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第32話 フーリンの波動

~ラドット渓谷~


 翌日。

 長いラドット渓谷の出口ももうすぐそこ。渓谷を抜ければ目的のフィンスターまでは後少しであったが、今日は昨日とても順調だった道中である“異変”が起こっていた。


「またモンスターだ。しかもノーバディとは違うまた見た事の無い奴ばかり」

「しかも全て弱い。突いてもまるで“手応え”がないな」


 そう。昨日とはまるで一転。ラドット渓谷の出口も後少しというところで俺達はモンスターと遭遇していた。それも見た事がない姿のモンスターと大量に。


「グリム、コレは多分“召喚魔法”だと思う」


 成程。コレが召喚魔法なのか。実態がないからアンデット系のモンスターかと思っていたけど、確かに“他の魔力”も感じるな。何で気が付かなったんだろう。


「召喚魔法という事はどこかに術者がいる筈。強者ではないから手合わせはしなくていいな」

「確かに戦う必要はないが、向こうが意図的に俺達を狙っているなら話は別だ」

「グリム、今度は上から何か飛んでくる!」


 エミリアは上空を指差しながら声を上げた。すると上から1体の鳥の様なモンスターが俺達目掛けて飛び掛かってきた。今まで相手していた数十体のモンスターよりも魔力が強い。


「“ディフェンション”!」


 ――バァァァンッ!

 上空から降下してきたモンスターはエミリアの出した防御壁に勢いよく衝突し、そのまま弾ける様に消え去ってしまった。


「やっぱり普通のモンスターじゃなくて召喚された使い魔みたい」

「そうだな。しかも襲われているのは“俺が原因”かも」

「え? どういうッ……「――へッへッへッ! やっと見つけたぜお前ら」


 突如渓谷に鳴り響いた声。

 エミリアの言葉を遮る様に発せられたその声の方向へ視線を向けると、そこには見覚えのある顔と騎士団の甲冑を着た者達がぞろぞろいた。


「お前は確か……。誰だっけ?」

「おいテメェ! このラシェル様を忘れるとは、なんて失礼な野郎だ。だがまぁいい。まさかこんな所を散歩してやがるとはな。今度こそ殺してやるぜ、クソガキと白銀のモンスターよ!」


 俺達の前に現れたのは、おばちゃん達の村で俺とハクを襲ってきたラシェル団長とその団員達だった。


「この人達は王都の騎士団……」

「かなりの数がいるが、どうやら強者はいないみたいだな」

「バウワウ!」

「悪い、絶対俺のせいだ。あの時確実に息の根を止めておくんだったなこりゃ」


 まさかコイツらがまた現れるとは思わなかった。この間実力差をしっかりみせつけた筈なのに。


「先日は世話になったなクソガキ。恥かかせてくれた落とし前を着けに来てやったぜ。魔法陣を張っていたからこの人数でも気が付かなかっただろう!」


 ラシェルはそう言いながら高笑いしている。


 魔法陣ね……。道理でこの人数の気配に気付けなかった訳だ。石碑の時と言い、改めて魔法陣の厄介さを思い知らされたな。しかもよく見ればこの場所だけ、丸く囲われた様なスペースになってるじゃないか。まんまと使い魔のモンスターで誘導されたって事か。

 警戒心を怠っていた自分が嫌になるぜ全く。


「グリムさんのお友達ですか?」

「いや、決して友達では……」

「幸いこの団だけなのかな、それでも人数が多いけど」

「ああ多分。まだ他に厄介な魔法陣で隠れていなければコイツらだけだ」


 恐らくここにいるのはラシェルが率いている団だけだろう。それでも村で遭遇した時はまだ団員が分散していたからよかったが、今は全員揃っているみたいだ。それも金で雇っていた有象無象達ではなく本物の騎士団員達。


「何をコソコソ話してやがる! またお前達を見つけるのには苦労したぜ。あの後からずっと周辺を聞き込みまくってようやくそれらしき手掛かりを手に入れたんだ。関所の奴らに、身分を確かめていない王家の馬車に乗った者がいると聞いて追ってきてみれば見事大当たりじゃねぇか! へッへッへッへッ! ここまで上手く逃げ切っていたみたいだが残念だったなぁ」


 ラシェルは既に勝ち誇った気でいるのか随分と余裕で偉そうな態度をしている。


「弱い犬程なんとやら。やはり強者ではない弱き者は無駄に口数が多い。男なら実力で語ってみろ」

「あぁ? テメェもそっちの女もクソガキの仲間か。一体どうやってお前達みたいな奴らが王家と繋がっていたのか知らねぇが、今度こそここでぶっ殺して俺達が手柄を上げてやる。もうこの間みたいにはいかねぇから覚悟しろ! 行くぞ野郎共!」

「「おおぉぉぉぉ!」」


 ラシェルの声によって団員達の士気が一気に高まった。


「マズいな、この人数は」


 正直ラシェル達の実力は知れている。だがこの囲まれた地形と人数が面倒だ。幸いフーリンが強くて助かったが、ユリマさんがいるこの状況で強行突破は難しい。そうじゃなくてもこっちは“攻撃回数”が限られている呪われた面子だ。下手したらマジで返り討ちに遭う。


「仕方ない。全員倒して誰が強者か分からせよう」

「ダメだフーリン。相手の人数が多過ぎて武器が持たないぞ」

「分かっている。だからこうするのだ――」


 次の瞬間、フーリンの体から輝き揺らめく青白い光が立ち込めていた。


「凄い“波動”……」


 そう。

 フーリンから溢れ出ているのは波動であった。


 エミリアの様な魔法使い達が扱う魔力に対し、波動は俺やフーリンの様な剣や槍の接近戦で戦う者達が扱う力。これは己の武器を強化したり身体能力を高めるものであり、波動を扱えるレベルが高ければ高い程その波動の濃さや輝きがハッキリと肉眼で捉えることが出来るのだ。

 魔力と波動。コレは共にスキルを与えられた時に誰もが手にしている力でもあるが、例えスキル覚醒者であったとしてもこの魔力と波動の量や質は個人の実力に委ねられる。騎士団でもこの波動を高いレベルで使いこなせているのはおよそ団長クラス。

 だが、フーリンの波動は優にその団長クラスを上回っていた。


「はあッ!」


 皆がフーリンの波動に目を奪われていた刹那、フーリンは持っていた土の槍を思い切り突き刺した。しかもその鋭い槍の切っ先が放たれたのはラシェル団長でも他の団員達でもなく、俺達全員を包み込む様に囲っているラドット渓谷の大きな断崖であった。


 ――ズガァァァンッ!

「「うわぁぁぁぁぁっ!?」」


 地の利を生かしたまフーリンのまさかの一撃。


 波動でより強化されたフーリンの凄まじい攻撃が断崖の一角を瞬く間に破壊すると、砕かれた大きな岩が空からあられの如く降り注がれ騎士団を襲ったのだった。


「よし。今のうちに態勢を立て直すぞ」

「無茶苦茶だなお前」

「凄いよフーリン、皆早く行こう!」

「バウ!」

「フフフ。何んだかゾクゾクしてきましたよ私」


 追い詰めた騎士団達もまさかこんな展開になるとは予想だにしていなかっただろう。その証拠に、鍛え抜かれた騎士団員達も防御が間に合わずまともに落石の被害に遭っている。今の一撃でフーリンの槍が壊れたが、俺達はこの混乱に乗じて馬車に乗り込み見事包囲から抜け出した。


「なッ、何やってんだお前ら! ガキとモンスターが逃げたぞ! 何時までも寝転がってないでさっさと追いやがれッ!」

「「は、はい……!」」


 ラシェルは怒号を飛ばし、他の動ける団員達と共に馬に乗って俺達の方へ走って来た。流石に俺達を乗せている分こちらが遅い。僅かな隙を突いて何とか逃げ出したが、もうすぐそこまでラシェル達が迫って来てしまった。


「へッへッへッ、そんなノロマじゃ逃げ切れないぜ。おいお前達、馬車を挟み撃ちにして同時攻撃だ!」

「「はッ!!」」


 二手に割れた騎士団の騎馬隊は、俺達の馬車を挟む様に並行して迫って来た。

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