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第33話 心身交換

猟犬の策略




「ソウギ様……」


 秘密の部屋に入ったきり戻らない主の名を呟きながら、GODは一人特危獣の研究に打ち込む。

 電子頭脳に搭載されたデータを分析しながら、彼は独り言を呟いた。


「スパイダーもベアーも、ソウギ様を満足させる結果には至らなかった。やはりアライブの肉体を捧げるより他にないか」


 だが、エボリューションアライブとなった彼と真っ向から戦うのは危険だ。

 電子頭脳をフル稼働させて、彼は一つの策を導き出した。


「戦って勝てぬのなら、戦わなければいい」


 GODは冷凍庫から進化の種を取り出し、電気ウナギの遺伝子サンプルを垂らす。

 サンプルを吸収した進化の種は急成長の末、やがて一体の特危獣となった。


「行くぞ、『サンダーイール』。その力でソウギ様に安寧を齎すのだ」


 特危獣サンダーイールは全身に電流を迸らせて応え、GODと共に市街地に繰り出す。

 無秩序な破壊活動を繰り広げる二体を止めるべく、特撃班が出動した。


「落ち着いて避難してください!!」


「こっちだ、早く逃げろ!!」


 月岡と現地の警官隊が二体を足止めする中、火崎と金城が避難誘導を行う。

 本部のコンピュータで避難完了を確認して、木原が言った。


「ヒューちゃん、変身していいよ!」


「了解!」


 昇は愛機エボリューション21のエンジンを噴かせて、ショックブレスを起動する。

 しかし変身にかかる僅か一瞬の隙を突き、GODが銃弾を放った。


「遅い!」


「っ!」


 昇は心臓部に持っていきかけた右手を正面に伸ばし、電気を纏った掌で弾丸を握り潰す。

 そしてそのまま心臓を殴りつけ、己が身を戦士アライブへと変えた。


「超動!!」


 昇––アライブは迷わずサンダーイールを轢き飛ばし、バイクを鈍器代わりに振り回して追撃する。

 しかし電気ウナギ由来のぬめり気にいなされ、中々有効打を与えられない。

 攻めあぐねるアライブに、月岡が叫んだ。


「そいつに打撃は効かない。山羊でいけ!」


「分かりました!」


 アライブは山羊の姿(ゴートフェーズ)に形態変化し、二刀流へと戦法を切り替える。

 斬撃を繰り出そうとしたアライブの前に、GODが立ちはだかった。


「GOD……!」


「ソウギ様のために死ね」


 GODは鋼鉄の腕でアライブの剣を受け止め、零距離で長銃を撃つ。

 衝撃に怯んだアライブを、GODの蹴りが吹き飛ばした。


「がはっ!」


 アライブはダメージを防ぎ切れず、基本形態へと戻ってしまう。

 金城に助け起こされたアライブに、GODが銃口を突きつけた。


「新たな力を使え。今のままでは話にならん」


 アライブは金城を下がらせ、エボリューション21から起動キーを抜き取る。

 そしてキーのボタンを押し、力を引き出すための音声を入力した。


「エボリューション21・バトルモード……!」


 命令を受けたエボリューション21の車体が装甲に変わり、アライブの肉体に覆い被さる。

 エボリューションアライブへの強化変身が完了する刹那、GODが叫んだ。


「今だ、サンダーイール!」


 サンダーイールが電気のエネルギーを一点に集中し、アライブ目掛けて放出する。

 高圧電流の凄まじい熱を感じた瞬間、金城は考えるより先に飛び出していた。


「金ちゃんダメ、止まって!!」


 雷撃に弾かれた金城のインカムから、木原の悲痛な叫びが響く。

 愕然とするアライブの眼前で、金城を電流が打ち据えた。


「うああっ!?」


 余波を受けたアライブも吹き飛ばされ、意識が一瞬途絶える。

 しかしすぐに意識を取り戻し、彼は金城の体に駆け寄った。


「大丈夫ですか、日向さん!」


「ありがとうございます、金城さん」


「……ん?」


 互いの無事を確認すると、二人は同時に小首を傾げる。

 倒れたのは金城で駆け寄ったのは昇なのに、何故か互いに逆の名前を呼んだのだ。

 まあいいかとその場は流す昇と金城を見て、GODが呟いた。


「これは……妙な事態になったな」


「てめえ、日向たちに何をした!」


「計画の見直しが必要になった。退却するぞ」


 GODは火崎の問いには答えず、サンダーイールを連れてその場を去る。

 敵の気配が消えたことを確認して、アライブがおずおずと金城に尋ねた。


「あの……これ、どうすれば元に戻れるのでしょうか?」


「リラックスする感じでいけば大丈夫ですよ。コツは心臓の辺りを意識して」


「お前らちょっと待て!」


 平然と会話を繰り広げる二人の間に、火崎が割って入る。

 アライブと金城を交互に見回して、彼は当然の疑問をぶつけた。


「何で日向は変身解除のやり方を忘れてるんだ? あと金城も金城で何でコツまで知ってるんだよ?」


「いや、忘れてませんよ。日向昇はおれですし」


 と、金城。


「ええ。それに金城は私です」


 と、アライブ。

 頭を抱える火崎に代わって、月岡が呆れた声で言った。


「二人とも……お互いを見てみろ」


 月岡に促されるまま、アライブと金城は向かい合って互いの姿をまじまじと見つめる。

 凝視を通り越してガンを飛ばすような目力をぶつけ合わせて、二人はようやく異常事態に気がついた。


「えっ、おれ!?」


「目の前に私が!?」


 アライブの体に金城の精神が入り、金城の体にはアライブの精神が入っている。

 フィクションにおいては定番の、しかし現実には全くあり得ない状況を、二人は声を揃えて叫んだ。


「おれたち……」


「私たち……」


「入れ替わってる!?」

———

その身の運命




「嘘、マジで入れ替わっちゃったの!?」


 本部に戻った月岡から報告を受けるなり、木原が驚きの声を上げる。

 知的好奇心に駆り立てられるまま、彼女は昇––どうにか変身解除できた––と金城を検査用のベッドに寝かせた。


「二人ともそのヘッドギアつけて深呼吸してね、脳波とかバイタルとか諸々測るから! こりゃあ久々に唆るぞ〜うぇっへへへへ」


「勝手に唆らないでください! ほら日向さんも何か言って……ああ順応が早い!」


 静かに目を閉じて深呼吸を始めた自分の体を見て、金城が頭を抱える。

 昇は落ち着いた調子で彼を諭した。


「大丈夫ですよ。命までは取られませんから」


「そんな命以外は取られるみたいな……」


 昇の説得で逆に恐怖心を強めながらも、金城は観念してヘッドギアを装着する。

 そして数十分後、木原は仲間たちに検査結果を伝えた。


「二人の脳波は綺麗に逆転してる。精神の違いってのはとどのつまり刺激に対する脳の反応の差異だからね。『入れ替わり』と呼んで差し支えないと思うよ」


「原因は、やはりあの特危獣の攻撃ですか」


 月岡の問いに頷いて、木原はサンダーイール戦の記録映像を再生する。

 彼女は高速演算を行いながら、飄々とした態度で言った。


「あそこで金ちゃんが飛び込んだから入れ替わりなんてことになったけど、もしヒューちゃんに直撃してたら死んでたね。いやー、悪運が強いというか何というか」


「だからって褒めたりしねえぞ。あんな無謀な行動、二度とするんじゃねえ」


「……火崎さん」


 火崎と金城の間に、重苦しい空気が立ち込める。

 灰色の沈黙を破って、木原が口を開いた。


「あたしが一刻も早く元に戻れる装置を作るから、それが完成するまでの辛抱だよ。でも折角だし、入れ替わり生活を楽しんでみたら?」


「楽しんでみたらって、そんな無責任な」


 金城の抗議を、けたたましく鳴り響いた腹の虫が遮る。

 これまでにない空腹感を覚えて倒れ込んだ金城を助け起こして、昇が言った。


「おれの体、戦うと滅茶苦茶お腹空くんですよ。麻婆堂に行きましょう」


「わ、分かりました」


 金城は昇に体重を預け、麻婆堂に続く階段を上がる。

 先んじて炒飯と八宝菜のセットを食べていた水野が、昇たちに気づいて振り向いた。


「日向さん! 一体どうしたんですか?」


「心配しないでください。おれは全然何ともないですから」


「えっと……あなたは確か、金城さんですよね? 何であなたが答えるんですか?」


 水野に指摘され、二人の顔が青褪める。

 入れ替わりの事実だけは、何としても秘匿しなければならない。

 喋る元気もない金城に代わって、昇が話題を逸らした。


「ごめんなさい、ついうっかり。それよりいいですよね、八宝菜」


「はい! 特にごま油の風味が最高で」


「そうなんですか? おれ、麻婆豆腐以外はあんまり食べないんで……あっ」


 会話を楽しむあまり演技を忘れてしまった昇に、水野は再び疑惑の目を向ける。

 もはや隠しきれないと絶望したその時、金城が声を上げた。


「どうですかおれの腹話術、上手いでしょ」


「……腹話術?」


「はい。最近腹話術にハマってまして、金城さんに手伝ってもらってたんです」


「なるほど、そういうことだったんですね!」


 昇の口調や言葉遣いを忠実に再現した金城の説明で、水野はあっさりと納得する。

 暫く腹話術の真似事をしていると、食事を終えた彼女は会計を済ませて店を出ていった。


「やっと帰った……」


 二人は深い溜め息を吐き、並んでカウンター席に座る。

 そして届いた注文の品を見て、彼らは互いに顔を見合わせた。


「えっ、これだけで本当に足りるんですか?」


「日向さんこそ、これは些か食べ過ぎでは」


「そんなことないですよ。おれの体、特盛を十杯は食べないと力出ないんで」


「じゅっ……!?」


 人間離れした食事量を想像するだけで、金城は胃もたれを起こしそうになる。

 震える手でスプーンを握る彼をよそに、昇はもうラーメンを完食していた。


「ご馳走様でした! 人間って、本当にこれでお腹いっぱいになるんですね!」


「まあ、はい……」


 曖昧に返す金城の方は、まだ半分しか麻婆豆腐が減っていない。

 昇が不思議そうに見つめていると、金城が不意に口を開いた。


「日向さん。私は今、とても空腹です。しかし衝動に身を任せてしまうのはあまりに恐ろしい。……これが、普段あなたが感じている葛藤なのですね」


 昇は静かに頷く。

 音もなくスプーンを置いて、金城は真剣そのものの態度で言った。


「そのことを踏まえた上で提案します。私たちは、このまま入れ替わって過ごすべきではないでしょうか?」


「えっ!?」


「私はこの事態の責任を取り、日向さんの代わりにアライブとなって戦います。そして日向さんは私の体で好きに生きればいい。悪い話ではないと思いますが」


 金城の肉体になれば、人間として生きる夢が叶う。

 しかし昇は首を横に振り、きっぱりと言い放った。


「おれは元の体に戻りたいです」


「しかし、それではまた」


「苦しいのも辛いのも、全部おれの身に降りかかった運命です。それに、両親がくれた体まで失いたくないから」


 昇の決意を受け、金城は黙り込む。

 何か言いかけた金城を、一部始終を聞いていた月岡が遮った。


「日向昇の言う通りだ」


「月岡さん……」


「お前はあの時身を挺して日向昇を庇ったが、島先輩はお前を叱った。何故か分かるか?」


 分かりません、と金城は弱々しく答える。

 月岡は呆れたように正解を告げた。


「お前が心配だったからだ」


 金城はハッと目を見開く。

 彼の肩に手を置いて、月岡は優しく語りかけた。


「命を守るには、まず自分を大事にしなければならない。島先輩は、そのことを思い出して欲しかったんだ」


 昇も頷き、力強く親指を立てる。

 朗らかに微笑む自分の顔と目を合わせ、金城は固く誓った。

 必ず元の体に戻り、そして昇に体を返すのだと。


「私は思い違いをしていました。気づかせていただき、ありがとうございます!」


 金城は深々と頭を下げ、一気に麻婆豆腐を平らげる。

 皿が空になったちょうどその時、木原が階段を駆け上がって叫んだ。


「できたよ! 元に戻る装置が!」


 四人は本部に戻り、木原が開発した装置を見上げる。

 黒い箱の形をした大型装置を見上げながら、木原が仕様を解説した。


「この箱に電気を溜め込んで、ヒューちゃんと金ちゃんに流す。すると入れ替わった時の状況が再現されて、二人は見事に元通りってわけ」


「ありがとうございます! じゃあ早速」


 使いましょう、と昇が言う間もなく、真っ赤なサイレンが特危獣出現を告げる。

 出動しようとする火崎に、金城が深々と頭を下げた。


「火崎さん、すみませんでした」


「気にすんな。さあ行くぞ!」


「……はい!」


 四人はそれぞれの車両に乗り込み、特危獣サンダーイールの出現地点へと急行する。

 置き去りにされた装置の滑らかな表面に、木原の不敵な笑みが映り込んだ。


「今度は確実に仕留めてやる」


 サンダーイールと共に現れたGODが、特撃班に苛烈な銃撃を見舞う。

 広範囲な雷撃と正確無比な射撃が織り成す強固な守りを前に、火崎が唇を噛んだ。


「クソッ、全然近づけねえ!」


「何かが必要だ。奴らの防御を崩す何かが」


「私に考えがあります」


 金城が手を挙げ、木原に通信を繋げる。

 手短に作戦を伝えると、彼女の快活な返事が鼓膜を揺さぶった。


「金ちゃん……それ最っ高!」


 厳ついエンジン音が響き、一台の大型トラックが昇たちの前に姿を現す。

 運転席から現れた木原が、誇らしげに腕を組んで叫んだ。


「あたしの発明品、特別に見せてあげる!」


 木原はトラックの荷台を開き、GODたちに例の黒箱を見せつける。

 木原は大袈裟な身振り手振りと共に、わざと手の内を明かした。


「これは入れ替わった二人を元に戻す装置! 早く壊さないと、作戦が台無しになっちゃうよ!」


「……チッ」


 GODはすかさず弾丸を放つが、特殊合金で作られた外装には傷一つつかない。

 ならばと差し向けたサンダーイールが、装置に高圧電流を流し込んだ。


「例え外装が硬かろうと所詮は機械。高圧電流をかければ……」


「『高圧電流』ならね」


 木原はニヤリと笑い、GODを挑発する。

 困惑する昇たちに、金城が彼女の思惑を明かした。


「この装置は、サンダーイールの電気を動力源にすることを前提に開発されていたんです。だから敢えて敵前に晒し、電撃を受けさせた。そうですね、木原さん」


「その通り! 流石、あたしの助手だね!」


「助手ですか。それもいいかもしれませんね」


 ハイタッチを交わす二人の後ろで、装置の充電が完了する。

 装置から伸びるコードを昇と金城に繋いで、木原が装置を起動した。


「それじゃあいくよ! スイッチオン!」


 莫大な量の電気が二人の体に流れ込み、脳波を正常値へと戻していく。

 そして昇と金城の精神は、遂にあるべき場所へと戻った。


「あとは頼みましたよ、日向さん」


「任せてください! 超動!!」


 昇はアライブへと変身し、更にエボリューション21の起動キーを構える。

 アライブは電撃が間に合わない零距離まで肉薄し、エボリューションアライブへと強化変身を遂げた。


「エボリューション21・バトルモード!!」


 真紅の装甲を纏ったアライブはゴートブレードを振るい、サンダーイールの触手を切り落とす。

 怯んだサンダーイールを守るように飛び出したGODが、長剣でアライブに斬りかかった。


「マイナスナンバーを退けた力、見せてみろ」


 斬り結ぶ両者の力は全くの互角。

 しかし技巧で勝るGODが徐々に優勢となり、徐々にアライブを押し込み始めた。


「その程度か」


「……まだだ!!」


 エボリューションアライブは装甲を解除し、パーツを飛び散らせてGODを怯ませる。

 更に空中でバイクに戻った装甲を振り回してGODを叩きのめし、彼の装甲を打ち砕いた。


「……ッ。サンダーイール、そいつらを叩きのめせ」


 置き土産とばかりに進化の種を数粒放り投げ、GODは撤退する。

 進化の種を残らず喰らったサンダーイールの体が、俄かに脈動し始めた。


「これは……!?」


 急激な成長がサンダーイールの肉体を変異させ、巨大な東洋龍を思わせる怪物となる。

 雷を纏って吼え猛るサンダーイール・荷電体(かでんたい)から皆を守らんと、アライブが一歩を踏み出した。


「おれは……負けない!!」


 アライブは再び装甲を纏い、二振りの剣を構えて真っ向から立ち向かう。

 しかし荷電体となったサンダーイールの再生能力は、アライブの予想を遥かに超えていた。


「なっ!?」


 長大な肉体を幾ら両断しようとも、即座に元通りとなって反撃に転じてくる。

 常識外れの力を持つ敵にとどめを刺すべく、月岡がアライブにライフルを投げ渡した。


「月岡さん、ありがとうございます!」


 アライブはライフルをライオンキャノンに変え、サンダーイールの発電器官に狙いを定める。

 再生すら許さない絶対的な火力を得るため、彼は仲間たちに協力を依頼した。


「木原さん、装置の残存電力を全ておれにください」


「分かった! 送電時間は……十秒!」


「ありがとうございます。月岡さんたちは」


「みなまで言うな、相棒」


「時間稼ぎは任せろ!」


「私たちは、五人で特撃班ですから!」


 月岡、火崎、金城は隊列を組み、雷撃を掻い潜りながら弾丸の雨で敵の注意を惹きつける。

 そしてサンダーイールが渾身の雷撃を放とうとした瞬間、アライブは装置から全ての電力を受け取った。


「充電完了!!」


「おおぉ……ぅおりゃあああッ!!」


 アライブの放つ最大火力の火炎弾が、サンダーイールの雷撃を突き破って心臓部に直撃する。

 進化の種を全て灼き尽くされたサンダーイールは二度と再生することなく、断末魔の叫びを遺して灰に還ったのだった。


「勝った……」


 アライブは昇の姿に戻り、安堵の溜め息を吐く。

 仲間と力を合わせることこそがチームの意義だと、昇たちは改めて学んだのだった。


「さ、帰ってご飯食べましょう!」


 戦いを終えた五人は、夕陽の向こうに待つ麻婆堂へと帰っていく。

 後日、水野に腹話術を見せるよう頼まれた昇は死に物狂いで練習に明け暮れることになるのだが、それはまた別の話である。

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