俺の剣とヴィルの剣が大きく弾かれた。
しかし、それは俺とヴィルの剣が衝突したのではなく、互いの剣が交わる寸前の所で“何か”に勢いよく当たったのだ。
「何してんだよお前――」
俺に向けられていたヴィルの視線と殺気が突如別方向に向けられた。
何かを睨みつけるヴィル。
俺も反射的にそちらに視線を移すと、そこにいたのは魔法団団長である“リリアン”の姿だった。
そう。
たった今俺とヴィルの剣が当たったそれは、リリアンの防御壁。
ヴィルが殺すぞと言わんばかりの殺気をリリアンに向け放っているが、当のリリアンは何食わぬ顔で杖をフワフワと浮かばせながらこちらを見ていた。
「流石、神器を受け継いだ最強の剣聖とでも言うべきかしら。私が“知っていた”タイミングよりも、貴方の登場が少し早いわね――」
「誰だお前。うちの魔法団っぽいが、兄さんとの戦いを邪魔する奴は例え団員でも殺すぞ」
ヴィルの言葉は脅しではない。本当にそのつもりだ。
「リ、リリアン?」
頭がボーっとして目が霞んでいる。だが聞き覚えのある声と感じる魔力がリリアンだ。また何を考えているんだろうかコイツは。とても助けてくれたとは思えないし、状況が全く吞み込めない。
「フフフフ。まだ息はあるみたいね、グリム・レオハート。
申し訳ないけど、ここからはまた私の“計画通り”事が進むわよ。ヴィル・レオハート」
「訳が分からん。邪魔だからお前ごと斬ってやる」
今度は一切の躊躇なく、ヴィルはその神秘的な輝きを放つ神剣ジークフリードをリリアン目掛けて振り下ろした。
しかし、再びリリアンから繰り出された防御壁によりヴィルの剣は勢いよく弾かれ、初めてヴィルの顔が真剣になっていた。
「成程。神器にも選ばれていないただの団長レベルでは、例えまぐれでも俺の攻撃を防ぐなんて不可能。ましてやコレで2度目……。こんな事が出来るのは“同じ”神器に選ばれた奴ぐらいだ。なぁ、“ユリマ・サーゲノム”」
ヴィルがそう口にした瞬間、神剣ジークフリードとはまた違う神秘的な輝きが突如強く輝きリリアンを包み込んだ。そして、宙に浮かんでいた杖と彼女の姿が変化していき、目の前にいたリリアンは別の女性へと姿を変えた。
「お前は……」
「フフフフ。“この姿”では初めましてと言うのが正しいでしょうか、グリム・レオハートよ」
そう俺の名を呼んだ見覚えのない女性。
彼女は長い艶のある紫色の髪を結び、手には淡く輝く“書”を持っていた。
この人に面識はない。
だが、何故か俺はこの人と会った事がある。直感でそう思った。それにユリマというその名前は、俺達をここまで連れて来た、あの“王家”のユリマと同じ名前。
何故かこの人からはあの人と同じ雰囲気を感じる。
「やはりお前だったのかユリマ。でも余計に分からないんだよね。何でアンタが俺の邪魔をするんだ?」
「その質問はお答えしかねますわヴィル・レオハート。貴方が彼に用があるように、私もグリムに用がありますの」
リリアン……いや、ユリマがヴィルにそう告げた瞬間、突如俺とユリマの足元が淡く輝き出した。地面に浮かび上がる丸い円。その中は何やら不思議な文字や模様が刻まれている。
コレは魔法陣だ。
俺がそう思ったのと同時、次に起こり得る事態を察知したヴィルが目の色を変えて俺とユリマに斬りかかって来た。
「何してるんだユリマァァッ……!」
「その質問にもお答えしかねます。“では”――」
鬼の形相で剣を振り下ろしてくるヴィルに対し、ユリマはそっと手を振った。そして次の刹那、強い光りを発した魔法陣と共にユリマと俺、更にハク達までもがその場から消え去ったのだった。
「ふざけんじゃねぇぞ……このクソがぁぁッ!!
(ちっ。あの女、初めからこのつもりだったのか。俺が自ら兄さんを狙っていた事を知った上で、ラグナレクの掃除だけに俺を利用したんだな。クソ、絶対許さないからなユリマ。
まぁいいさ。楽しみはもう少し先に残しておいてあげよう。それに兄さんの最後のあの“波動”……。あれはかなり面白いものが見れた。次また会うのが楽しみだよ兄さん。絶対に俺が殺してあげるからね」
♢♦♢
~デバレージョ町~
ユリマ・サーゲノムによって繰り出された魔法陣の光に包まれた俺達は、気が付くと何処か見知らぬ土地まで飛ばされていた。
「もう大丈夫ですよグリム」
「どういう事だ。一体何を考えて……」
そこまで言いかけ、力尽きた俺はその場に倒れ込んだ。
薄れゆく意識の中で最後に見た光景は、エミリアとフーリンが変わらず倒れている姿と俺に駆け寄ってきたハクの姿。
「ご無事でしたかユリマ様!」
「もう準備は整っております! この子達が例の」
「そうです。先ずは至急彼らの手当てをお願い致します」
「「はい!」」
うっすらと聞こえたその会話を最後に、俺は完全に意識を失った。
**
~デバレージョ町・とある部屋~
<よく耐えたわね……グリム。ゆっくり休んで……>
俺の名前を優しく呼びながら寄り添う様に側に座った女の子。
神秘的で気品のある雰囲気を纏い、綺麗な白銀の髪を靡かせている。
容姿端麗な彼女の姿。
俺はこの彼女を知っている。君に何度か会っているから。1番初めはそう、あの日の夜。俺の家でもあった辺境の森が焼かれてしまった時だ。
<大丈夫。私も皆もちゃんと側にいるから……安心して……>
「君は一体誰なんだ……?」
<私は何時も貴方と共にいる……傷ももう治るわ>
彼女の言葉で俺はハッと思い出した。
そうだ。
俺は確かラグナレクと戦っていて、確か8年ぶりにヴィルと会ったんだよな。それで俺達がヴィルに殺されそうになっていた時、ユリマ・サーゲノムという女に助けられたんだっけ?
魔法陣で何処かに飛んだみたいだが、そこら辺から記憶が曖昧……。
だが今彼女が言った通り、ヴィルに斬られていた筈の俺の体は、焼かる様な熱さも痛みも無くなり傷が塞がっていた。
「本当だ。もう痛みもない。まさかコレは君が治してくッ……『――ドサッ』
皆まで言いかけた刹那、突如彼女が倒れ込んでしまった。
「お、おい! 大丈夫か!?」
<私は大丈夫よ……。それより、貴方は自分の力を信じなさい……グリム。この世界を救えるのは貴方達だけだから――>
大量の汗を掻き、息づかいを荒くしながらも彼女は俺にそう言ってきた。
「世界を救うだって? そもそも君は一体誰なんだ? どうして何時も俺を助けてくれるんだ。森が焼かれた時だって……」
<それはグリム……貴方が私を“助けて”くれたから>
「え、俺が君を助けた?」
<ええ。貴方は私を救い……そして皆を救い……世界を平和にする唯一無二の存在……だから――>
彼女が言いかけた次の瞬間、突如切り替わった俺の視界は、フワフワとした夢見心地から一転して見知らぬ部屋の天井の光景が飛び込んできた。
「ん? ここは……」
今見ていたものが夢であったと瞬時に理解した俺は、寝転んでいた体を起こし直ぐに辺りを見渡した。
「あッ、グリム!」
「やっと目を覚ましたか」
「エミリア、フーリン。これは……?」
見覚えのない何処かの部屋。俺はその部屋のベッドで寝ており、俺が起きた事に気が付きエミリア達は一瞬驚きの表情を浮かべていたが、エミリアが直ぐに駆け寄って来た。
「大丈夫グリム!? 良かった~、目を覚ましてくれて。心配してたよずっと!」
「バウワウ!」
「お、ハクじゃないか」
エミリア駆け寄って来たのとほぼ同時にハクが俺の元へ飛び込んできた。どうやら俺と一緒にベッドで寝ていたらしい。気が付かなかった。
この状況を理解出来ずに困惑していると、まさにこの一連の“黒幕”とも言えるユリマ・サーゲノムが、突如何処からともなく部屋に姿を現した。
「お前は……!」
「フフフフ。目が覚めた様ですねグリム。先ずは改めて歓迎させて頂きましょうか。ようこそ、美しき天空の町“デバレージョ”へ」