間髪入れずに起動キーを構え、エボリューションアライブへと強化変身を遂げた。
「バトルモード!! うぉおおおお!!」
エボリューションアライブは拳を握りしめ、獅子男目掛けて走り出す。
彼は迎撃する火炎弾を物ともせず、獅子男を闘技場の壁に叩きつけた。
「今だ!」
獅子男にトドメを刺すべく、アライブは全形態の武器を合体させる。
エボリューションブラスターを構えた彼の前に、一つの影が立ちはだかった。
「させない……!」
倒した筈の蛇女が、両腕を広げて獅子男を庇う。
普段の余裕をかなぐり捨てた鬼気迫る姿に、アライブは一瞬攻撃を躊躇った。
しかしすぐ思い直し、エボリューションブラスターに力を集中させる。
だが結局、アライブが必殺技を放つことはなかった。
「なっ……!?」
獅子男の爪が、背後から蛇女の心臓を貫いたのだ。
愕然とする蛇女に、彼は無慈悲に言った。
「おれの前に立つなよ、負け犬が」
「そんな。アタシたち、仲間じゃ……」
「確かに仲間だ。だがおれは昔から嫌いだったんだよ。蛇も、そこでくたばってる山羊もな!!」
「どう……して」
「うるせえ! おれより先に人間の姿なんか得やがって。失せろ!」
子供じみた言葉を吐きながら、獅子男は蛇女の心臓を抜き取る。
続けて山羊男の心臓も取り出すと、彼は両手の紅い肉塊に語りかけた。
「どいつもこいつも、おれを差し置いて人間に近づいて……だがそれもここまでだ」
獅子男は二人の心臓を喰らい、蓄えられていた力と遺伝子をその身に取り込む。
沸騰した血液に全身を灼かれながら、彼は天を仰いで叫んだ。
「獅子、山羊、蛇、人間……最強生物の遺伝子がついに揃った! これでおれは……『おれ』になる!!」
四つの遺伝子をその身に宿して、獅子男は最後の進化を遂げる。
変異を終えた彼の肉体は、日向昇そのものとなっていた。
「おれ……?」
髪の毛から爪の先まで何もかもが鏡写しの自分を、アライブは呆然と見つめる。
その右腕には、黒いショックブレスが嵌められていた。
「臨終」
死を告げる文言と共にブレスを起動し、心臓を殴りつける。
獅子の頭、山羊の胴体、蛇の脚。
全ての生命を滅ぼす戦士が、闇に包まれて誕生した。
「悪の、アライブ……」
戦いを見守っていた月岡が、見たままを呟く。
戦士はアライブの目を見据えて、自身の名を告げた。
「お前が
『デッド』を名乗った戦士は悠然たる足取りでアライブに近づき、彼の胴に掌を添える。
そして繰り出した掌底は、エボリューションアライブを容易く吹き飛ばした。
「そんな!?」
無敗を誇った最高傑作を圧倒する様に、本部の木原が驚愕する。
デッドは剣を生成し、地面に引き摺りながら走り出した。
「うっ!」
アライブは攻撃を間一髪躱し、ブラスターで牽制しつつ間合いを取る。
弾丸を剣で叩き落としながら、デッドは空中に幾つもの剣を生成した。
「串刺しになってしまえ!!」
降り注ぐ剣の雨を喰らい、アライブを守るバイクの鎧が傷ついていく。
絶体絶命の状況を打破すべく、アライブは最後の切り札を発動した。
「ぁああああ……」
エボリューションブラスターに全エネルギーを集中し、デッドに狙いを定める。
しかしデッドはアライブの奮闘を鼻で笑い、ブラスターに酷似した漆黒の弩を作り出した。
「……おりゃあ!!」
「はっ!」
二つの破壊力が激突し、闘技場全体を揺るがす衝撃を放つ。
生と死のせめぎ合いを制したのは、デッドの黒い弾丸だった。
「ぐぅ……あああぁッ!!」
弩の威力は鎧ごとアライブの肉体を粉砕し、彼を変身解除へと追い込む。
倒れ伏したアライブ––昇の姿を見て、誰もが戦いの終わりを確信した。
ただ一人、デッドだけを除いては。
「死ね」
湧き上がる殺意に呼応して、剣を手にしたデッドの全身が黒い炎に包まれる。
その構えは、アライブが幾度となく振るってきた必殺剣そのものだった。
「やめろ!!」
デッドの狙いを察し、月岡が叫ぶ。
しかしその声は届くことなく、デッドは漆黒の不死鳥となって昇に襲いかかった。
「日向さん!!」
ようやく闘技場に辿り着いた水野が、声の限りで昇の名を叫ぶ。
全人類の希望ごと、デッドの剣が昇の体を貫いた。
「まだ、だ……」
昇はそれでも諦めず、デッドに拳を振るおうとする。
だがデッドは苦し紛れの抵抗すらも許さず、突き刺した剣を勢いよく引き抜いた。
紅の鮮血を散らしながら、昇の体が地面に倒れ込む。
勝利を確信したデッドの咆哮が、暗雲立ち込める空に轟いた。
———
不屈の不死鳥
デッドの剣が昇の体を貫いた時、闘技場は異様な静寂に包まれた。
観る者たちは硬直し、それまでどこか絵空事のように思えていた破滅が現実味を帯びてくる。
観客の一人が空を見上げて、力なく呟いた。
「もう終わりだ、俺たち死んじまうんだ……」
その声が呼び水となり、諦観の大合唱が闘技場を埋め尽くす。
もはや決定づけられたに等しい絶望に抗わんと、水野はただ一人叫んだ。
「頑張れ!!」
日向さんはまだ負けていない。私たちはまだ生きている。
ならば、非力な私たちにできることは––。
「頑張れ!! アライブ頑張れ!!!」
力の限り応援し、想いを届けること。
怯える心を懸命に奮い立たせて、彼女は応援を続けた。
麻婆堂の店長や火崎あかね・さくら母娘、ハロウィンの日に心を通わせた少年も、続けて声を上げる。
そしてその声は少しずつ、だが確実に闇を溶かしていった。
「頑……張れ、頑張れ! アライブ!!」
「俺は、お前のせいで死ぬ気も無くなっちまったんだ。なのにお前が先に死ぬなんて許さねえぞ!」
かつて死を望んだ生蔵も、アライブにあらん限りの声援を送る。
その声は、東都総合病院で傷病者の対応に明け暮れる榎本の元にも届いていた。
「信じていますよ。昇くん」
心の中で祈りを捧げ、彼は再び仕事に戻る。
アライブに、特撃班に救われた者たちの祈りは、雲間に差す陽光のように少しずつ勢いを増していった。
「お待たせ! みんな大丈夫!?」
驚愕する月岡たちの元に、木原が息を切らして駆けつける。
木原は急いで月岡たちの縄を解き、彼らの自由を取り戻した。
「出来たてホヤホヤの超高性能爆弾。これをエネルギー融合炉にセットすれば、確実に天の槍を破壊できる」
月岡たちの手に銀色の球を握らせて、木原が言う。
期待以上の打開策を引っ提げて現れた彼女に、月岡が礼を言った。
「……ありがとうございます。やはり木原さんの発明には、状況を打開する力がある」
「その発明品を活かせるのは、シズちゃんたちの頑張りあってこそだよ」
チームとしての結束を改めて実感し、月岡と木原は頷き合う。
火崎が全員の顔を見回して、作戦指示を下した。
「目標は天の槍のエネルギー融合炉だ。そこを爆破して、奴らの野望を砕く!」
「了解!!」
「よし、特撃班出動!!」
月岡たちは玉座の間を脱し、天の槍を目指す。
彼らの中にさえ薄らと首をもたげていた絶望感は、もうすっかり消え失せていた。
「……うるさい! 黙れ黙れ黙れぇ!!」
デッドが幾ら叫んでも、観客たちの声援は鳴り止まない。
耳を塞ぐデッドの足元で、昇の指先が微かに動いた。
「何だと……!?」
心臓を鳴らし、呼吸をし、目を開く。
そして昇は大地を踏み締め、復活を果たした。
希望に満ちた拍手喝采が、立ち上がった昇を讃える。
殺した筈の相手を前に、今度はデッドが愕然となった。
「何故だ、何故生きている!」
「諦めなかったからだ。みんなの生きたいって想いが、おれに力をくれたんだ!」
鼓動する胸に手を当てて、昇は敢然と突きつける。
あまりにも隔絶した価値観を前に、デッドの口から乾いた笑いが溢れた。
「……あぁそうかい。だったらその想いごとぶち壊してやるよ!!」
デッドは空高く跳躍し、遥か上空に聳え立つ天の槍の先端に着地する。
彼は全ての生命力を懸けて天の槍を侵食し、その圧倒的なパワーを自らの身に取り込んだ。
「天の槍よ、おれと一つになれ! そして全てを破壊しろ!!」
デッドは天の槍と一体化し、人でも獣でもない悼ましいナニカとなる。
力以外の全てを捨てた哀れな生き物の成れの果てはノイズのような叫び声を上げると、槍の先から凄まじい雷撃を放った。
「こんなの、どうやって倒せば……」
「日向昇!」
唇を噛む昇の元に、月岡たちが駆けてくる。
暴れ狂うデッドを指差して、月岡が言った。
「お前が戦っている間に、天の槍に超高性能爆弾をセットした。それを起爆させれば倒せる!」
「皆さん……ありがとうございます!」
昇は月岡たちに礼を言って、一歩前に出る。
そしてショックブレスを起動し、生きる意思を込めて心臓を殴りつけた。
「超動!!」
5万ボルトの電流が心臓を異常活性させ、昇を戦士アライブへと変える。
アライブはスネークヌンチャクを天の槍に伸ばし、一気に槍を駆け上がった。
「小癪なァ!」
デッドの雷撃を二本のゴートブレードで弾きながら、彼は少しずつ爆弾の位置まで接近する。
ライオンキャノンを構えたアライブに、デッドが吼えた。
「砕け散れぇえええ!!」
放たれた雷撃を、アライブはキャノンの砲撃で相殺する。
目の前で衝突した威力の反動を受け、アライブの体が天の槍から引き剥がされた。
歩みを止めてなるものかと、彼は剣を突き立ててしがみつく。
しかし強風に煽られ、アライブはとうとう空中に投げ出されてしまった。
「これでジ・エンドだ!!」
無防備なアライブを、デッドの雷撃が打つ。
閃光に包まれて堕ちていくアライブを、デッドが盛大に嘲り笑った。
「アライブよ、所詮お前は流れ星。例えどれだけ輝こうと、最期は地に落ち消え去るのみだ!」
「違う」
デッドの言葉を、月岡は真正面から否定する。
日向昇の輝きは、一度きりで終わる儚いものではない。
何度苦悩という夜に沈んでも必ず明るさを取り戻し皆を照らすその生き様の名を、彼は高らかに叫んだ。
「アライブは、日向昇は……太陽だ!!」
その瞬間、暗雲に覆われていた空から一筋の光が差した。
光はアライブの体を貫き、彼の生命力を更なる領域へと引き上げる。
身を翻したアライブの背に、炎の翼が出現した。
「これで決める!!」
アライブは炎の翼を羽ばたかせ、不死鳥となって空を舞う。
そして渾身の力でゴートブレードを振るい、天の槍とデッドの肉体を切り離した。
超高性能爆弾が起爆し、天の槍を木っ端微塵に破壊する。
最終兵器が壊れゆく様を目に焼き付けながら、デッドは初めて涙を流した。
「おれだって生きたいよ。死ぬのは、怖いよ……」
最強を夢見た生物は死の間際、ようやく自分の本心に気がついた。
しかし無情にも命は尽き、デッドは灰となってこの世を去る。
デッドの最期を看取ったアライブの背中から、炎の翼が静かに消えた。
「……っ」
アライブは昇の姿に戻り、重力に身を任せて落下する。
人々の命を守り抜いた戦友を、月岡たちはしっかりと受け止めた。
「やった! やったぞ!」
「俺たち助かったんだ!」
観客たちは無事を喜び合い、誰彼構わず抱擁を交わす。
闘技場の中心に立つ昇と仲間たちを、水野はただじっと見つめていた。
「月岡さん、皆さん、おれ……」
昇が何か言いかけた瞬間、盛大に腹の虫が鳴る。
その瞬間、彼らの心に張り詰めていた緊張の糸はようやく解けた。
「最後の最後で締まらん奴だな、お前は」
「すみません。でも、お腹空いちゃって」
生きているから、体は次の活力を求める。
苦笑する昇の肩を抱いて、火崎が父親らしく言った。
「そうだな。何か美味いもん食いに行くか!」
「……はい!」
世界を救った祝勝会のため、五人はマイナスナンバーたちの夢の果てを後にする。
無邪気にハシャぐ昇たち、そしてそれぞれの生活に戻っていく市民たちを、真っ赤な太陽が照らしていた。