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第40話 やってきましたラグナレク・前編

♢♦♢


 明朝――。

 まだ朝の静けさが残る中、都市フィンスターから数キロ離れた荒野に大勢の人が集まっていた。騎士魔法団の甲冑やローブを纏う者達とそれぞれの装備を纏う冒険者達。辺り一帯は無数の大砲や重兵器も設置され、団員達が慌ただしく動き回っている。


「兎に角、全員無茶はしない様に。最優先目的はあくまで時間稼ぎだからな」

「うん」

「ラグナレクとやらがどれ程の強者か楽しみだな」


 これから俺達が相手をするのは、恐らく現時点で最強であろう第5形態のラグナレク。当然どれ程の強さなのかは実際に対峙してみないとわからないが、容易でない事は間違いない。最前線では既にこの討伐で手柄を上げようとしている冒険者達が息を巻いている。


 結局リリアンやイリウム様の本当の思惑を知らない連中に、俺達が今更真実を打ち明けても聞く筈がないだろう。別に偉そうに人助けするつもりなんて全くないが、最低限同じ戦場にいれば守れる命もあるかもしれない。


 勿論、最強の第5形態を相手にして俺にも余裕があればの話だけど……。


「俺達は攻撃回数が限られている。だから作戦通り俺とフーリンは極力無意味な攻撃は避け、エミリアは自分の身の安全を優先しながら万が一の時に俺とフーリンを防御壁で守ってくれ。そして最悪怪我を負った場合は、直ぐにこの場から離れてハクに治癒してもらう。いいな?」

「分かった。任せて!」

「ラグナレクを倒したらあのリリアンという者とも手合わせ願いたいな。彼女も強者の気配がする。それにグリム、お前とも再度手合わせ願おう」

「え、まだそんな事言ってるのかよお前は」

「当然だ。我の目的は常に強者との手合わせだからな」


 ブレないというか面倒くさいというか……。フーリンは本当に強い奴と戦う事しか考えてない。それを除けばいい奴なのになぁ。一応呪われた世代とやらの関係でもあるし、正直戦える奴は仲間にいてくれると助かる。無論フーリンにはそんな考えないだろうから、せめて今起きているこの一連の事態が解決するまで一緒に行動してくれないかな……?


 王都に行けばもっと強い奴と戦えるとか言えば簡単にイケそうだけど。


「まぁ今は目の前のラグナレクに集中しよう。後の事はその時考えるしかない」

「――ちゃんといるわね」

「リリアン……」


 俺達が話していると、昨日と同じ様にリリアンは突如目の前に姿を現した。


「直前になって逃げ出すんじゃないかとも思っていたけど、どうやら大丈夫だったみたいね」

「当たり前だろ。これ終わったら絶対ハクの事教えろよ」

「フフフ。余程信用されていないのね私。何度も言わなくてもちゃんと教えるわよ。その代わり絶対に“アレ”を発動させて頂戴ね」


 リリアンはそう言いながら徐に向こう側を指差す。その先には、遠くからでも分かる程に巨大な真四角の石が聳え立っていた。日の光により虹色に輝くその石が、何やら特殊な存在である事は一目瞭然。


 そう。

 アレこそが、知る人ぞ知るリューティス王国最強の武器。『滅神器・ドミナトル』だ。


「アレがドミナトル」

「あんな物が最強の武器なのか? ただの四角い石にしか見えんが」

「安心しなさい。アレはドミナトルを発動する為のタンクの様な物。装填が完了し、ドミナトルを発動させれば本来の姿が現れるのよ」


 リリアンの言葉に嘘は感じない。だが、やはり信用し切れない事も事実だ。そもそもこのドミナトルとやらが本当にラグナレクを一撃で仕留められる物であるかさえも定かじゃない。まぁ今更そんな事言ってもどうしようもないし、こればかりは直に試す他ないだろう。


 ――カァンカァンカァンカァンッ!

「あら、始まるみたいよ」


 リリアンと話していると、少し離れた所にいた団員の1人が鉄の鐘を鳴らした。どうやらこれは討伐開始の鐘の音らしい。未だに慌ただしく動き回っている団員達を他所に、今の鐘の音を合図に数人の団員が何やら魔力を練り上げ始めた。


「何やってるんだ?」

「何って……今からラグナレクを誘き出すのよ――」


 そう言いながらリリアンは不敵な笑みを浮かべて空を仰いだ。するとその直後、魔力を練り上げていた団員達が何やら空に向け魔法を放ち、輝きを纏ったままぐんぐんと上昇していったその光の玉はそのまま空高く昇ると、たちまち弾ける様に消え去った。そして次の瞬間、空から角笛の如き低く響く音が辺り一帯に鳴り響いた。


 ――ブオオォォォォ!

 音が鳴り響くと同時、その場にいた全員が空を見ていた。今の音で皆が自然と武器を構え戦闘態勢に入っており、場は一気に緊張感に包まれた。


「こんなので奴が来るのか……?」

「まぁ見てなさい」


 俺がそんな疑心を抱いたのも束の間、皆が見上げる雲1つ無い晴天の空に、突如“黒い点”が現れた。


そして、その黒い点はみるみるうちに大きくなり、一瞬にして俺達のいる大地へと降り注いできたのだった。


 ――ズドォォォォン!

「「……!?」」

「ほら、来たわよ」

「アレがラグナレク――」


 戦場の最前線に降り注いだ最強の第5形態ラグナレク。

 触手のノーバディのあの独特で気持ち悪い質感をそのままに、視界に映った奴の姿はまさしく、人そのものだった。

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