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第13話 すれ違いの立証

二人の迷走






 特危獣027・アネモネの撃破から数日と経たず、街には新たな特危獣が出没していた。


 目撃情報や画像をホワイトボードに纏めながら、木原が敵の正体を断定する。




「以上の特徴から見て、この特危獣はピラニアで間違いないね」




「ピラニアは鋭い牙を持つ凶暴な生物です。真影のことも考えると、いつも以上の苦戦を覚悟しなければなりませんね」




 金城の言葉で、大会議室に重い空気が漂う。


 しかしそんな雰囲気を断ち切って、木原が場違いに明るい声で言った。




「大丈夫! そんなに心配しなくても、あたしたちには新しい兵器があるんだから!」




 彼女が指を鳴らすと、袖に控えていた昇が高級レストランよろしく銀色の丸い蓋を運んでくる。


 蓋を開けると、中から黒い弾丸が姿を現した。




「今までの特殊弾より数倍強い新兵器。名づけて『特殊強化弾』!」




 木原はプロジェクターを操作し、特殊強化弾と以前の弾丸の比較映像を見せる。


 既製品では壊せなかった壁掛けを容易く破壊する特殊強化弾の威力に、月岡たちは思わず息を呑んだ。




「これがあれば、真影にも……!」




 太刀打ちできる可能性を見出し、月岡の胸が高鳴る。


 しかし奮い立つ彼の耳に飛び込んできたのは、思いもよらない言葉だった。




「それじゃあ今から対ピラニアの作戦会議を始めるけど、シズちゃんはちょっと外に出て」




「……それはどういう意味です?」




「シズちゃんを作戦から外すって意味だよ」




 それが当然とでもいうように、木原は何食わぬ顔で告げる。


 月岡は席を立ち、眉を吊り上げて木原に詰め寄った。




「どうしてです!? ソウギたちの動きを考えれば、戦力は多い方がいいでしょう!」




「そうだね。つまり今のシズちゃんは戦力外だってことになる」




「戦力外……?」




 自分の力をハッキリと否定され、月岡の顔から感情が消え失せる。


 そこで初めて、木原は自分の失敗に気がついた。




「……あれ? もしかして伝わらなかった? あたしの言いたいこと」




「しっかりと伝わりましたよ。あなたが俺を邪魔に思い、排除したがっていることが」




「そ、そうじゃなくて! あたしはただ」




「もう結構です。失礼します」




「待って!」




 引き留める木原には目もくれず、月岡は大会議室を去っていく。


 扉の閉まる音が、木原の耳に残響した。




「……言い過ぎだ」




 冷や汗をかく木原に、火崎が重々しく告げる。


 金城が立ち上がり、少し低い声で言った。




「確かに最近の月岡さんは不調です。しかしあの言い方では、彼を苦しめることにしかなりません」




 昇は何も言わず、ただじっと木原を見つめる。


 冷たく苦しい沈黙を、甲高い警報が引き裂いた。




「……話は後だ」




 昇、火崎、金城は車に乗り込み、ピラニアとの戦いに向かう。


 南西13キロの埠頭で暴れ回るピラニアに、火崎と金城が拳銃を向けた。




「早く逃げて下さい! 急いで!」




 二人は銃撃でピラニアを牽制しつつ、民間人を安全な場所へと避難させる。


 口の端を紅く染めたピラニアが、逃げる獲物の背中に牙を剥いた。




「待てッ!」




 走り出すピラニアは昇の飛び蹴りを食らい、姿勢を崩して転倒する。


 そして昇はアライブに変身し、ピラニアを組み伏せて殴りつけた。


 ピラニアも負けじと鋭い歯で拳に噛みつき、アライブを怯ませる。


 今度はピラニアがアライブの上に乗り、首筋に牙を突き立てた。




「ぐ……!」




 鮮血を啜られながら、アライブは懸命にピラニアを振り解こうとする。


 しかし決して離れぬピラニアに、彼は最後の手段を発動した。




「はあッ!!」




 ライオンフェーズの熱で敵を怯ませ、渾身の力で殴り飛ばす。


 すかさずスネークフェーズへと形態変化し、爪や牙の射程外からヌンチャクで滅多打ちにした。


 追い込まれたピラニアは堪らず海に飛び込み、水中に身を隠す。


 追跡しようとしたアライブの耳に、真影の軽薄な声が響いた。




「魚釣りか。俺も混ぜてくれよ」




 真影はスパイダーに変貌し、背後からアライブに襲いかかる。


 格闘戦を繰り広げる両者の前に、更なる闖入者が現れた。




「月岡さん!?」




「月岡ァ……!」




 作戦から外された筈の月岡がバイクを駆り、アライブとスパイダーの戦闘に割り込む。


 そしてバイクでアライブを撥ね飛ばすと、勢いのままスパイダーに発砲した。




「随分焦ってるな。そんなんじゃ俺には勝てねえぞ!」




 スパイダーは弾丸を払い除け、月岡を軽く放り投げる。


 尚も無謀な攻撃を繰り返す月岡を押さえつけて、アライブが叫んだ。




「落ち着いて下さい月岡さん!」




「どけ! こいつは俺がやる、やらなくちゃいけないんだ!」




「でも!」




 アライブは膝を突く月岡を助け起こそうとするが、彼はその行動さえ銃撃で拒絶する。


 最早連携などあったものではない二人の醜態に、スパイダーは心からの溜め息を吐いた。




「こんなの月岡じゃねえ……興醒めだ」




 彼はアライブと月岡を糸で縛り上げ、ピラニアの潜む海中に投棄する。


 新鮮な血の匂いを嗅ぎつけたピラニアが、飛沫を上げて二人に迫った。




「させねえ!!」




 ピラニアの牙がアライブたちを噛み千切る刹那、火崎と金城が麻酔弾を連射する。


 ピラニアが眠りに落ちたのも束の間、今度はスパイダーに銃口を向けた。




「遅ぇよ」




 火崎たちが引き金を引くよりも早く、スパイダーの糸が二人を拘束する。


 瞬く間に特撃班を半壊させたスパイダーが、火崎たちに顔を近づけて言った。




「後は木原だけだ。あの女がどんな死に様を見せてくれるか、楽しみだな」




 火崎たちは唇を噛みながら、埠頭を去るスパイダーの背を見送る。


 太陽が水平線に沈むまで、昇と月岡は海を漂い続けた。


———


嘘と本音と






 日向昇が目を開けると、そこは途方もない暗闇の中だった。


 何とも言えない浮遊感を覚えながら、昇は闇の中を見渡す。


 遠くに月岡の背中を見つけ、昇は急いで駆け寄った。




「月岡さん! よかった、生きてたんですね」




 しかし昇が月岡に手を伸ばした瞬間、彼の手は月岡の体を擦り抜けてしまう。


 昇が追いかけた分だけ、月岡の背中は遠ざかっていった。




「待って下さい!」




 永遠に縮まらない距離を埋めんと、昇は息を切らして走り続ける。


 とうとう力尽きたその時、眩い光が彼の視界を突き刺した––。




「……はッ!」




 そこで不思議な世界は終わり、昇は意識を取り戻す。


 深呼吸する彼の耳に、聞き慣れた声が響いた。




「よかった、気がついたんだね」




「木原さん……どうして」




「ショックブレスの信号を辿ったの。にしても重労働だったなぁ、大人の男二人を運ぶのは」




 木原は大袈裟に腕を回しながら、昇の隣のベッドで眠る月岡を覗き込む。


 微かに上下する胸板が、彼の生命がまだ尽きていないことを示していた。




「長い間海水に浸かって、かなり体温が下がってる。体力も消耗してるし、すぐには動けないかも」




 木原は月岡の手を握り、瞳を閉じて無事を祈る。


 彼女が微かに呟いた言葉を、昇は聴き逃さなかった。




「死なないで……」




 勿論、昇も月岡に生きて欲しいと願っている。


 しかし木原の抱く想いは、昇のそれとはどこか異質なものに見えた。




「少し外の空気吸おっか」




 木原は立ち上がり、昇を部屋の外に連れ出す。


 木々に囲まれた景色の奥に見える海岸を眺めながら、彼女は徐ろに口を開いた。




「あたし、シズちゃんに意地悪したくてあんなこと言ったんじゃないんだよ」




 ピラニア撃滅戦において、木原は月岡を作戦メンバーから外した。


 その時の言葉が彼を焦らせてしまったのだと、彼女は今になって思い返す。




「ただ、自分の過去に向き合う時間を作ってあげたかっただけなんだよ。でも、上手くいかなかった……」




 月岡を昇の監視役にしたのも真影事件の真実を明かしたのも、全てはそのための行動だった。


 だが結局は裏目に出て、月岡を傷つけてしまった。


 瞼に涙を滲ませながら、木原が呟く。




「ごめんねシズちゃん、本当にごめんね」




 自分がもっと気遣いのできる人間なら、月岡を守れたかもしれないのに。


 木原は生まれて初めて、人の心が分からない自分を憎んだ。




「……ねえ、あたしどうすればよかったのかな」




「直接言えばいいんですよ。木原さんの本当の気持ちを」




「無理だよ! 絶対碌なことにならない!」




「今の木原さんなら大丈夫ですよ。それにほら、おれもフォローしますから」




「えぇ〜……」




 今度は昇が木原を引っ張り、二人は木造の小屋に戻る。


 既に目覚めていた月岡が、意外そうに目を見開いた。


 しかしすぐ平静を取り戻し、落ち着いた態度で頭を下げる。




「先ほどはすみません。勝手な行動で、作戦を妨害してしまいました」




「……あ、あのね」




「失礼します」




 淡々と去ろうとする月岡に、木原は言葉を躊躇ってしまう。


 しかし昇に背中を押され、彼女は意を決して告げた。




「ごめん、月岡くん」




 『シズちゃん』ではなく『月岡くん』。


 伝えたいことが正しく届くように、木原は言葉を選んで続ける。




「あたし、本当は月岡くんに前を向いて欲しいだけだった。一旦立ち止まって、無茶をやめて欲しいだけだった」




「木原さん……」




「でもそれを上手く伝えられなかった。月岡くんを傷つけてしまった。だから、本当にごめん!」




 深々と頭を下げる木原に、月岡は目を丸くした。


 誠意ある彼女の姿を見ていると、一人で意地を張っていた自分が馬鹿らしくなってくる。


 木原に倣って頭を垂れ、月岡も謝罪した。




「……俺の方こそ、あなたの言葉を正しく受け止められなかった。だから、その」




 小さく告げられた『ごめんなさい』に、木原は大きく頷く。


 距離感を測りかねる二人を強引に抱き寄せて、昇が晴れやかに笑った。




「これで仲直りですね!」




 ようやく喧嘩が終わり、三人の心は軽くなる。


 しかし空気が和んだのも束の間、月岡のスマートフォンが振動した。




「こちら月岡……何ッ!?」




 応答した月岡の顔が強張り、昇と木原にも画面を見せる。


 その中では火崎と金城が、糸で倉庫の天井に吊るされていた。




「早く来い月岡。あと30分以内に来なければ、こいつらを特危獣に食わせるぞ」




 倉庫にいる真影がカメラの角度を変えると、腹を空かせた特危獣ピラニアの姿が映し出される。


 立ち上がろうとする月岡を、木原が制した。




「動いちゃ駄目! 死んじゃうよ!?」




「……それでも行きます。真影を倒すためじゃなく、人を守るために」




 きっぱりと告げる月岡の目に、もう過去への恐怖はない。


 戦う男に戻った月岡の決意を、木原は確かに受け止める。


 そして彼の手に、ライフルと特殊強化弾の入った弾倉を握らせた。




「場所はC地区の3番倉庫。二人とも、くれぐれも気をつけてね」




「ああ。行ってくる」




 バイクのエンジンを全開にして、昇と月岡は仲間の待つ3番倉庫に向かう。


 現れた二人に、真影が下卑た笑みで挑発した。




「待ちくたびれたぜ。お前らに仲間の最期を見せたくてウズウズしてたんだ」




「そこをどけ。お前の相手をする気はない」




「だったらその気にさせてやるよ!」




 真影はスパイダーに変貌し、ピラニアと共に昇たちを襲う。


 二人は左右に跳んでこれを躱し、拳と銃撃で敵を怯ませた。




「超動!!」




 昇––アライブが怒涛の斬撃を繰り出し、ピラニアを追い詰める。


 攻撃の手を止めさせるべく、スパイダーが糸弾を放った。




「無駄だ!」




 糸弾のタイミングに合わせ、月岡がライフルの引き金を引く。


 撃ち出された特殊強化弾は真っ直ぐに飛び、スパイダーの糸弾を一つ残らず相殺した。




「それでこそ月岡だァ……!」




 冴え渡る射撃の腕前に、スパイダーは恍惚として身を震わせる。


 ピラニアを蹴り飛ばしたアライブが、ゴートブレードを水平に構えた。




「ギシャァアアア!!」




 ピラニアは咆哮を上げ、アライブを喰い千切らんと襲い来る。


 その牙が血に染まる刹那、アライブの活人剣がピラニアの首を斬り落とした。




「チッ、簡単にやられやがって」




 転がったピラニアの死体を見て、スパイダーが舌打ちをする。


 その身を繭に包みながら、彼の目はアライブを見据えていた。




「どうしてお前の時だけ……」




 アライブの返答を待つことなく、スパイダーは姿を消す。


 戦いの終わりを告げるかのように、吊るされていた火崎と金城が落下した。




「おっと危ない!」




 二人を難なく受け止めて、アライブは昇の姿に戻る。


 月岡は前に出て、火崎と金城に頭を下げた。




「今回のこと、本当にすみませんでした」




「気にすんな。また一緒に頑張ろうぜ!」




「あなたには私たちがついていますよ」




「……はい!」




 二人の暖かい言葉に、彼は大きく返事をする。


 今日この日、月岡は改めて仲間と共に戦い抜くことを誓ったのだった。

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