「――皆様! この度はノーバディ討伐の為にお集まり頂きまして誠に有り難うございます。
私は此処、フィンスターで最も力のあるルートヘルム家の執事でございます。もう直ぐルートヘルム家の当主である“イリウム様”から今回の件についてご説明がありますので、今暫くお持ち下さい」
黒いスーツを来た上品な白髪の老人が、皆が集まる1番前の祭壇でそう告げていた。イリウム様と言うのが噂の王家の人らしいな。話によるとルートヘルム家はユリマさんと同じこのフィンスターでとても有名な由緒ある王家の1つだそうだ。フィンスターの王家の中でもこのルートヘルム家が最も力を持っているとの事。
今回のノーバディ討伐の件も彼が発起人。
ただでさえ力や財力を持つ王家の中でも更に1番ともなると、最早俺には住む世界が違い過ぎてさっぱり理解出来ん。
「おい爺さん、今暫くってずっと待ってんだよこっちは!」
「そうだそうだ! 早くノーバディ狩りに行かせろ! 何時までこんな所にいさせるんだよ」
「活躍した奴には多額の報酬を出すって言うのは本当だろうな?」
集まっている者達の先頭から色々な声が飛んでいる。俺達は最後方の位置にいるから皆の後姿しか見えないが、よく伺ってみると皆ギラついた目つきをしていた。きっとほぼ全員がユリマさんの言っていた報酬とやらが目的だろう。
見た目で判断して悪いが、十中八九の奴らがとても無償の善意で人助けをする人の顔には見えない。
「お待たせして申し訳ありません。もう直ぐイリウム様がお見えになる頃ですのでお待ち下さい。そして知っている方もいるかと思いますが、このノーバディの討伐で成果をお上げになった方々には、それなりの報酬をお渡しする事を約束致します。
イリウム様のルートヘルム家は勿論の事、フィンスターに存在する6の王家全てからそれぞれに報酬をお渡しする次第です」
「「おおぉぉぉッ!」」
ルートヘルム家の執事がそう伝えると場が一瞬にして湧いた。やはり皆報酬目的らしい。まぁそりゃそうか。
「おいおい、王家からの報酬なんて一体どれだけだ?」
「知るかよ! だが一生遊んで暮らせる分は当然だろうな!」
「何言ってんだ馬鹿野郎! 全部の王家からならもっとだろう!」
静かだった大聖堂は瞬く間にザワつき始めた。そしてそんな中、俺達の直ぐ側にいた男達が徐に話し掛けてきた。
「だはははは! 何だこのガキ共は。お前達も討伐に参加する気か?」
「子供には無理だろ。犬まで連れてるから迷子だぞきっと」
「女まで連れて一丁前に剣も持ってるじゃねぇか」
「ハッハッハッ! しかもコイツらの武器見ろよ。木とか土とかFランクの武器しか持ってねぇぞ!」
俺達に話し掛けるなり馬鹿にして大笑いをし出した男達。前を向いていた大勢の視線がいつの間にかこちらに注がれている。一瞬イラついたがまぁ仕方がない……。こっちも見た目で判断してたからお互い様だろう。
「おいおい、あんな若い連中までいるのか」
「確かに何処も人手不足だと言っていたが、まさかここまでとはな」
「あんな武器じゃまともに戦えねぇだろ」
笑っていた男達だけでなく、周りの者達も俺達を見てそう声を漏らしていた。俺とフーリンは全く気にならないが、エミリアは少しうつみてしまっていた。
「大丈夫だエミリア。笑いたい奴らには笑わせておけ。雑魚には構うな」
「その通り。手合わせを願うは強者のみ。ここにはその強者が大勢いるとユリマが言っていたが、目の前のコイツらは違う」
「グリム……フーリン……」
「今何て言いやがったテメェらッ!」
男達は馬鹿笑いから一転。今度はあからさまに怒りを露にして突っかかってきた。自分達は好き放題言っていたくせに何で逆ギレしてるんだコイツら。
「何を怒っているんだ。本当の事を言っただけだろう」
「何だと⁉」
「ハハハ、丁度いい。暇だからノーバディの前にこのガキでも始末するか!」
男の1人がそう言って、背負っていた斧を取り出しこちらに向けてきた。
一触即発の空気が流れた瞬間、大聖堂に突如1つの声が響いた。
「お待たせしました皆様。先ずは集まってもらった皆の者に感謝する。ありがとう」
俺達に注がれていた視線は再び祭壇へと戻った。見ると祭壇の上には執事の老人とは別にもう1人の男の姿があり、他とは明らかに違うとても高価そうな装いとその上品な雰囲気から、彼がルートヘルム家の当主であるイリウム様だと誰もが感じ取っていた。
「無意味な争いは勘弁願おう。これから君達はその力を思う存分“ラグナレク”に向けてくれ!」
「ラグナレク?」
イリウム様の登場で大聖堂内は湧いているが、今の聞き慣れない単語に俺と同じく疑問符を浮かべている者も多い。
ラグナレクって何だ?
そう思っていた矢先、イリウム様がその疑問を氷解した。
「それでは早速……此度のノーバディ討伐について私から説明するぞ! 皆の知っている通り、今フィンスターはノーバディの影響で甚大被害を被っている。今やフィンスターに限らず王国全土がノーバディの対処に追われているせいで王国の騎士魔法団は既にどこも人手不足の状況だ。
そこで、我々王家は自分達の住むこのフィンスターだけでも自らの力で被害を食い止められないかと、腕に自信のある君達に集まってもらったのだ! あちらの壁を見てくれ!」
イリウム様はそう言いながら壁を指差した。無意識に皆がそちらを向くと、大きな壁一面に何かが映り始めた。
「これは先日、我がリューティス王国に存在する七聖天の1人である“アックス・トマーホク”がラグナレクを討伐した時の映像だ。
そもそもラグナレクとは、そこかしこに蔓延っている触手の様なノーバディよりも一段階上の強さを持っている存在。奴らの姿形は個体により異なる事が確認されているが、全てに共通して普通のノーバディには無い頭部がある事も明らかとなっている。
更にこれまでの調査によって頭部を持つこのラグナレクの強さも段階分けされ、ラグナレクの姿形がより人間に近いもの程強い個体であるという事が分かったそうだ。
そして現状、ラグナレクの強さは“第1形態~第5形態”までに分かれており、この映像で七聖天のアックスが倒したラグナレクは比較的獣の見た目に近い第2形態のラグナレク。
だがこの第2形態でさえ、アックスが奴の元に辿り着く間の僅かな時間のうちにフィンスター東部の街を3つも破壊し、多くの騎士魔法団や市民を犠牲にした程だ!」
壁に映し出された映像とイリウム様さの言葉に、何時からか場は静寂に包まれていた。
「頭部を持つラグナレク。洞窟や石碑で遭遇したのがきっとソレだよね? グリム」
「ああ、そうだろうな。あの2体だけは明らかに強さが違った。特に石碑で戦った奴は次元が違う」
「グリムとエミリアはこのラグナレクとかを見た事がある様だな。コレは確かにかなりの強者の気配。そして奴を倒したあの斧の男も更に強者。是非とも手合わせ願いたい」
俺達が洞窟で見た奴は比較的この映像のラグナレクと近い。石碑の奴が一体どの段階に位置付けされるかわからないが、アレよりも上がいるとなるとかなり厄介だぞ。
「今フィンスターではない他の街で“第4形態”のラグナレクが現れ、国王の命により七聖天が既に3人駆けつけているそうだ。恐らく七聖天の力を以てしても苦戦を強いられるだろうが、必ずや討伐してくれるだろう!」
「ちょっと待て! 七聖天が動いているなら俺達なんかを集める必要なかっただろ! 報酬で人の気を引いておきながらもう様なしか!」
有象無象いる冒険者の中のある男がイリウム様にそう言った。誰かと思えば俺達を笑った先程の男達の1人じゃないか。
「確かに貴方の言う通りだ。しかし我々は既に何度も七聖天や騎士魔法団に応援要請をしているが、今説明した通りラグナレクの存在によって何処もこれまで以上に苦戦を強いられ人手不足が続き、フィンスターに応援が来るまでまだ時間を要するだろう。
だから我々は貴方達に集まってもらったのだ! 迫りくるラグナレクの脅威からフィンスターを守ってもらう為に!
フィンスターは今このラグナレクの激しい攻撃を受け最早崩壊寸前……。前線で戦っている団員達がいるが、恐らく次の攻撃で突破されてしまうだろう」
「「――!?」」
「そんな状況なのかよこのフィンスターは」
「おいッ! 今フィンスターを襲っているとかいうラグナレクとやらはどの段階の強さなんだ⁉」
何気なく発せられた言葉。だがこの場にいる大半の者が同じ疑問を抱いていたのか、皆がその質問の答えを聞く為に再びイリウム様を見ていた。
「はい。それは今からお見せしましょう。これが、今フィンスターにとてつもない被害を出しているラグナレクの姿」
次の瞬間、今まで映っていた映像とは違う映像に切り替わり、そこには確かに頭部を持つラグナレクの姿が映っていた。映像に映るラグナレクのその姿は、石碑で遭遇した個体よりも更に人間に近い姿。
皆が映し出された映像に視線を奪われていると、この静寂を裂くかの如くイリウム様の冷たい声が響いた。
「このラグナレクの強さ……。それは“第5形態”だ――」