疑念と信頼
特撃班の研究室は、恐ろしい雰囲気に包まれていた。
戦々恐々とした様子で正座する木原を、筋骨隆々の巨漢が叱責する。
「021を独断で解放するとはどういうつもりだ、木原!」
「でも、実際問題それ以外に手はなかったわけだし……結果も上々だったし……」
「我々が問うているのは結果の是非ではなく行動の是非です。もし021が凶暴な特危獣だったら、街はどうなっていたと思いますか?」
巨漢の隣に立つ眼鏡をかけた男が、早口で木原の反論を封殺した。
眼鏡の位置を修正しながら、男はやはり早口で続ける。
「本来、行動とはリスクや責任を考慮した上で慎重に行うものです。021の功績を加味しても、貴女の行いを見過ごすことはできません」
「暫く頭を冷やすんだな」
眼鏡の男と巨漢が研究室を去ろうとした時、議題となっていた昇と月岡が帰ってくる。
月岡は姿勢を正すと、巨漢の目を見て敬礼した。
「ただいま戻りました」
「月岡! 無事だったか」
「はい。彼のお陰で何とか」
月岡に顔を向けられ、昇は照れくさそうに頬を掻く。
彼は巨漢に頭を下げて、簡単な自己紹介をした。
「おれ、日向昇っていいます。よろしくお願いします」
「
「島先輩は俺の教育係だったんだ。警察官として、大切なことを幾つも教わった」
月岡の説明を聞いて、昇は納得したように頷く。
硬い雰囲気やぶっきらぼうな喋り方など、両者の間には確かに共通点があった。
もはや敵意とも取れる冷たさを持って、火崎が口を開いた。
「021。今回の一件でお前の処分は保留になったが、身の潔白が証明されたわけじゃない。俺は明日にでも意見書を提出し、お前を殺処分にするよう上に進言するつもりだ」
お前はどう思う、と火崎は月岡に意見を求める。
月岡は慎重に言葉を選びながら、自身の見解を告げた。
「俺としては、日向昇を正式に特撃班の戦力にしたいと考えています」
月岡の言葉に、研究室がどよめく。
呆れたような溜め息を吐いて、火崎が言った。
「助けられたからといって特危獣に情けをかけるとは……。お前らしくもないな、月岡」
「客観的事実から判断しただけです。それに、彼は俺だけでなく逃げ遅れた一般市民も救助していました」
バイソンが投げ飛ばした車から少女を庇う昇の姿を、月岡は鮮明に記憶している。
眼鏡の男––
「しかしそれを示す証拠がありません。確たる物的証拠がない限り、私も火崎さんに賛成します」
アライブ肯定派の月岡・木原と、否定派の火崎・金城。
意見はきっぱりと二分され、研究室に剣呑な空気が立ち込める。
冷たい沈黙を破って、火崎のスマートフォンが振動した。
「こちら火崎……えっ!?」
火崎の反応に、昇たちはすわ特危獣の出現かと身構える。
しかし直後に響いた声を聞いて、彼らは盛大に脱力した。
「あなた。今日は早く帰れるって言った筈よね?」
「えっ……あなた?」
「島先輩は結婚してるんだ。あの様子だと、奥さん相当怒ってるな」
困惑する昇に、月岡が耳打ちする。
昇、月岡、木原、金城の四人が縮こまっている間にも、怒りの嵐は更に激しさを増していた。
「もういいです! 家に帰っても、あなたの晩ご飯はありませんから!」
「ああっそれだけは……ちょっと! おーい!」
無慈悲な宣告を下され、無機質な電子音が会話の終了を告げる。
打ちひしがれる火崎に、昇が恐る恐る言った。
「あの、今日はもう帰った方がいいんじゃ」
「うるさい! 分かってるよそんなことは!」
目に涙を浮かべながらそう叫び、恐妻家・火崎島三郎は逃げるように帰宅した。
金城もぴったり45度の礼をしてから研究室を去り、後には昇と月岡、木原の3人だけが残される。
ほとぼりが冷めたのを確認して、木原が床に胡座をかいた。
「あ〜助かった! あの人のお説教長いんだよねぇ。二人ともナイスタイミング!」
あまりにあっけらかんとした彼女の態度に、昇は少々後退りする。
木原は立ち上がって伸びをすると、眉を顰める月岡に言った。
「で、シズちゃんは今夜どうするの? 家に帰る?」
「仮眠室で休みます。帰宅しても、どうせ寝るだけですから」
「そっか。あたしも今日は徹夜でデータ纏めるし、キメラちゃんは当然ここで経過観察だから……みんなでお泊まりだ!」
「いいですねお泊まり!」
「イェーイ!!」
「危機感のない二人だ……」
ハイタッチを交わす昇と木原に背を向けて、月岡が額を押さえる。
三人が賑やかに夜を過ごしているのと同じ頃、遠く離れた路地裏に一人の女がいた。
濃緑色のフードの中に鼻筋の通った顔を隠し、両手に持った草刈り鎌を擦り合わせながら夜道を歩いている。
暫く路地裏を徘徊していると、スカジャンを着たいかにも軽薄そうな男が声をかけてきた。
「お姉ちゃん、ちょっと俺と遊ばない? そんな物騒なもん置いてさぁ」
「……」
「何とか言ったらどうなのよ、ねえ」
「……!」
男が草刈り鎌を奪おうとした瞬間、女は特危獣018・マンティスへと姿を変える。
そして右手の鎌を振り抜くと、男は首と胴体に分かれて地面に転がった。
人間体に戻ったマンティスの元に、今度は黒いスーツの男が現れる。
それは数日前に日向昇の亡き骸を連れ去った、葬儀屋の男だった。
「目にも留まらぬ鎌の一撃で斬殺か。実に君らしい、見事な殺し方だ」
葬儀屋はスカジャン男の生首を拾い上げ、愛おしそうに抱きしめる。
そして無造作に投げ捨てると、顎に手を当てて独り言を呟いた。
「それにしても、もう人間の姿を獲得したのか。昆虫の成長スピードがそうさせたか……或いは『彼』の影響か」
白いシルクのハンカチーフで手を拭い、葬儀屋がスマートフォンを取り出す。
報道陣がカメラに捉えたアライブとバイソンの画像が、ネットニュースの一面を飾っていた。
「計画は順調に進んでいる。進化と進化、ぶつけてみるのも面白い」
葬儀屋の男に連れられて、マンティスは都会の雑踏に消えていく。
満月の優しい輝きが、灰色の雲に隠された。
———
クレイジーマンティス
朝のニュース番組を染め上げたのは、あまりにも衝撃的な事件だった。
現場のニュースキャスターが、マイクを片手に事件の概要を説明する。
研究室に集合した昇たち5人は、険しい表情でテレビの画面を眺めていた。
「昨夜未明、東都F地区の路地裏で20人の死体が発見されました。死体は全て首を切断されており、警察は特危獣018・マンティスの犯行と見て調査を続けています」
「マンティスかぁ。厄介なのが来たね」
木原は機械を操作して、昆虫型特危獣の画像を表示する。
眼鏡の位置を直しながら、金城が口を開いた。
「マンティスは半年前にも出現し、同様の手口で13人を殺害しました。その時は月岡さんが撃退しましたが……」
「命拾いしただけだ。今回は必ず倒す」
犠牲者の無念を心に刻み、月岡は決意を新たにする。
気を引き締める昇たちに、ニュースキャスターが更なる速報を伝えた。
「た、たった今マンティスが出現しました! 街は大パニックに陥り……」
言い終わるのを待たずしてマンティスがその首を切り落とし、逃げ出したカメラマンの残したカメラを拾う。
そしてカメラに自分の顔を映すと、マンティスは触角を振動させた。
耳を押さえて苦悶し始めた昇に、月岡が駆け寄る。
「どうした!?」
「超音波を出してるんだよ。人間には聞こえない周波数でね」
木原が小型の機械をテレビに向け、マンティスの超音波を解析する。
やがて解析を終えた機械が、超音波の内容を言語化した。
『同胞を狩る者よ、私と戦え。拒めばこの鎌で全てを切り刻む』
「これは……」
「同胞とは特危獣のこと。そして特危獣を狩る特危獣は021以外にありません。つまりこれは、021への挑戦状です」
言葉の意図を要約した金城が、火崎に顔を向ける。
火崎はテレビの電源を切ると、拳を握りしめて呟いた。
「021を表に出すのは危険だが、出さなきゃ確実に被害が増える。最悪だ……!」
予想される危険性と現実に迫る脅威の狭間で、火崎の心は揺れる。
そんな彼の目を見据え、月岡は無言で訴えかけた。
「……分かってる」
火崎は頷き、出動準備を整える。
そして全員の顔を見渡して、彼は昇たちに指示を出した。
「今回の作戦に限り、我々は021を協力者と認定する。いいな!」
「了解!!」
「よし、特撃班出動!」
オペレーターを務める木原に見送られ、昇たち四人は現場に急行する。
交差点の中心に佇むマンティス目掛けて、月岡と火崎、金城が拳銃を構えた。
マンティスも鎌を振り上げ、両者は暫し睨み合う。
建物の影に身を隠しながら、昇は木原から変身の許可が降りるのを待った。
「……今だよ!」
木原が叫ぶのとほぼ同時に、マンティスが鎌から衝撃波を放つ。
昇はすかさずアライブへと変身し、ゴートブレードで衝撃波を相殺した。
『来たか、同胞を狩る者よ』
マンティスの超音波には答えず、アライブは武器を構えて突進する。
しかしマンティスはそれ以上の速さでアライブに接近し、二振りの鎌でアライブの胴体を斬り裂いた。
「ぐぅッ!」
鮮血を撒き散らすアライブを蹴り倒し、追い討ちとばかりに鎌を振り下ろす。
アライブは間一髪で攻撃を回避するが、敵の猛攻を前になかなか反撃に転じることができない。
トドメを刺そうとしたマンティスの手首に、月岡の放った弾丸が命中した。
弾みで鎌を取り落とし、マンティスが激しく狼狽する。
決定的な隙を突き、アライブは拳に纏った蹄を打ち込んだ。
大きく怯んだマンティスに、火崎と金城が特殊弾を乱射する。
マンティスは激しく激昂し、超音波の咆哮でアライブたちを威圧した。
『命より大事な鎌をよくも……許さん!!』
「があぁぁぁっ!!」
超音波の高周波が拳銃を破壊し、アライブを苦しめる。
そしてマンティスは怒りに任せて鎌を振るい、直径約3メートルの衝撃波を放った。
『死ね!!』
精密性度外視の一撃は無軌道に空を飛び回った末、ビルとビルを繋ぐ渡り廊下を両断する。
不幸にも廊下を渡っていた一人の男が、攻撃の煽りを受けて落下した。
「危ないっ!」
アライブは男を助けるべく、全ての力を脚に込めて跳躍する。
ビルの壁を垂直に駆け上がって男を抱き留めると、二人は近くのごみ集積所に着地した。
ごみが緩衝材となって着地の衝撃を和らげ、男はどうにか事なきを得る。
彼を逃して戦闘を再開しようとしたアライブに、冷静さを取り戻したマンティスが言った。
『鎌が壊れた。ここまでだ』
「待て、まだ勝負は」
アライブの言葉を無視して、マンティスは街から姿を消す。
未だ神経を張り詰めるアライブの元に、月岡たちが駆け寄った。
「日向昇!」
「月岡、さん……」
力を使い果たしたアライブの変身が解け、元の日向昇に戻る。
厳しい表情の月岡たちに、彼は息絶え絶えに謝罪した。
「ごめんなさい。おれ、あいつを倒せませんでした」
「喋るな。一旦戻って体勢を立て直すぞ」
月岡に促され、四人はパトカーに乗り込む。
運転席の月岡がアクセルを踏むと、車は特撃班の拠点目掛けて走り出した。
昇と火崎は後部座席に揺られながら、気まずそうに互いの顔を見合わせる。
先に口を開いたのは、火崎だった。
「すまなかった」
「えっ?」
「お前のことを誤解していた。あそこまでの無茶を見せられたら、信じないわけにはいかないな」
「それって……」
「我々は、あなたを味方として認めたということです」
助手席の金城が、心なしか優しい声色で告げる。
生存を許された事実を数分かかって飲み込み、昇は絞り出すように叫んだ。
「あ……ありがとうございます!」
しかし大きな声が怪我に響いてしまい、昇は腹を押さえて蹲る。
和解を果たした昇と火崎の賑やかな声を聞きながら、月岡は車を走らせた。
「着いたぞ」
「着いたって……ここ、中華料理屋さんですよね」
目の前の建物と月岡の顔を交互に見ながら、昇が怪訝そうに口を開く。
『
「ええ。この麻婆堂こそ、我々特撃班の隠れ蓑です。地下に本部を置かせて頂いている代わりに、非番の日は店の手伝いなんかも……まだ話終わってませんよ!?」
解説し始める金城を置いて、昇たちは店の暖簾を潜る。
カウンター席で炒飯を頬張りながら、木原が四人を出迎えた。
「みんなおかえりー」
「木原さん!? じゃあ、金城さんの言ってたことは本当だったんだ……」
「まあそういうわけだ。詫びと言っちゃあアレだが、何でも好きなもん食っていいぞ」
事実をようやく受け入れた昇に、火崎がメニュー表を手渡す。
昇は一瞬目を輝かせるものの、役目を果たせなかった罪悪感に押し潰されて俯いた。
「いいんですか!? でも、おれ特危獣倒せなかったし……」
「なら尚更だ。明日の勝利のために、今は英気を養え」
月岡に諭されて、昇は今日までの人生を思い返す。
入院していた頃は点滴や重湯、流動食ばかりで、普通の食事など一度もしたことがなかった。
だが今の肉体ならば、15年も願い続けた普通の食事をするという夢を叶えることができる。
それを改めて認識し、昇の顔に晴れやかな笑顔が浮かんだ。
「……はい!」
「よっしゃ! さ、何が食いたい?」
「麻婆豆腐、大盛りでお願いします!」
「俺もそれにするぞ! あと餃子!」
「塩ラーメン、ネギ抜きで」
「月岡さんは相変わらずネギが嫌いなようですね。あ、私は唐揚げ定食を」
「あたし炒飯おかわりー」
5人は思い思いに料理を注文し、談笑しながら料理が届くのを待つ。
他愛ない世間話の中で、木原が不意に切り出した。
「キメラちゃんの変身後なんだけどさ、新しくコードネームつけない? いつまでも021じゃ味気ないし」
「それならもうありますよ。この間、月岡さんがつけてくれたんです」
月岡と顔を見合わせて、昇はにっこりと笑いかける。
そしてこれから幾度となく死線を潜り抜ける仲間たちに、彼は戦士としての名を告げた。
「おれの名前は……アライブです!」