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第19話 俺たちの決着

二人のアライブ



 死の淵から這い出た日向昇は、専用バイク・エボリューション21を駆り月岡のいる地下発電所に急行した。

 鉄の扉を突き破り、一気に階段を飛び降りる。

 昇は月岡を縛る糸を解き、彼の自由を取り戻した。


「チッ……この相棒もどきが! 俺たち二人の時間を邪魔してんじゃねえ!」


「あなたこそ、月岡さんの生きる邪魔をしないで下さい!」


 激昂するスパイダーに、昇は鋭く反論する。

 彼は月岡の隣に並び立ち、敢然と宣言した。


「月岡さんのバディとして、人間から特危獣になった者として! おれは絶対、あなたに勝つ!!」


「……面白え。やれるもんならやってみろ!」


 スパイダーは昇の挑戦を受け入れ、彼がアライブに変身するのを待つ。

 中和弾の入った弾倉を手渡して、昇が月岡に言った。


「行きましょう。今だけは、おれたち二人でアライブです」


「……ああ!」


 昇はショックブレスを起動し、月岡は弾倉をライフルに装填する。

 それぞれの戦闘準備を終えて、二人は同時に叫んだ。


「超動!!」


 昇は走りながらアライブへと変身し、それを追いかけるように数発の銃弾が駆け抜ける。

 アライブの拳とスパイダーの拳がぶつかり合い、暗い発電所に火花を散らした。


「くっ!」


 月岡の放った弾丸が命中し、スパイダーが軽く仰け反る。

 その隙にアライブはゴートフェーズに形態変化し、ゴートブレードの二刀流でスパイダーに斬りかかった。


「バカめ、何度やっても一緒だ!」


 スパイダーも糸杖で応戦し、二人は激しい剣戟を繰り広げる。

 しかしスパイダーの予想に反し、双方の力は完全に互角となっていた。


「てンめぇ……!」


 生きたいと願う感情がアライブの能力を飛躍的に高めているせいもあるが、それだけではない。

 スパイダーは貧血のような倦怠感に見舞われ、本来の力を出せなくなっていたのだ。

 まさか、と彼は月岡のライフルを睨む。

 アライブの剣と鍔迫り合いをしながら、スパイダーが叫んだ。


「月岡、お前なにを撃ちやがったァ!」


「さあな。俺にも分からん」


 質問をバッサリと切り捨てながら、月岡は更に弾丸を撃ち込む。

 それを受けた瞬間、倦怠感は更に悪化した。


「はあッ!」


 無防備になった瞬間を狙い、アライブが斜め十字の斬撃を叩き込む。

 床を転がりながら、スパイダーは弾丸の正体に思い至った。


「中和弾か……!」


 スパイダー猛毒体の毒素は強力な武器であると同時に、体を動かすエネルギー源でもある。

 木原はそこに着目し、毒素を打ち消す作用を持った弾丸を開発したのだ。

 これ以上中和弾を撃たれてはならない。

 スパイダーは標的を月岡に切り替え、猛毒の糸弾を連射する。

 本体以外に中和弾を使わせまいと、アライブはスネークフェーズに形態変化した。

 スネークヌンチャクを巧みに操り、糸弾を一つ残らず叩き落とす。

 そして伸ばしたヌンチャクでスパイダーの体を縛り、計器類のついた壁に彼を追い詰めた。


「クソがッ、調子に乗るなァ!!」


 スパイダーはヌンチャクを猛毒の唾液で溶かし去り、爪を尖らせて走り出す。

 身構えたアライブを擦り抜け、彼は月岡目掛けて爪を振り下ろした。


「……フッ」


 しかし月岡は微塵も怯むことなく攻撃を躱し、アライブにライフルを投げ渡す。

 放物線に吸い寄せられたスパイダーの視線の先で、アライブはライオンフェーズに形態変化していた。


「終わりだ!」


 ライフルをライオンキャノンに変え、アライブが腰を低く落として構える。

 そして全ての力を集中させ、灼熱の火球を撃ち放った。


「小癪なぁあああッ!!」


 スパイダーは二本の糸杖を交差させ、火球を正面から受け止める。

 しかし弱りきった体ではその威力に抗しきれず、スパイダーは火球に包まれて慟哭した。

 炎が機械に引火し、断続的に火花が飛び散る。

 基本形態に戻ったアライブは月岡の手を取り、共にバイクに跨って加速した。


「間に合えっ!!」


 走り出すバイクの背後で、発電所がスパイダー諸共大爆発を起こす。

 発電所から吹き上がる黒煙を見つめながら、月岡が言った。


「弱った体であれだけの爆発を受けたんだ。もう生きてはいないだろう」


 スパイダーの怨みを体現するように、黒い煙は出続ける。

 やがて煙は蜘蛛の足先に変わり、スパイダーが地下から這い出した。


「お前も地獄の道連れだ、月岡ァ……!」


 スパイダーは猛毒の体液で全身を包み、紫色の大蜘蛛となる。

 月岡の前に出たアライブが、負けじと体に力を込めた。

 生きる意思で体に熱を灯し、全身を真紅の炎に包む。

 烈火の不死鳥と腐毒の大蜘蛛が、雄叫びと共に激突した。


「うおりゃああああッ!!!」


 アライブの炎がスパイダーの毒を吹き飛ばし、その外皮を剥き出しにする。

 そしてアライブはゴートブレードを突き出し、スパイダーの胴体を貫いた。

 噴き出した血液がアライブの顔にかかり、灼けつくような痛みを残して蒸発する。

 とうとう通常形態に戻ってしまった己の体を見て、スパイダーが力なく崩れ落ちた。


「そんな。毒が、最強のパワーが……!」


「諦めろ真影。お前の負けだ」


 スパイダーを真影の姿に戻すべく、月岡はライフルの銃口を向ける。

 引き金に指をかけたその時、遠くで嘲り笑うような声が響いた。


「まだ延長戦が残ってるよ」


 GODを従えたソウギが姿を現し、倒れたスパイダーの元に歩み寄る。

 彼の傷ついた頬を撫で、ソウギは微笑みながら言った。


「どうせ死ぬなら、最後にもうひと頑張りして貰おうかな」


 GODが月岡を押し除け、黒い長銃に込められた弾丸を放つ。

 その力を受けたスパイダーの細胞は暴走し、巨大なる蜘蛛の怪物と成り果てた。


「あっははは! 面白いものができたねえ!」


 もはや特危獣の枠すら逸脱した『ナニカ』を見上げて、ソウギが無邪気に手を叩く。

 巨大スパイダーの振り下ろした前脚から、GODが咄嗟に主を庇った。


「ここは危険です、ソウギ様」


「分かってるよ。じゃ、後はよろしくね」


 ソウギとGODが姿を消し、暴走する巨大スパイダーだけがその場に残される。

 かつての友の変わり果てた姿に、月岡の拳が震えた。


「……必ず倒す。犠牲者が出る前に」


 それでも気力を振り絞り、月岡はライフルを構える。

 巨大スパイダーの悼ましい叫びが、街の空に残響した。

———

太陽と月と影と光と



 巨大化したスパイダーの咆哮が、静かな街に轟く。

 アライブと月岡は大蜘蛛の暴走を掻い潜りながら攻撃を仕掛けるが、絶望的なまでの体格差を前に有効打を与えることができない。

 月岡の無線機に、本部の木原から通信が入った。


「今のそいつに毒素はない。特殊強化弾の方が効果的だよ!」


「了解!」


 月岡が弾薬を切り替えようとした瞬間、大蜘蛛が前脚を振り下ろす。

 寸前で彼を庇ったアライブが建物の壁に叩きつけられ、小さな呻き声を漏らした。

 大蜘蛛はアライブにも月岡にも構わず、明後日の方向に顎を向けている。

 触角を抜かれたアリのように錯乱した彼の姿に、月岡は思わず目を伏せた。


「もう、真影の心さえないのか……」


 しかしすぐに気持ちを切り替え、ライフルに装填した特殊強化弾を撃ち込む。

 弾丸を受けた大蜘蛛が絶叫し、八本の脚を蠢かせて月岡の方に猛進した。

 アライブは身構え、月岡を守る姿勢に入る。

 しかし大蜘蛛は二人の頭上を飛び越え、下の高速道路へと着地した。


「なっ!?」


 愕然とするアライブたちの眼下で、彼は一台のワゴン車を氷菓子のように噛み砕く。

 アライブがエボリューション21に乗り込み、月岡に言った。


「後はおれに任せて下さい」


「ああ。頼んだぞ」


 バディの信頼を背に受けて、アライブはバイクを発進させる。

 落下の勢いで大蜘蛛を貫き、タイヤが路面のアスファルトを踏み締めた。


「こっちだ!」


 加速するアライブを、大蜘蛛が車を踏み潰して追いかける。

 背後に迫る殺意を感じながら、アライブは更に加速した。

 充分に距離を離した所でゴートブレードを生成し、旋回して逆走する。

 そして剣を真っ直ぐに掲げ、大蜘蛛の腹を切り裂いた。


「……ッ!」


 肉を裂く感覚と垂れてくる緑の血が、アライブの心を波立てる。

 彼は一気に胴体の影を飛び出すと、続けて脚を切断した。

 大蜘蛛がバランスを崩し、腹這いになって高速道路に突っ伏す。

 無防備な大蜘蛛にトドメを刺すべく、アライブは大蜘蛛の背に飛び乗った。

 ゴートブレードを突き立て、振り回し、あらゆる手段で大蜘蛛の肉を削ぐ。

 しかし大蜘蛛の細胞は壊した傍から再生し、断ち切った脚までもが徐々に復活を始めた。


「早くしないと……!」


 限られた時間と武装の中、アライブは脳細胞を総動員して策を練る。

 そして思いついた作戦を、彼は躊躇いなく実行した。


「はっ!」


 アライブは大蜘蛛の背中を飛び降り、バイクのエンジンを噴かせる。

 出力最大となったバイクを大剣のように構えたアライブが、焦点の合わない大蜘蛛の目を見据えて叫んだ。


「これで……終わりだ!!」


「ギシャアアア!!」


 完全復活した大蜘蛛が雄叫びを上げて突進し、続け様に二本の脚を突き立てる。

 アライブは慎重に敵の動きを観察し、一気にバイクを振り抜いた。

 弾けた脚を風に飛ばして、怒涛の連続攻撃を繰り出す。

 車体の紅が煌めく度に、大きな肉片が吹き飛んだ。

 ダメージが修復速度を上回り、大蜘蛛の肉体が崩壊を始める。

 そしてアライブは大蜘蛛の顔面目掛けて、最後の一撃を叩き込んだ。


「ぅおりゃああああッ!!!」


 凄まじい爆発が起こり、大蜘蛛が木っ端微塵に爆散する。

 誰もいなくなった高速道路の先を見つめながら、アライブは小さく呟いた。


「やった……」


 張り詰めていた緊張の糸が切れ、彼は昇の姿に戻って倒れ込む。

 駆け寄ってきた月岡が、布団代わりになっていたバイクを起こして昇に手を差し伸べた。

 昇は安心しきった笑みを浮かべ、月岡の手を取って立ち上がる。

 最凶の敵を撃破した昇を、月岡は素直に褒め称えた。


「よくやったな」


「……はい!」


 月岡の言葉に、昇は屈託なく頷く。

 そして二人はバイクに跨り、特撃班本部へと帰還した。


「おかえり、二人とも」


 研究室の扉を開けて、木原が昇たちを出迎える。

 警官隊の報告を受けた金城が、興奮気味に告げた。


「スパイダーの細胞は完全に消滅。この戦闘による人的被害も0。我々の、完全勝利です」


「やったーっ!!」


 木原は両手を挙げて飛び上がり、月岡も顔を綻ばせる。

 程度は違えど喜び合う二人を見つめながら、昇だけは金城の言葉に違和感を覚えていた。

 本当に、これで終わったのだろうか。


「あの時見たものは、一体……」


 最後の一撃を放った後、昇は爆炎の中で真影の背中を見た。

 幻覚と片付けるのは簡単だが、それにしては現実感があり過ぎる。

 思索の海に沈んでいく昇を、飛び込んできた火崎が現実に引き戻した。


「大変だ! これを見ろ!」


 火崎の再生した動画を見て、昇の疑念は確信へと変わる。

 動画に映っていたのは、薄暗い路地裏を歩く真影の後ろ姿だった。


「監視カメラの記録映像だ。真影は……生きてる」


 火崎の言葉で、特撃班本部に再び緊張が走る。

 駆け出そうとした昇を遮り、月岡が言った。


「俺に行かせてくれ」


「……分かりました」


 昇たちは頷き、月岡に全てを託す。

 呪われた過去に決着をつけるため、月岡は特殊車両に乗り込んだ。

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